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pride and vainglory -澪標のpostmortem(ブリッジ用語です)-

初歩の文書分析と論理学モドキ(メモ)

インタールード 手記❸

2020-08-08 09:57:10 | 「夢の回廊・現の碑」
 意外ではあったがこれまでの過酷な教育の意味が納得できた余は話を続けるよう叔父に願った 。
 「口伝によればかのお方の名前はフィッリッペ・リカルド・カリヤンティス。泰西暦によれば16世紀の終わりに生まれたお方らしい。エスパニア人といってもユダヤとか申す民の血の混じったお方。かの地の宗門改めを逃れる為一族は離散し、低地地方と呼ばれる地方(分り易く申せばオランダとその周辺)にてお生まれになった。
 しかしかのお方の生まれた地方は、その当時長きに渡って戦がつづいていたかの地の中でもエスパニアの支配する地。かのお方は迫害をのがれてフランスに渡りナンシーと申す所において学問を修められた。しかしかの地も宗門は異なるとは謂え、切支丹の地、安住の場所とはなりえなかった。そこで一端和蘭からバタビヤに渡った後、カピタン船に乗って一縷の希望を持って大和に渡りなさった。
 案に相違してこの地の民は切支丹とユダヤの違いも分らぬものどもの地。今度は切支丹狩に追われる事となった。そして命がけの流浪の末、この地においてわが一族と出会ったとの事。その後の事は先ほど我がそなたに語った通りじゃ。泰西文字で書かれた文書にはかのお方の修行次第と、エスパニアから離散した同族の別のお方が発見された重大な秘密、そして、それに関するかのお方の見解が書かれているとの事じゃ。読んで見るが良い。」
 叔父から手渡された文書は羅典語で書かれてはいたがかなり癖があり、その当時の余の手には余るものであった。
 「叔父御いや棟梁とお呼びいたします。この文書は泰西の羅典語なる言語で書かれたるもの。しかしながら中世羅典語なる方言で書かれておりまして、現在のそれがしの手には余ります。」
 「では良い。学業のかたわらこの文書が読めるよう研鑽せよ。焦るでない。行け。」
 数日後余は長崎へ旅立ち上海を経由してフランスへと向かった。
上海からハイフォン・シンガポール・コロンボ・アデン・スエズ・メッシナを経由してマルセイユに到着し、秋学期直前のパリに到着した。いかなる魔術を弄したのか余は日本政府よりの公費留学生として登録済みであり、なんの苦労もなく学期開始とともに学生生活を開始した。
 言葉で苦労する日本人の同輩を尻目に学科に専念する事となった。この時ばかりは過酷だった幼少時の教育に対して感謝した。学科の方も充分準備教育が施されていたおかげで順調に進み2年で必要教程は総て終了する所となった。
 指導教授からはこのまま在籍しての研究を薦められ、大使館からはプロイセンの工兵学校へ移ってくれぬかとの懇願とも脅迫ともつかぬ依頼を受けた。
 教授からの薦めには未練が残ったものの、予定通り国立高等鉱山学校へと進学する事とした。
 大使館の駐在武官は非国民と罵倒の挙句、公費留学生の資格を抹消すると狂奔したが、まさに夜郎自大の極み。国立高等鉱山学校の生徒はフランス政府公務員として入学許可されたもの。当時極東の小国に過ぎなかった日本政府官僚の小細工などなんの意味もなかった。
 勉強尽くめだったポリテクニーク時代に比べすこしは余裕が出来ると同時に、先に述べたいざこざの故もあってパリ在住の日本人との付き合いが途絶した為、鉱山学校においては最新の冶金・採掘・土木工学の勉強の傍ら、膨大な古文書を有する付設博物館のスタッフに中世羅典語と古鉱山学の手ほどきを受ける事となった。
 1897年の春「近世日本の金採掘における西欧探鉱術の影響」なる論文で学位を取得するころには、フィリッペ・リカルドの文書もほぼ自由に読めるようになっていた。購入済みの書籍に加えて、故国に持ち帰る機器(発電・土木から採掘・工作機械に至る広範なものであった。)の選定・購入・発送を完了した春。かの文書において言及された東欧地域を半年ほど探索し帰国するべく旅行支度を整えていた余の下に国際電報にて「父と叔父が事故・重傷。至急帰国されたし」との連絡が到着した。
 ロンドンからニューヨーク、大陸横断鉄道、サンフランシスコから横浜への貨客船と乗りついで、急遽帰国した余を待っていたのは、真新しい父の卒塔婆と瀕死の床にある叔父だった。
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