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ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

驚きの令和2年度第3次補正予算の案

2021年01月21日 20時00分00秒 | 国際・政治

 たまたま、日刊ゲンダイのサイトに掲載されている、高野孟さんによる「永田町の裏を読む 徹底した補償も盛り込まれていない間抜けな補正予算案」(2020年1月21日付)を目にしました。1月18日に召集された第204回国会に提出されている「令和2年度補正予算(第3号)」(これが正式な名称です)について、高野さんは野党議員の口を借りる形で酷評されています。

 これよりかなり前のことになりますが、2020年12月26日付でダイヤモンド・オンラインに掲載された室伏謙一さんの「危機感不在の呆れた第3次補正予算案、菅政権『国民のために働く』はどこへ」では、「結論からいえば、新型コロナ不況対策には全くなっていない。なぜそう言えるのか?」と書かれており、2020年12月8日の閣議決定「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」を引き合いに出して「これは、過去20年以上にわたって行ってきたインフレ対策にしかならない構造改革という間違いをまだまだ繰り返すことになる。それどころか今回の『コロナ禍』という惨事に便乗して『ショックドクトリンを進めます』と言っているに等しい」、「今なすべきは、さまざまな影響を受けている全産業を守ること、国民の生活を下支えすること、そしてデフレ下で需要が決定的に不足しているところに有効な需要を創出すること、そのための手厚い公共投資である(民間投資はその先である)」とも述べられています。

 果たして、「令和2年度補正予算(第3号)」その内容はどのようなものでしょうか。

 実は、この「令和2年度補正予算(第3号)」は2020年12月15日の臨時閣議で決定されたものです。つまり、閣議決定から国会への提出まで1か月ほどの期間が経過している訳です。1月7日に発出された緊急事態宣言の内容は反映されていないであろうと誰しもが思うでしょう。その通りです。都合上、「第一 一般会計予算の補正」のみ引用しますが、財務省のサイトに掲載されている、国会での審議のために提出された資料によれば、次のようになっています。

 

 第一 一般会計予算の補正

 1 歳出の補正額

 (歳出の追加額)

  (1)新型コロナウイルス感染症の拡大防止策:4兆3581億円

  (2)ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現:11兆6766億円

  (3)防災・減災、国土強靱化の推進など安全・安心の確保:3兆1414億円

  (1)〜(3)の小計:19兆1761億円

  (4)その他の経費:252億円

  (5)地方交付税交付金:2兆6339億円

   ①税収減に伴う一般会計の地方交付税交付金の減額の補塡:2兆2118億円

   ②地方法人税の税収減に伴う地方交付税原資の減額の補塡:4221億円

  (1)〜(5)の合計:21兆8353億円

 (歳出の修正減少額)

  (1)新型コロナウイルス感染症対策予備費の減額:△1兆8500億円

  (2)既定経費の減額:△2兆3463億円

  (1)および(2)の小計:△4兆1963億円

  (3)地方交付税交付金の減額:△2兆2,118億円

  (1)〜(3)の合計:△6兆4082億円

 (歳出の追加額)および(歳出の修正減少額)の合計:15兆4271億円

 

 億円が単位となっているため、合計が合わない箇所があります。

 いかがでしょうか。高野孟さんが酷評するのもわかる内容と言えないでしょうか。財務大臣が特別定額給付金を支給しないと表明するのも宜なるかなというところです。

 財務省のサイトには「令和2年度補正予算(第3号)の概要」というカラーの資料も掲載されています。これを見ると、次のようになっています。

 

