小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「スギ林はじゃまものか」

2008年08月30日 23時13分42秒 | 花粉症
山岡寛人著、2007年、旬報社発行.

スギ花粉症の季節になるたびに憂鬱になります.患者さんもたくさん来ますが私自身も患者ですので.
そしてこう思います.
「なぜスギ林を切らないんだろう」

アレルギー疾患の治療の基本は原因となるアレルゲンの除去です.
食物アレルギーなら食物除去、ダニアレルギーならダニを減らす努力・・・しかし、スギ花粉は風に乗って飛んでくるので個人の力では避けようがありません.
学会での講演・シンポジウムではスギ花粉症の最新治療についての情報が得られますが、肝心のアレルゲン除去についてのコメントはありません.
以前はよく質問しました.
「なぜスギを伐採するという話が出ないんですか?」
しかし講師の誰からも納得できる答えは得られませんでした.
アレルギー学会に期待してもダメなんだ、と悟りました.

そして最近、私の疑問に答えてくれそうなこの本を見つけました.
中学生向けなので内容もわかりやすく読みやすい.
著者は理科の先生で、本業の傍ら独自に自然の研究を続けて発表してきた方だそうです.
スギ林の管理法と中高生の実習話からはじまり、明治神宮の森造りや森林の成り立ちと移り変わりなど森の基礎知識も書かれていて目から鱗が落ちました.
この本のポイントは、被害者意識のある患者やそれを煽るジャーナリストではなく、花粉症を治療して利益を得る医師でもなく、中立の立場と言うべき科学者の視点で書かれているということです.

印象に残った部分を抜粋します.

まずはスギの基礎知識.
「スギは日本原産の木で学名はクリプトメリア・ヤポニカ.常緑針葉樹で、高さが50m、大人の目の高さでの幹の直径が5mもの大きな木に育つ.スギがたくさん植林されている理由は木材の性質が優れているから.主に家屋の建築用材に使用されてきた.スギ林業は、苗を植えてから伐採するまでに最低でも30年はかかる.」

「日本の森林面積は国土面積の67%を占めている.そのうち41%は人工林でほとんどは針葉樹林であり、人工林の43%はスギである(全森林面積の約20%).森林面積の約55%は私有林.」

「スギ、ヒノキ、サワラなどの針葉樹林は大気汚染に弱いので明治神宮の森造りには使われなかった.」

「戦後復興のため日本政府は1957年に拡大造林計画を立てた.ブナ林・ナラ林・シイ/カシ林など広葉樹林・雑木林は生産性が低いとされて伐採し、スギやヒノキは生産性が高いとされて植林するという内容である.しかし、拡大造林は生産性を上げることだけが重視され、スギの植林に適さないところでも行われた.とりわけ失敗したのは、標高800mを越える山岳地帯にも植えたこと.管理が行き届かず荒れ果てたスギ林が各地に出現した.これを不成績造林地という.」

「スギがそろそろ伐採できる頃に高度経済成長の最盛期を迎えた.しかし家の工法が変化しスギの材木を必要としなくなってしまった.スギの価格は暴落し、また人件費が高騰し、伐採すればするほど赤字がかさむようになった.こうした拡大造林計画の失敗により皮肉にも荒れ果てた広大なスギ人工林が残され、山地の崩壊、土砂流出、スギ花粉症など林業以外の問題まで引き起こすこととなった.」

「スギ人工林には年齢だけは成熟した成長の悪いスギが過密にひしめいている.大量に飛ばされる花粉は、最後に子孫だけは残しておこうというスギのあがきと言えないことも無い.」
・・・作家の立花和平さんも講演で同じようなことを言っていました.「スギは自分の寿命を全うできないことを察知して大量の花粉を飛ばすのだろう.スギに悲鳴に聞こえる」と.
 スギの植林は1.5~1.8m間隔だそうですが、スギが健康に育つには物干竿を振り回せるくらい開けないと窮屈であると試み学園の園長さんも書いています.

「スギ人工林には広葉樹林のドングリのような野生ほ乳類の食べ物がほとんどない.このため、野生動物は人里まで出てきて野菜や果樹を食べ荒らしたり、人に危害を加えるようになった、いやならざるを得なかった.」

ちょっと言葉が硬いのですが、日本学術会議が提唱した「森林の機能」が紹介されています.
1.生物多様性保全機能
2.地球環境保全機能
3.土砂災害防止機能・土壌保全機能
4.水源涵養機能
5.快適環境形成機能
6.保健・レクレーション機能
7.文化機能
8.物質産生機能
これらを満たす森は広葉樹林の森です.
残念ながら針葉樹林であるスギ林が当てはまるのは8の物質産生機能のみ.材木になるだけです.
3の土砂災害防止機能が自然林に比較して弱いことは災害時によく話題になります.

著者はスギの利用法も提案しています.
しかし経費の問題から一戸建てに使うのは非現実的で、せいぜい床のフローリングや天井、建具・家具などに利用する程度.

読み終えて、暗澹たる気持ちになりました.
「拡大造林計画」という政策の失敗のツケがあまりにも大きい.
スギ花粉症の増加も、豪雨の土砂災害が目立つようになったのも、野生動物が「害獣」として射殺されるようになったのもすべてここに根っこがある.
政府はこの事態を見て見ぬ振り、ずっ~と放っておくつもりでしょうか.
政治家、何とかせい!

今朝の新聞にトラック業者の悲哀が記事にされていました.
公共事業が激減して仕事がなくなり、失業一歩手前の労働者がたくさん.
里山を削った土砂を空港建設予定地に運び、建設現場の残土を削った山に持ち帰って埋めるという、生産性の無いむなしい仕事もやらざるを得ないと記されていました(こんなことを税金を使ってやっているとは・・・あきれてしまいます).
社会の変化に伴い仕事が無くて困っている人たちに、担い手がいなくて困っている林業を紹介するのはいかがでしょう.
色々問題はあるのでしょうが、かたや人手が足りない、かたや仕事が無いとなれば、調整すれば上手くいくはずだと思います.

湿気の多い日本には鉄筋コンクリートより木の家が合うと思います.
これはアレルギー疾患の面からも指摘されていることです.
家屋の西欧化に伴い家屋の気密性が高くなり、その結果冬でも暖かいためダニが1年中繁殖し、ダニアレルギー、ひいては気管支喘息の増加の要因になったと.

さらにコンクリートの檻の中で育った動物園のチンパンジーは、本能を忘れて子育てができなくなるそうです.
この話、人間にも当てはまるのではないでしょうか?


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