どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ311

2008-10-09 15:21:00 | 剥離人
 地上40m、きっと高所恐怖症の人には、恐ろしい場所に違いない。
 しかも歩廊や階段は、全部グレーチング(鋼材を格子状に組んだ溝蓋)敷きになっていて、下の眺めは完全にスカスカだ。下向きに目を凝らせば、グレーチングの隙間から40m下の地面を見ることも出来る。

 最上部の角型マンホールから内部に入ると、すでに足場がきっちりと組まれている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 薄暗闇の中で、田中の呼吸が荒い。もっとも、我々の呼吸もやや荒くなっていて、人の事は言えない状態だ。どんなに仕事に慣れていても、やはり階段を一気に40m分上がれば、誰でも息が乱れる。

 内部の天井は斜めになっていて、それに伴って足場板も段々畑の様に組まれている。
「とりあえず、配管周りは全部残せばイイですよね」
「そうだね、今までと同じ様にお願いします」
 私は田中に確認をすると、佐野が照らすライトの中、白いスプレー缶を取り出し、配管の縁より15cm大きい円を描いた。
 すぐに全員に声を掛けて、配管の周りに集合させる。
「イイですか、この手の配管は、全部FRP(繊維強化プラスチック)で出来ていますので、交換が大変です。だから、この配管は交換しないので、周囲を15cmほど残して下さい。全ての配管にこれと同じマーキングをしますけど、万が一、マーキングがされていない配管を発見した場合は、必ず僕に報告して下さい。お願いしますね!」
 全員がウンウンと頷く。
「正子、いいか、あの白いマーキングの中を撃つんだぞ!」
「ええっ?」
 ハルが須藤に適当なことを吹き込もうとする。
「ハイハイ、この配管をガンで撃っちゃった人は、TG工業の田中さんに半殺しにされますんで、注意して下さいね!ね、田中さん!」
 田中は照れ笑いをしながら、一度だけ頷く。
「うひゃひゃひゃひゃ、正子は半殺しだね」
「い、いやいや…」
 須藤はハルと私の前で、両手を振って否定する。
「幸四郎さん、ウチとS社の施工範囲だけど、適当に真ん中辺に線を引くんで、そこで分割してもイイですか?」
「うん、ウチは何でもイイよ」
 幸四郎は非常に大雑把な性格なので、細かい事は気にしない。
 要所要所に簡単にスプレーを入れ、どんどん足場を降りて、施工箇所を一周する。
「じゃ、これで主な注意点は一通り説明しましたんで、段取りに入って下さい。いいですよね、田中さん?」
「うん、僕は構わないよ」
 田中は元請の責任者だが、いつでも控えめだ。

 下に降りると、全員で段取りを開始する。
「正木さん、堂本君、簡単に説明しますね。超高圧ホースは二種類、3/8インチと9/16インチがありますけど、『細いの』と『太いの』って憶えてもらってもイイですよ。それからエアホースも二種類…」
「こっちが四分(職人的呼称:正確にはウィットネジ規格を意味する。ここでは内径12mm×外径18mmのエアホースのこと)、こっちが六分(同じく:ここでは内径19mm×外径26mmのエアホースのこと)ね」
 正木が当然だという顔で、口を挟んだ。
「そうですね。それ以外にスプリングコイルで補強したインチホース(職人的呼称:1インチ=25.4mmは単に『インチ』と呼ぶ。ここでは内径25mm×外径33mmの耐圧ホースのこと)がありますけど、これは供給水ラインで使用しますんで」
 何気なく堂本の顔を見ると、どういう訳だか理解できない様な顔をしている。するといきなり正木が口を開き始めた。
「えーっと、堂本君だっけ?いい、こっちが四分、こっちが六分のエアホースね!エアホースは分かる?空気を通すヤツね。で、こっちが超高圧ナンタラの太いのと細いのね!」
 私は正木の行動に内心驚き、じっと二人を観察していた。
「いやね、ほら、彼が分からない様な顔をしているからさ、ゴメンゴメン、話を中断して」
 急に正木が私に話を返した。だがその顔には、
「我慢出来ずに言っちまったぜ!」
 と書かれている。
「いや、イイですけど…。堂本君、大丈夫だよね?」
 堂本を見るが、今一目が虚ろで覇気が無い。
「木田さん、上に運ぶのを手伝ってよ!」
 ハルが階段を下りながら、大声で叫んでいる。 
「正子が全然役に立たないからさ、多分もう一回上に上がったら、マンホールの前で四つん這いになるよ、きっと!」
「な、なりませんよぉ」
 ハルの後ろを、須藤がヘロヘロになりながら降りて来る。
「とりあえずこのホースを運んで下さい」
 私は正木と堂本に9/16の超高圧ホース(一本30kg)を手渡した。
「おお、大丈夫か堂本ちゃん!?」
 正木がまた声を掛けるが、堂本は返事をしないでいきなり階段を早足で上がり始めた。
「どはははは、怒らせちゃったかな?」
 正木が私の顔を見ながらヘラヘラと笑う。
「とりあえず運んで下さい」
 私は正木にそう答えると、3/8超高圧ホース(一本20kg)を二本抱え上げ、階段を上がり始めた。
「どうしてこう癖のある人間が多いんだか…」

 私は独り言をブツブツと言いながら、膝で自分の体重を上へ上へと押し上げた。



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2 コメント

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いやー、 (カミヤミ)
2008-10-11 00:17:06
弁護士が、なんか逃げてる気がします。しかし、裁判沙汰なんかより、チンピラに、ウロウロされるより、高速道路で車に取り囲まれるより、…失恋の痛手の方がデカイですね…。恋も二度目なら、少しは上手に愛のメッセージ伝えたいですよ。剥離しまくって、下さい。ハルちゃん
ファイト!あいとー!
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恋する剥製 (どんぴ)
2008-10-11 01:21:55
 弁護士、逃げてますか?弁護士も人の子なので、あんまり追い詰めると壊れちゃいますよ(笑)
 
 チンピラにウロウロされたり、高速道路で車に囲まれたりもしたんですか?日々ハードボイルドですなぁ。
 これらの件と恋の件は別件なのでしょうか?それとも関連が?何故か昔の映画『新宿純愛物語』を思い出しました。
 最近、私の周りでも『恋するオジサン』が増えていますので、カミヤミさんも頑張って下さい!てきとーに応援しています(笑)
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