 ●新型コロナウイルス感染症の拡⼤防⽌策:4兆3581億円

 1.医療提供体制の確保と医療機関等への⽀援:1兆6447億円

  ・ 新型コロナウイルス感染症緊急包括⽀援交付⾦(病床や宿泊療養施設等の確保等):1兆3011億円

  ・ 診療・検査医療機関をはじめとした医療機関等における感染拡⼤防⽌等の⽀援:1071億円

  ・医療機関等の資⾦繰り⽀援:1037億円

  ・⼩児科等の医療機関等に対する診療報酬による⽀援:71億円

  ・その他

 2.検査体制の充実、ワクチン接種体制等の整備:8204億円

  ・ 新型コロナウイルスワクチンの接種体制の整備・接種の実施:5736億円

  ・PCR検査・抗原検査の実施等:672億円

  ・その他

 3.知⾒に基づく感染防⽌対策の徹底:1兆7487億円

  ・ 新型コロナウイルス感染症対応地⽅創⽣臨時交付⾦:1兆5000億円

  ・ 東京オリンピック・パラリンピック競技⼤会の延期に伴う感染症対策等事業:959億円

  ・その他

 4.感染症の収束に向けた国際協力:1444億円

  ・アフリカ、中東、アジア・⼤洋州地域への国際機関等を通じた⽀援:792億円

  ・その他

 ●ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現:11兆6766億円

 1.デジタル改⾰・グリーン社会の実現:2兆8256億円

  ・地⽅団体のデジタル基盤改⾰⽀援:1788億円

  ・ マイナンバーカードの普及促進:1336億円

  ・ ポスト5G・Beyond5G(6G)研究開発⽀援:1400億円

  ・カーボンニュートラルに向けた⾰新的な技術開発⽀援のための基⾦の創設:2兆円

  ・ グリーン住宅ポイント制度の創設:1094億円

 2.経済構造の転換・イノベーション等による⽣産性向上:2兆3959億円

  ・ 中⼩・⼩規模事業者等への資⾦繰り⽀援:3兆2049億円

  ・ 地⽅創⽣臨時交付⾦(「再掲」となっていますが、「新型コロナウイルス感染症対応地⽅創⽣臨時交付⾦」のことでしょう。このことから、地方創生臨時交付金が必ずしも「新型コロナウイルス感染症対応」のためとは限らないことがうかがえます。)

  ・Go To トラベル:1兆311億円

  ・Go To イート:515億円

  ・雇⽤調整助成⾦の特例措置:5430億円

  ・緊急⼩⼝資⾦等の特例措置:4199億円

  ・ 観光(インバウンド復活に向けた基盤整備):650億円

  ・不妊治療に係る助成措置の拡充:370億円

  ・⽔⽥の畑地化・汎⽤化・⼤区画化等による⾼収益化の推進:700億円

  ・新型コロナウイルス感染症セーフティネット強化交付⾦(⽣活困窮者⽀援・⾃殺対策等):140億円

  ・その他

 ●防災・減災、国⼟強靱化の推進など安全・安⼼の確保:3兆1414億円

 1.防災・減災、国⼟強靱化の推進:2兆936億円

  ・防災・減災、国⼟強靱化の推進(公共事業):1兆6532億円

  ・その他

 2.自然災害からの復旧・復興の加速:6337億円

  ・災害復旧等事業費:6057億円

  ・災害等廃棄物処理:106億円

  ・その他

 3.国⺠の安全・安⼼の確保:4141億円

  ・⾃衛隊の安定的な運⽤態勢の確保:3017億円

  ・その他

 

 以上はあくまでも概要であり、詳細が示されている訳ではありませんが、新型コロナウイルス感染症に関する費用の割合が少ないことがわかります。「補正予算の追加歳出」は合計で19兆1761億円とされていますから、「新型コロナウイルス感染症の拡⼤防⽌策」が占める割合は22%か23%程度であるということになります。これでPCR検査などが進むのだろうかと疑わざるをえませんし、医療施設などへの支援としては少なすぎるのではないかと考えられます。

 一方、「ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現」は11兆6766億円であり、60%ほどになります。私は、たとえば「地⽅団体のデジタル基盤改⾰⽀援」にあてる予算などを必要と考えています。コロナ後を考えること自体は必要であると思うのです。しかし、どう見ても「今必要か?」、「本予算ならともあれ、補正予算に入れるべき事柄か?」、「そもそも継続すべき事業なのか?」と首を傾げるものがあります。その典型がGo To トラベルへの1兆311億円、Go To イートへの515億円です。「令和2年度補正予算(第3号)」の閣議決定日の前日、つまり2020年12月14日に、2020年12月28日から2021年1月11日まで停止することが発表されていました。しかも、東京、大阪、名古および札幌については先行していました。おまけに、停止期間が2月7日まで延長されています。延長はともあれ、12月15日の時点においてGo to キャンペーンの実施は困難であることが予想されえた訳です。2020年11月25日から12月16日までの「勝負の3週間」(日付が誤っているかもしれません)に象徴されるように感染者数が激増した時期とも重なっていました。

