ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

未公布の条例を遡及適用?

2023年10月16日 00時00分00秒 | 法律学

 条例が議会で議決されて成立したにもかかわらず、1年半にわたって公布されていなかった。その場合、当該条例の効力はどうなるか。

 その答えを出すためには、地方自治法第16条を参照する必要があります。読んでみましょう。

 第16条第1項:「普通地方公共団体の議会の議長は、条例の制定又は改廃の議決があつたときは、その日から三日以内にこれを当該普通地方公共団体の長に送付しなければならない。」

 同第2項:「普通地方公共団体の長は、前項の規定により条例の送付を受けた場合は、その日から二十日以内にこれを公布しなければならない。ただし、再議その他の措置を講じた場合は、この限りでない。」

 同第3項:「条例は、条例に特別の定があるものを除く外、公布の日から起算して十日を経過した日から、これを施行する。」

 同第4項:「当該普通地方公共団体の長の署名、施行期日の特例その他条例の公布に関し必要な事項は、条例でこれを定めなければならない。」

 同第5項:「前二項の規定は、普通地方公共団体の規則並びにその機関の定める規則及びその他の規程で公表を要するものにこれを準用する。但し、法令又は条例に特別の定があるときは、この限りでない。」

 冒頭の問題に直接関係があるのは第16条第2項です。文言から明らかであるように、議決がなされて成立し、議会から送付された条例については、普通地方公共団体の長が送付の日から20日以内に公布をしなければなりません。但し、長が「再議その他の措置を講じた場合」にはこの限りでないともなっています。この「再議その他の措置を講じた場合」は地方自治法第176条に定められている措置を意味します。

 以上のように記したのは、朝日新聞社のサイトに、一昨日(2023年10月15日)の11時付で「大槌町議会、未公布条例の遡及適用案を否決」という記事(https://digital.asahi.com/articles/ASRBF75JCRBFULUC006.html)が掲載されていたためです。

 大槌町は、2020年4月から2021年9月までの間に、町議会が議決した条例46件、および町長が決裁した規則36件の公布手続を行っていました。つまり、合わせて82件が未公布のままであったということになります。

 地方自治法第16条第2項および第3項の構造からすれば、条例を施行するためには公布を行うことが要件となります。つまり、条例の公布を行わなければ、条例は効力を生じません。言い換えれば、条例は無効なのです。この点については、最三小判昭和25年10月10日民集4巻10号465頁が述べています。以下に引用しておきましょう(判決と事案とを読み比べる限りでこの最高裁判決には少々の疑問があるのですが、その点は脇に置きます)。

 ①「昭和22年から適用する青森市民税賦課方法条例中一部改正条例が、本件賦課処分に先って青森市公告式に従って適式に告示されなかったことは原判決(引用者注:仙台高判昭和24年7月8日行政裁判月報18号65頁)の認定するところである」。そして「原判決が理由中に『改正条例が効力を発生しないときでも(以下略)』として本件賦課処分の効力について説明を加えているのは、原審が本件賦課当時右改正条例は未だ効力を発生していなかったと判断していることを示すものであ」る

 ②「改正条例が効力を生じていない以上、改正前の条例はなお効力を持続しており、従って被上告人は改正前の条例によって市民税を賦課することはできたのである。被上告人(引用者注:青森市長)のした本件課税処分は改正後の即ち当時未だ効力のなかった条例によったものであることは、争のない事実であるけれども改正条例は単に市民税の税率を改めたに過ぎないものであるから、改正前の条例によると、改正後の条例によるとは、税率、賦課金額の相違を来すのみである。行政処分が法令に違背して行われたからと言って、直ちに当然にその行政処分が無効であるとは言えないのであって、本件のような違法は本件賦課処分を法律上当然に無効ならしめるものではないとするを相当とする」。

 (なお、この判決が述べているところによると、上告人は公布を怠った改正条例に基づく地方税賦課処分の取消を求めて出訴した訳でないとのことです。)

 ここからが話がおかしくなります。

 未公布の条例の中には町税や保険料の増額を内容とするものもあります。上記記事の内容からすれば、条例の公布を行っていなかったのに町税や保険料を当該条例に従って増額した上で徴収していたらしいのです。上記最高裁判所判決の趣旨によれば、課税処分や保険料徴収処分が当然に無効となる訳ではないということにはなりますが、条例や規則が公布されていないので、増額分は違法になることは当然です。改正前の条例による処分とすれば有効であるとしても、増額分まで有効になる訳ではありません。

 そこで、2021年11月までに、上記82件の条例および規則について署名および掲示(大槌町役場前での掲示。公布の方式として求められています)を終えました。これで公布がなされたことになるかという問題もあるのですが、期日が経過している以上、公布がなされたことにはならないと考えるのが妥当です。行政法学でいう瑕疵の治癒は認められないと考えるべきです。

 しかし、大槌町は、未公布の条例および規則をどうにかして公布し、施行しようと考えたようで、第三者委員会を設置しました。この委員会は、今年の6月に「『一般的な意見』として、さかのぼって条例の適用が認められるとの考え方を基本に検討すべきだ」とする答申を行ったとのことです。読んだ瞬間に「信じられない」と目を疑いました。どのような理屈を付ければこの答申のように考えられるのかがわかりません。この委員会のメンバーには弁護士も含まれているそうなので、「本当に憲法や行政法などを勉強したのか? 憲法学や行政法学以前の法学の話ではないのか?」と思いました。

 むしろ、法律家であれば、せっかく議決を行った町議会には申し訳ないものの、未公布の条例を修正の上で条例案として再度町議会に提案し、議決をしてもらって公布をやり直すのが筋と言うべきでしょう。そもそも、公布された条例や規則、さらに法律であっても、施行日よりも前の日に遡って適用することはできないのが原則です。できるとしても、それは条例に遡及適用の趣旨が定められているからですし、その趣旨が定められているからと言っても認められるかどうかが問われることとなります。刑事法であれば遡及処罰の原則がありますし、租税法でも、年度を超えての遡及(絶対的遡及とも言います)は認められないのです。

 詳細に目を通してはいないとはいえ、どう考えても無理筋と評価せざるをえない答申ですが、その答申を受けて、大槌町は、46件の条例のうちの3件については「施行日前に気がついて掲示した」ものとしてそのまま有効なものとする、残りの43件は「施行日を過ぎていた」ので「掲示日を条例の施行日とする異例の『整備条例案』を提出した」のでした。

 ここで、町議会が追認するようなことがあれば「一体何を考えているのか?」、「いかに地方議会が執行機関の追認機関になることが多いとは言え、これはあんまりだろう?」という声が飛び交うことになりますが、大槌町議会は良識を示しました。6月末に行われた町議会全員協議会では「安易に日付をさかのぼるような遡及(そきゅう)措置を取って決着させれば、全国的なあしき前例になる、などと反発」しました。さらに、町議会の定例会においても「『住民への説明が先だ』などと疑問視する声が噴出していた」とのことです。

 そして、10月13日の定例会において「整備条例案」は賛成1、反対10で否決されました。当然の結果であると評価すべきです。

 意外に思われる方もおられるかもしれませんが、法律学はよく時間を扱います。というより、法律学にとって時間は重要な要素の一つです。法律、条例などの成文法には、公布日、施行日が付き物ですし、これらは効力の発生のための基準となります。こうした基準を無視するような思考方法を、曲がりなりにも法律家と言われる人々が採るべきではありません。

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