ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

かつては東武東上線で運用されていた東武50000系51009F

2022年02月10日 08時00分00秒 | 写真

 幼い頃から東急東横線武蔵小杉駅などで営団日比谷線3000系や03系をよく見ていた私ですが、その頃は(中目黒駅を除いて)東武鉄道の車両を東急線内で見られるようになるとは思ってもいませんでした。

 しかし、21世紀になって、東京メトロ半蔵門線の水天宮前駅から押上駅までの区間が開業するとともに東武伊勢崎線・日光線との相互直通運転が始まってから、東急田園都市線にも東武の車両が乗り入れるようになりました。最初は30000系でしたが、50050系が登場してから程なく、30000系は東上線に移るようになり、ついに2021年、最後まで田園都市線にまで足を伸ばしていた31609F+31409Fも田園都市線および半蔵門線から撤退しました。その代わりとして、元々は東上線用としてデビューした50000系のうちの51008Fおよび51009Fが伊勢崎線・日光線系統に移り、田園都市線および半蔵門線に乗り入れるようになったのです。

 高津駅で50000系の51009Fを撮影しました。各駅停車南栗橋行きとなっていますが、これは田園都市線内のみであり、渋谷駅で急行や準急に種別を変えます(もっとも、半蔵門線の各駅に停車しますが)。

 50000系は全て日立製作所で製造されており、同社のA-Train仕様です。51001Fのみ前面非貫通で、他の編成では前面に貫通扉が付けられています。ちなみに、東武鉄道における最初のアルミ製車体採用車は特急用の100系ですが、通勤用車両ではステンレス車両が製造されていました。しかし、それは30000系で終わり、50000系からはアルミ製車体となった訳です。

 二子玉川駅4番線に停車中です。このホームはかつて大井町線用でした。1977年に新玉川線(現在の田園都市線渋谷駅から二子玉川駅までの区間)が開業してから、長らく、1番線および4番線が大井町線、2番線が田園都市線、3番線が新玉川線でした(開業当初は2番線、3番線のどちらも新玉川線用であったはずです)。


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2 コメント

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Unknown (kyonmili)
2022-02-10 18:59:03
6行目の説明:「東武鉄道における最初の
アルミ製…」について
同社の系列で最初にアルミ製となったのは同系
ではなく、塗装が施されているので材質を判断
できないかと思いますが 100系「スペーシア」
(製造:1990年)です。
参考にされれば幸いです。
返信する
御指摘をいただき、まことにありがとうございます。 (川崎高津公法研究室長)
2022-02-11 20:39:37
東武鉄道での最初のアルミ製車体は、御指摘の通り、100系でした。御指摘をいただき、まことにありがとうございます。本文を訂正しておきます。
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