![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/50/c964f4d5a963316b858bf74166f3f000.jpg)
2階のこたつ壊れました。
重要文化財級の年代物、昭和43年(1968)冬に早稲田鶴巻町の下宿で買い求めてから半世紀の骨董です。
いまはpanasonic傘下でSANYOブランドはなくなりましたが、サンヨー・ダンパックというレモン球式ランプが赤く暖かい光を出す愛すべきレトロな折りたたみ式コタツでした。
電気コードはショートしないようにテープで巻きましたが、球が切れたのか温度ヒューズが切れたのか天命大往生おめでとうで延命治療の修理はナシでお別れです。
よく長生きしたもんです。布団めくった時のこのレモン球式ランプの真っ赤な温かみある明かりに今のこたつは到底かないません。
レモン球が天板の下に大きく出っ張りすぎてヒザぶつけるのが受けなかったのでしょうか、今の石英管ヒーターは薄くてこたつの中が広々していますもんね。
早速リオンドール脇のヤマダ電気に行きましたが家具調こたつ15,000円どーしましょう?
店員さんがサイズ合えばヒーターだけ取り替えられますよ、3,000円で・・・。
その時前頭葉にヒラめいたのは、1階茶の間のこたつは電気つけずにアルミチューブで石油ファンヒーターの熱気取り入れで十分熱いくらい快適です。電気ヒーターなしでもいけるんでは?・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/0b/5e5604649895958cd4dfb95d0c31c83a.jpg)
コメリで1,300円、買ってきました。エコダクト って言うんですね。
早速レモン球はずして石油ファンヒーター前にセット。
快適です。省エネ、広々、ヌクヌク、いい事だらけのスグレモノ④の買い物でした。
炬燵 火燵と書くそうですが、室町時代に囲炉裏の上に櫓を組み、蒲団をかけた物が最初であるとWikiにあります。
子供の頃は電気でなく、囲炉裏の炭火の上に屋根状の金網を置いてやぐらに布団かけたものでした。
毎日冬の朝、十能に入れた炭火を持ってきてこたつ立てたもんです。誰かが炭火起こしてたんでしょうか?
炭は途中から豆炭になりましたが・・・
「電気やぐらこたつ」は東芝が昭和37年(1957)に発売して以来爆発的に広まったそうです。それも天井部分にニクロム線ヒーター取り付けたアイデアは、頭の上が暖かいなと思って上見たら2階の囲炉裏の鍋底があったことから思いついたのだそうです。見たことあります?2階の囲炉裏(この辺の方言はよろぶちという)の鍋底・・・身近では岩室温泉小鍛冶屋で見られます。
レモン球式は昭和40年頃からずいぶん長い間出回ったようです。赤い光が受けたんですねきっと。こたつの布団めくって赤くないとガッカリするもんです。 えっ、しません?
こんなの見つけました。
「何はなくと巨燵(こたつ)一つを参らせん」子規 1895(明治28)年
「漱石来る」と前書き。松山中学で教鞭(きょうべん)を執っていた漱石が松山を出発したのは12月26日頃。この寒さの中をやってくるのだから、何はなくとも「巨燵」にさあさあ!という子規の心の弾みが伝わってくるような一句だ。
と超辛口赤ペン先生 夏井いつき が書いていました。
重要文化財級の年代物、昭和43年(1968)冬に早稲田鶴巻町の下宿で買い求めてから半世紀の骨董です。
いまはpanasonic傘下でSANYOブランドはなくなりましたが、サンヨー・ダンパックというレモン球式ランプが赤く暖かい光を出す愛すべきレトロな折りたたみ式コタツでした。
電気コードはショートしないようにテープで巻きましたが、球が切れたのか温度ヒューズが切れたのか天命大往生おめでとうで延命治療の修理はナシでお別れです。
よく長生きしたもんです。布団めくった時のこのレモン球式ランプの真っ赤な温かみある明かりに今のこたつは到底かないません。
レモン球が天板の下に大きく出っ張りすぎてヒザぶつけるのが受けなかったのでしょうか、今の石英管ヒーターは薄くてこたつの中が広々していますもんね。
早速リオンドール脇のヤマダ電気に行きましたが家具調こたつ15,000円どーしましょう?
店員さんがサイズ合えばヒーターだけ取り替えられますよ、3,000円で・・・。
その時前頭葉にヒラめいたのは、1階茶の間のこたつは電気つけずにアルミチューブで石油ファンヒーターの熱気取り入れで十分熱いくらい快適です。電気ヒーターなしでもいけるんでは?・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/0b/5e5604649895958cd4dfb95d0c31c83a.jpg)
コメリで1,300円、買ってきました。エコダクト って言うんですね。
早速レモン球はずして石油ファンヒーター前にセット。
快適です。省エネ、広々、ヌクヌク、いい事だらけのスグレモノ④の買い物でした。
炬燵 火燵と書くそうですが、室町時代に囲炉裏の上に櫓を組み、蒲団をかけた物が最初であるとWikiにあります。
子供の頃は電気でなく、囲炉裏の炭火の上に屋根状の金網を置いてやぐらに布団かけたものでした。
毎日冬の朝、十能に入れた炭火を持ってきてこたつ立てたもんです。誰かが炭火起こしてたんでしょうか?
炭は途中から豆炭になりましたが・・・
「電気やぐらこたつ」は東芝が昭和37年(1957)に発売して以来爆発的に広まったそうです。それも天井部分にニクロム線ヒーター取り付けたアイデアは、頭の上が暖かいなと思って上見たら2階の囲炉裏の鍋底があったことから思いついたのだそうです。見たことあります?2階の囲炉裏(この辺の方言はよろぶちという)の鍋底・・・身近では岩室温泉小鍛冶屋で見られます。
レモン球式は昭和40年頃からずいぶん長い間出回ったようです。赤い光が受けたんですねきっと。こたつの布団めくって赤くないとガッカリするもんです。 えっ、しません?
こんなの見つけました。
「何はなくと巨燵(こたつ)一つを参らせん」子規 1895(明治28)年
「漱石来る」と前書き。松山中学で教鞭(きょうべん)を執っていた漱石が松山を出発したのは12月26日頃。この寒さの中をやってくるのだから、何はなくとも「巨燵」にさあさあ!という子規の心の弾みが伝わってくるような一句だ。
と超辛口赤ペン先生 夏井いつき が書いていました。
それ以来ミスター=長島さんになったのかな?
『長島さん歌』
長島茂雄さんは、ボク等団塊の世代とともに生きた人だ。物心ついたときに最初に見た『スーパースター』だったように思う。ここで、その全盛期、ボクが小学校5年生頃のプロ野球中継の時にスポンサーだった三洋電気が作ってコマーシャルのときに流れていた『長島さんの歌』を唄って、『送る言葉』とします。
『サン、サン、サン、サン ステキなサン
サン、サン、サン、サン、 背番号サン
サンヨー電気のサンの字のサン、 フレーフレーフレー
ミスターサンヨー ナガシマサン
愉快な拍手は サンサンサンのサン
ミスター、 ミスター、ミスター サンヨー』
最後に、長島さんがイツモ厳しく『松井選手』に言ってた言葉を昨日知りました。紹介します。
『ウーン、技術じゃないよ、技術より、気持ちが大事ね・・・ウーン、そう』
大好きなミスターのアンラッキー。
CM会社にもアンラッキーでした。
セキュリティセット解除してて空き巣被害。「セ○ムし忘れましたか?」
乳酸菌特保食品では脳梗塞。
サンヨーにはなかったようです。
「走りたい!」今のミスターの目標だそうです。