ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

行政法学(など)にいう「法規」の意味

2020年02月26日 07時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 「法規」という言葉は、通常、「法律や規則」〈西尾実他編『岩波国語辞典』〔第8版〕(2019年、岩波書店)〉を意味するものと考えられている。あるいは「法律や規則」の規定を意味すると考える人もいるかもしれない。

 しかし、実際のところ、「法規」は多義的な概念である。最広義では法規範一般を指すのであり、広義では成文の法令を指す。国語辞典に記されている意味は広義のものと言いうるであろう。

 さて、行政法学、もっと言えば公法学(憲法学、行政法学など)において、度々「法規」が登場する。この言葉の意味については、十分に注意しなければならない。一般的に理解されているところよりもはるかに狭い意味である、というところから始める必要がある。

 元々、公法学にいう「法規」は狭義のものであり、ドイツ語のRechtssatzの訳語である。Rechtは、英語のrightと異なり、法を意味するだけでなく、権利をも意味する(さらに正義の意味もあれば右の意味もある)。subjektives Recht(主観的なRecht)と記せば権利、objektives Recht(客観的なRecht)と記せば法を意味する。また、Satzは文、文章、定理、命題などを意味する。

 ここからおわかりかもしれないが、Rechtssatzの訳語としての「法規」は、単純に法律の文章、規定を意味するのではなく、権利にも関わるものである。

 ルドルフ・フォン・イェーリング(村上淳一訳)『権利のための闘争』(1982年、岩波文庫)、村上淳一『「権利のための闘争」を読む』(1983年、2015年、岩波書店)を読まれるとよい。

 元々、ドイツ公法学(憲法学、行政法学などをいう)において、「法規」は国民の一般人民の権利・義務に関係する法規範、もう少し丁寧に記すと「国民の権利を直接に制約し、または義務を課する法規範」であると理解されていた。このような性質を有する法規範の定立が国民の代表機関である議会によってなされなければならないとする点において、国民主権主義的要素の確保が図られたのである。

 他方、国民の権利や自由に直接的な関係を有しない法規範は「法規」とされないので、議会の関与を必要としないという考え方にも結びついた。或る種の立憲君主制には適合する概念であるが、日本国憲法のような国民主権原理からすれば不十分である。

 そこで、第二次世界大戦後は、およそ一般的・抽象的な法規範であれば「国民の権利を直接に制約し、または義務を課する法規範」でなくとも「法規」であると解されるようになった。裁判の判決や行政行為は個別的・具体的なものであるため、「法規」と区別される。憲法第41条にいう「唯一の立法機関」を実質的なものにする方向で解釈を行うならば、一般的・抽象的な法規範と捉えるほうが範囲が広くなり、妥当である。

 但し、広く理解するとしても、中核に狭義の「法規」があることを忘れてはならない。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第2部:国の財政法制度  ... | トップ | 「基本方針」は出されたけれど »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

行政法講義ノート〔第7版〕」カテゴリの最新記事