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pride and vainglory -澪標のpostmortem(ブリッジ用語です)-

初歩の文書分析と論理学モドキ(メモ)

第五章 もう一つの手稿❶

2020-08-02 10:14:15 | 「夢の回廊・現の碑」
 さんざん苦労のあげく、ポグロム関係の収蔵庫でお目当ての稿本を見つけることに成功した。あながち図書員の間違いとは言いきれない収納区分の収納架にあった。稿本はイェディッシュとラディノそしてヴォイニッチ草稿と同じと思われる正体不明の言語の三種類の言語からなる文章と、お馴染みの絵柄の意味不明な絵から構成されていた。
 イエデッィシュで書かれていたのは、この稿本の釈義とラディノ部分のテクストの翻訳と注解。ヘブライ文字を使ったラディノ部分は正体不明の絵についての徹頭徹尾カバラ的解釈とテクスト発見の由来だった。
 稿本に従えばイェディッシュの部分は、19世紀の後半ハプスブルグ辺境であるガリシアの地でアシケナージのラビによって書かれ、ラディノの部分はマラーノにしてドメニコ会士からユダヤ教へと再改宗したジョシュア・ベン・イズラエルなる人物によって16世紀カルパチア辺境で書かれた事となる。
 この二つのテクストが語る来歴を略述してみると、

 ブルゴスのドメニコ会士ホセ・マリア・カリヤンティスは1532年マラーノゆえの異端審問への恐怖に耐えかね、イタリアへと出奔する。
 数年間の放浪の末ローマ北方のフランチェスコ会修道院に隠棲、そこでフランシスカン・スピリチュアルの伝統を引く隠修士から形見分けとしてこの稿本を譲り受ける。ネオプラトニストとして放浪中にカバラ文献に親しみ、父祖の宗教に目覚めつつあったホセ・マリアは、この稿本がエーン・ソーフ(根源なる無)とセフィロート(宇宙の駆動原理)についての新たな秘密を明らかにするものと考え、当時オスマントルコと神聖ローマ帝国間のエアポケット状態にあったカルパチアに移り住み研究を進める事とした。その上で名をジョシュア・ベン・イズラエルと改め、本稿本(オリジナル)の研究・注解に一生を捧げた。
 イズラエルの注釈を付加した稿本は、ハプスブルグによるトランシルヴァニア回復後、シレジアを経由してクラコウにわたり、19世紀初頭ガリシアのシナゴーグの寺宝となった。と言うものだった。
 19世紀末亡命ラビからこの稿本を取得し最初に分類した図書員は、稿本の釈義を率直に信じ16世紀のネオプラトニスム・カバラ文献に分類し、多分20年ほど前の改装時に収蔵庫の再整理を行った図書員は、ポグロムの不安におびえたラビの幻想が生み出した「偽史文書」とみて、19世紀アシケナージ文書として再分類したと言うわけだ。
 どちらもそれなりに理屈が通った整理ではあるが、探す側としては一苦労。図書館は迷路だとの思いをまた強くした。
 トシをひざにのせながらの付け焼刃のカバラ学習から始める事とした。ゲルシェム・ショーレムやイサーク・ルーリアそしてモーシュ・デ・レオンと言った人々の著作をひとあたりお浚いした上でジョシュア・ベン・イズラエルのテクストに取り掛かった。
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