 ここで思い出していただきたいのが、2020年4月7日、緊急事態宣言発出の時です。この日、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策〜国民の命と生活を守り抜き、経済再生へ」(以下、4月7日緊急経済対策)が閣議決定されました。4月7日緊急経済対策においては中小・小規模事業者に対する「持続化給付金」や「生活に困っている世帯に対する新たな給付金〔生活支援臨時給付金(仮称)〕」が盛り込まれました。生活支援臨時給付金は、世帯主の2020年2月〜6月のうちの任意の月における月間収入が「新型コロナウイルス感染症発生前に比べて減少し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準となる低所得世帯」または「新型コロナウイルス感染症発生前に比べて大幅に減少(半減以上)し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準の2倍以下となる世帯等」に対し、1世帯あたりで30万円を給付する、というものでした(4月7日緊急経済対策23頁によります)。

 しかし、生活支援臨時給付金は与野党を含め広く国民から批判を浴びました。そこで、4月7日緊急経済対策は4月20日の閣議において変更されることが決定されました。「全国全ての人々への新たな給付金」として一人当たり一律10万円の「特別定額給付金」を設けることとなったのです。これを受ける形で、2020年4月27日に「令和2年度補正予算(第1号)」が国会に提出されて、29日に衆議院本会議において全会一致で可決、30日に参議院本会議において起立多数で可決されたのです。

 このように考えると、第204回国会に提出される前に「令和2年度補正予算(第3号)」を組み替えることは可能であったのではないでしょうか。年末年始を挟んでいたとはいえ、新規感染者は増え続け、医療も逼迫していたことは明らかでした。

 仮に、2月7日に緊急事態宣言が全面解除され、翌日からGo toキャンペーンが再開されたとします。それから3月31日までの2か月弱で補正予算に計上された金額を消化できるでしょうか。感染者も重症者も増大しないでしょうか。このキャンペーンが気の緩みを生みだしたことは否定できないでしょうし、2020年12月の停止表明によって状況は急変し、観光業や飲食業は奈落の底へ、という事態になったのですから、再開後も多くの国民が「また急変するのではないか」と疑心暗鬼になるのではないでしょうか。これでは再開したところで利用者が増えないでしょう。

 室伏さんは、「ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現」について「言わずもがなであるが、新型コロナ不況対策とは無関係のものがほとんどである」として、様々な点について批判をされています。詳しくは記事をお読みいただきたいのですが、たとえば「マイナンバーカードの普及促進」などについて「新型コロナ不況の今、補正でやるべき話なのだろうか(そうしたものが、各府省で多く措置されているのは、つまるところ一部の者だけが得をするためなのではないかと邪推したくなる)」と書かれています。「中小企業等事業再構築促進事業」などに対する批判はさらに手厳しいので、記事をお読みいただくことを強くおすすめします。

 この他、「防災・減災、国⼟強靱化の推進など安全・安⼼の確保」の3兆1414億円も、よく見えないものと言えます。「防災・減災、国⼟強靱化の推進(公共事業)」に1兆6532億円が支出されることとなっているのですが、これが具体的に何の費目に充てられているかが気になるところです。公共事業が必要であるとしても、これはむしろ令和3年度予算に計上されるべきではないかと思われるのです。

 もう一つ、気になるのが「新型コロナウイルス感染症対応地⽅創⽣臨時交付⾦」です。既に記したように、必ずしも「新型コロナウイルス感染症対応」のためとは限らないことがうかがわれます。この交付金で公立図書館に本の殺菌機を導入するなどというのなら理解できます(ちなみに、うちから歩いて数分のところに川崎市立高津図書館があります)。しかし、どう考えても新型コロナウイルス感染対策につながらないようなものに支出される可能性は否定できないので、各地方公共団体の財政状況を観察する必要があります。

 「令和2年度補正予算(第3号)」は国会で審議され、今月中に可決されるのではないかと予想されますが、案の通りでよいのかと疑われる方も少なくないでしょう。国会での審議状況、緊急事態宣言の延長の有無、新規感染者数および重症患者数の動き、医療体制の状況などによっては「令和2年度補正予算(第4号)」が2月か3月に提出されるのではないかと予想されます。しかし、これはむしろ避けたい話でしょう。一旦「令和2年度補正予算(第3号)」が撤回され、新たな「令和2年度補正予算(第3号)」が提出されるほうが望ましいとも言えます。

 また、1月18日の臨時閣議において令和3年度予算が決定され、同日に国会に提出されています。2021年4月か5月に補正予算が提出されることもありうるのではないでしょうか。

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第20回 行政上の義務履行確保:行政上の強制執行以外の方法

2021年01月21日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.行政上の強制執行が可能な場合に、司法権に民事上の強制を求めることができるか?

 法律により、行政上の強制執行が許されない場合には、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることとなる(但し、後述するように、問題もある)。これに対し、行政上の強制執行が可能な場合には、基本的に、強制執行を行えばよいこととなる。しかし、金銭債権が関係する場合などには、行政上の強制執行が可能であってもそれを用いず、裁判所に民事上の強制執行手続を求めるほうがよいという場合も考えられる。それでは、行政上の強制執行が可能な場合に、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されるのであろうか。

 下級審判決の中には肯定するものもみられる(例、岐阜地判昭和441127日判時600100頁)。しかし、最高裁判所の判例は、行政上の強制執行が可能な場合であれば、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されない、とする。

 ●最大判昭和41年2月23日民集20巻2号320頁(Ⅰ―108

 事案:原告Xは農業共済組合連合会であり、A市農業共済組合を構成員とする。そしてA市農業共済組合は組合員Yらを構成員としている。XはAに対して保険料や賦課金の債権を有し、AはYに対して共済掛金、賦課金、拠出金の債権を有している。Aの債権については行政上の強制徴収が認められている。しかし、農業災害補償法により、YらとAの共済関係は同時にAとXの保険関係を成立させることとされており、仮にYらがAに納付すべき共済掛金などに延滞があれば、AはXに対して保険金などを支払うことができなかった。そこで、XはAの債権を保全するため、Aに代位して共済掛金などの支払いを求める民事訴訟を提起した(民法第423条に基づく債権者代位権の行使)。一審判決(水戸地判昭和37年11月29日行集13巻11号2155頁)、控訴審判決(東京高判昭和38年4月10日民集20巻2号335頁)のいずれもXの請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:農業共済組合が組合員に対して有する債権について農業災害補償法第87条の2が特別の扱いを認めるのは、「農業災害に関する共済事業の公共性に鑑み、その事業遂行上必要な財源を確保するためには、農業共済組合が強制加入制のもとにこれに加入する多数の組合員から収納するこれらの金円につき、租税に準ずる簡易迅速な行政上の強制徴収の手段によらしめることが、もっとも適切かつ妥当であるとしたから」である。このような行政上の強制執行手続が設けられている以上、民事訴訟上の手段によって債権の実現を図ることは立法の趣旨に反し、公共性の強い事業に関する権能行使の適正を欠く。「元来、農業共済組合自体が有しない権能を農業共済組合連合会が代位行使することは許されない」。

 

 2.非代替的作為義務や不作為義務についての別の問題

 行政代執行法は、代執行の対象を代替的作為義務に限定しているため、非代替的作為義務や不作為義務の履行を強制するためには、法律によって行政上の強制執行が認められていない限り、民事訴訟により、義務の履行を求めることになる。しかし、最近、これを認めないとする判決も出ている。

 最近までは、民事訴訟による義務の履行が認められた例が多い。例えば、大阪高決昭和601125日判時118939は、伊丹市の条例に違反する建築物に対して同市が建築中止命令を発したが全く無視されたので、この命令の履行を求めて、同市が建築続行禁止の仮処分申請を求めた、という事案につき、同市の請求を認めた。また、盛岡地決平成9年1月24日判時1638141頁は、モーテル類似施設の建築工事続行禁止仮処分(民事保全法第23第1項) が裁判所に請求され、これが認容された、というものである。 この他にも同様の訴訟があり、学説上もこれを認める説が多かった。

 しかし、 次に取り上げる最高裁判所第三小法廷の判決は、民事訴訟による義務の履行を認めなかった。この判決については、行政法学において強い批判が出されるなど、様々な議論がなされている。少なくとも、地方公共団体、とくに市町村のまちづくり政策などに大きな影響(打撃?)を与えるものであるとも言える。

 ●最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(Ⅰ―109

 事案:宝塚市は「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例」(以下、条例)を制定し、施行していた。Yは宝塚市内でパチンコ屋を営業することを計画し、宝塚市長に建築の同意を申請した。市長は同意を拒否したが、Yは同市建築主事に建築確認の申請を行ったが、市長の同意書がないことを理由に申請を受理しなかった。そこでYは、不受理処分の取消しを求めて同市の建築審査会に審査請求を行い、請求を認容する裁決を受けて工事を開始した。市長は条例第8条に基づき、建築中止命令を発したが、Yが建設を続行しようとしたため、同市は建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。第一審判決は、条例が風俗適正化法や建築基準法に違反するとして同市の請求を棄却し、第二審も控訴を棄却した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、破棄自判の上、宝塚市の訴えを却下した。まず、民事事件で裁判所が対象としうるのは裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」に限られるとして「板まんだら」事件最高裁判決 (最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁)を引用した。その上で「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものではあって、自己の権利利益の保護救済を求めるものということはできないから、法律上の争訟として当然似裁判所の審判の対象となるものではな」いと述べた。そして、行政代執行法が認めるのは基本的に代執行のみであること、行政事件訴訟法などの法律にも「一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起する特別の規定は存在しない」などと述べている。

 

 3.給付拒否、公表、課徴金、加算税

 既に述べたように、行政執行法は、行政上の強制執行の手段として、代執行、執行罰および直接強制をあげていた。行政代執行法は代執行のみを規定するが、行政執行法を廃止した上で制定されたものであるため、やはり代執行、執行罰および直接強制が前提となっている。しかし、行政上の義務を履行させる手段は、これら三種に限られるものではない。そこで、行政執行法の時代には存在せず、行政代執行法においても予定されていない手段をあげておく。

  (1)給付拒否

 何らかの事柄に関する私人の対応が適切さを欠いていると見られる場合に、生活に必要とされる行政サービス(例、上水道)の供給を拒否し、それによって対応の是正を図る。あるいは、拒否を留保しておくことにより、私人の行動を規制する。 現在のところ、この方法を正式に制裁手段として規定する法律はない(水道料金を支払わない私人に対し、契約違反として給水を拒否することは、ここでいう給付拒否にあたらない) が、 東京都公害防止条例や建築指導要綱(これは行政規則であり、法規としての性格を有しない)などに規定される。

 給付拒否は、 義務履行確保のための法制度として明確に位置づけられている訳ではないが、実質的にはその役割を果たしている。しかし、問題が多い。 ここで、判例をあげておくこととしよう。

 給付拒否の判例は、水道法第15条第1項にいう「正当の理由」 の有無が問題となった事例に関するものが多い。

 ●最一小判昭和56年7月16日民集35巻5号930

 事案:豊中市内に賃貸用共同住宅を所有するXは、増築工事を行い、豊中市の建築主事に対して建築確認の申請をした。この増築部分は建築基準法に適合しなかったので建築確認が得られなかったが、Xはそのまま同市水道局に給水装置新設工事の申込みをした。水道局は、建築基準法違反の是正を行い、建築確認を受けた後に申し込むよう勧告し(給水制限実施要綱に基づいていた)、受理を拒否した。1年半ほど後になり、Xは給水装置工事の申込みをした。これは受理され、工事が完成した。Xは、最初の申請の受理を拒否したことが水道法第15条第1項に違反するとして損害賠償を請求した。一審判決(大阪地判昭和52年7月15日民集35巻5号935頁)は最初の申請の受理が違法であるとしつつも請求を棄却し、二審判決(大阪高判昭和53年9月26日判時915号33頁)は、最初の申請の受理を拒否したことが行政指導の限界を超えているとは言えず、水道法第15条第1項に違反することが不法行為法上の違法と評価することはできないとして、Xの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:豊中市の水道局給水課長がXの「本件建物についての給水装置新設工事申込の受理を事実上拒絶し、申込書を返戻した措置は、右申込の受理を最終的に拒否する旨の意思表示をしたものではなく」、Xに対して「右建物につき存する建築基準法違反の状態を是正して建築確認を受けたうえ申込をするよう一応の勧告をしたものにすぎないと認められる」ものである。しかし、Xは「その後一年半余を経過したのち改めて右工事の申込をして受理されるまでの間右工事申込に関してなんらの措置を講じないままこれを放置していたのである」。このような事実関係の下においては、豊中市の水道局給水課長の「当初の措置のみによつては、未だ、被上告人市の職員が上告人の給水装置工事申込の受理を違法に拒否したものとして、被上告人市において上告人に対し不法行為法上の損害賠償の責任を負うものとするには当たらないと解するのが相当である」。

 この他に、最二小決平成元年11月8日判時132816頁(Ⅰ―92)および最一小判平成11年1月21日民集53巻1号13頁(志免町給水拒否事件)がある。三つの判決を比較検討していただきたい。

 (2)公表

 私人の側に義務の不履行があった場合、または私人が行政指導に従わなかった場合に、その事実を一般に公表することにより、心理的に義務を履行させようとし、または行政指導に従わせる、というものである(実定法では国土利用計画法第26条に例がある。また、条例で制度を設けることもできる)。公表自体には処分性が認められないので、事前の差止請求か事後の損害賠償請求による権利救済が可能である(但し、事後に救済する訳にいかない場合もある)。

 (3)課徴金

 広義では罰金や公課を含む(財政法第3条)が、狭義では、国民生活安定緊急措置法第11条第1項、独占禁止法第7条の2第1項などに規定されるような、法の予定するところ以上の経済的利得(これが直ちに違法となるか否かを問わない)を放置することが社会的公正に著しく反する場合に課されるものをいう。強制執行の手段ではないが、機能的に義務履行確保の手段としての性格をみせる。

  なお、このような制度については、刑事罰(罰金など)との併科として憲法第39条に違反するのではないかという疑問も生じるが、最三小判平成101013日判時166283頁は、独占禁止法第7条の2第1項に規定される課徴金について合憲としている。

 (4)加算税

 これは租税法上の義務履行確保の手段であり、国税通則法第65条以下に定められている。

 過少申告加算税は、国税通則法第65条に定められるものである。確定申告の期限内に申告書が提出された場合で、確定申告の期限後に修正申告書が提出され、または更正処分がなされた場合に課される。

 無申告加算税は、同第66条に定められるものである。①確定申告の期限内に申告書が提出されなかった場合で、期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定(同第25条)がなされた場合、または 、②期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定がなされた後に修正申告書が提出され、もしくは更正処分がなされた場合に課される。

 不納付加算税は、同第67条に定められるものである。源泉徴収などによる国税が法定期限内に完納されなかった場合に課される。

 重加算税は、同第68条に定められるものである。過少申告、無申告または不納付が、納税すべき税額の計算の基礎となる事実の全部または一部についての隠蔽または仮想に基づいている場合に、過少申告加算税、無申告加算税または不納付加算税の代わりとして課される。

 いずれの場合についても、加算税とともに刑罰が科されることがある(所得税法、法人税法、相続税法などを参照)。これについては、二重処罰の禁止を定める憲法第39条に違反しないのか、という問題がある。

 ●最大判昭和33年4月30日民集12巻6号938頁(Ⅰ―111

 事案:会社Xは昭和23年度の法人税について申告納税を行った。これに対し、税務署長Yは更正決定を行い、追徴税(現在の加算税に相当する)を課した。また、国税局はXが法人税の逋脱(脱税)行為を行ったとしてX自体とその担当部長を検察庁に告発した。その後両者は起訴され、有罪の判決を受けた。Xは、追徴税の課税が憲法第39条に違反するとして取消を求めたが、一審判決(大阪地判昭和27年4月26日行集3巻3号552頁)、二審判決(大阪高判昭和28年12月21日行集4巻12号3090頁)のいずれも請求を棄却した。最高裁判所大法廷も、次のように述べて請求を棄却した。

 判旨:「追徴税は、申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により賦課せられるものであつて、これを課することが申告納税を怠つたものに対し制裁的意義を有することは否定し得ないところであるが、詐欺その他不正の行為により法人税を免れた場合に、その違反行為者および法人に科せられる同法48条1項および51条の罰金とは、その性質を異にするものと解すべきである。すなわち、法48条1項の逋脱犯に対する刑罰が「詐欺その他不正の行為により云々」の文字からも窺われるように、脱税者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであるに反し、法43条の追徴税は、単に過少申告・不申告による納税義務違反の事実があれば、同条所定の己むを得ない事由のない限り、その違反の法人に対し課せられるものであり、これによつて、過少申告・不申告による納税義務違反の発生を防止し、以つて納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であると解すべきである。法が追徴税を行政機関の行政手続により租税の形式により課すべきものとしたことは追徴税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。追徴税のかような性質にかんがみれば、憲法39条の規定は、刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないと解するのが相当であるから所論違憲の主張は採用し得ない。」

 

 ▲第7版における履歴:2021年1月20日掲載。

 ▲第6版における履歴:2015年10月20日掲載(「第19回 行政上の義務履行確保、行政罰、即時強制」として)。

                                    2017年10月26日修正。

            2017年12月20日修正。

            2018年7月23日修正。

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