小児アレルギー科医の視線

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(その2)朝礼で倒れる思春期女子は「反射性失神」か、それとも「起立性調節障害」か?

2019年09月15日 14時15分22秒 | 小児医療
 前項は、「失神の診断・治療ガイドライン2012」を拾い読みしてみましたが、私の疑問は解決に至りませんでした。
 次に、医学系雑誌「日経メディカル」の2016年8月号で「どうする?その失神」という特集を組んでおり、読んでみると役に立ちそうなので、一部を抜粋します。

 まずは聖マリアンナ医大の失神外来を2012年4月から2015年12月に受診した約520人の患者のうち210人の原因疾患を分析した結果。



 心原性26%、反射性35%、起立性低血圧7%。
 次に年齢別原因別頻度の表(⇩)



 あれ?
 10歳代は「反射性失神」が最多で残りは原因不明・・・「起立性低血圧(≒起立性調節障害)」はない?
 ちょっと、というか大きく私の印象と異なります。
 ・・・この辺のことは、後ほどまた出てきます。

 次に失神に伴い、手足がガクガク震える“けいれん”が見られることがあります。
 すると、「てんかん」という病気を考えがち。
 しかし失神でもけいれんは、まれならず観察されます。

てんかんと失神との鑑別
・痙攣を起こした場合はてんかん発作を疑いがちだが、失神でも痙攣は生じ得る。発作時に痙攣を伴ったからといって、それだけでてんかんと診断すべきではない。
・てんかんと心原性失神の鑑別に有用なのは、発汗や前兆、顔面蒼白の有無などだ(⇩)。発作が起こる前に発汗を生じたり、眼前暗黒感という前兆を認めれば失神の可能性が高い。発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかんが考えられる。顔面蒼白を確認したい場合は、顔から血の気が引いて白くなっていたかどうかを目撃者に聞いてみる。
 側頭葉てんかん発作(てんかん患者の半数弱を占める)に特徴的な前兆である「deja vu(デジャヴ)」も鑑別に有用だ。deja vuとは過去に経験したことが突然思い出されることを指す。発作のたびにdeja vuが起こるため、患者は何となく懐かしい感覚を覚える。




 「発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかん」という鑑別点が示されました。
 経験からして、肯けます。
 意識障害の患者さんを見た際、徐脈なら失神、頻脈ならけいれん発作、と鑑別診断の本で読んだ記憶がありますし。

 成人では多い「側頭葉てんかん」は小児ではあまりいません。
「患者はなんとなく懐かしい感覚を覚える」のですか・・・不思議ですね。

 次に失神患者の重症度判定について。
 心原性>非心原性、が基本であり、これは心電図でトリアージ可能です。

失神患者の高リスク基準
 通常の診察では異常所見を認めない場合、病歴聴取や身体所見(血圧測定を含む)、心電図検査などで高リスク所見(⇩)の有無を確認し、患者のリスクを階層化する。高リスク所見がなければ、低リスクと判断できる。低リスク失神の原因としては、血管迷走神経性失神などの反射性失神がある。




 起立に伴う失神はそれだけで高リスク所見(心原性失神)から外れますね。心電図で異常がなければ、なお安心です。
 下記のように、前兆・前駆症状が目立つと反射性、前触れなく突然始まると心原性が疑われます。失神が発生した状況・環境でもある程度判断可能ですね。

心原性失神と反射性失神の鑑別(⇩)
 反射性失神では前駆症状として、熱感や口渇、胃部不快感や吐き気、あくび、めまい、頭痛などが生じる。前駆症状が10秒以上続く場合は反射性を強く疑う心原性失神では動悸や胸痛などの症状を伴う場合もあるが、一般に前駆症状は乏しく短時間で失神に至る
 失神時の状況や症状も鑑別に役立つ。
 反射性失神は起立時や座位、混雑した通勤電車内での強制立位、歯科治療中の緩やかな角度の座位といった状況で起きやすく、不快な光景や音、臭い、長時間の起立、臥床・座位後の急激な起立、脱水、入浴などが誘因になる。
 これに対し、心原性失神は体位に関係なく、就寝中や起床時、運動中・後によく起こる。




 さて次は、私の疑問の中核である“反射性失神”と“起立性低血圧性失神”の鑑別です。
 おおっ! なんと、私の疑問に対する答えが書いてあるではありませんか。

反射性失神と起立性低血圧による失神の鑑別
 反射性失神は失神患者の6割程度を占める頻度の高い失神であり、何からのストレスにより誘発される。
 また、失神患者の1~2割を占める起立性低血圧による失神と診断する上で有用なのが、起立時血圧の測定だ。起立3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下するなどの基準を満たせば起立性低血圧と診断できる。また、起立時に心拍数の変動を見ることは、血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別に役立つ。起立性低血圧患者は脈が速くなって血圧が下がる傾向があり、反射性失神患者は脈が遅くなり血圧が下がる傾向がある。


 ここでも脈拍数・心拍数がポイントになります。
 血圧低下は共通ですが、
(起立性調節障害)頻脈傾向
(反射性失神)徐脈傾向

 なるほど、なるほど。

心因性失神を疑うポイント
 心因性失神患者は、周囲に誰かがいる時に発作を生じ、けがをすることはまずない。心因性の失神患者の9割は閉眼しており、失神やてんかん発作で閉眼している患者は3~4割ほどとのデータがある。そのため、発作時に閉眼していたからといって心因性と断言できないが、開眼していれば心因性は除外しやすい。


 心因性失神は“周囲にアピール”することがポイントなので、1人でいるときは発症しません。
 昔は“ヒステリー発作”と呼ばれており、私も担当したことがあります。
 周囲がつれなくするとこれ見よがしに病棟で失神する中学生女子に悩まされました。

 次は、反射性失神の生活指導についての記述です。

反射性(血管迷走神経性)失神の生活指導
 血管迷走神経性失神は、発作時に前兆を伴うことが多い。そのため前兆出現時に失神を回避するような行動を取るよう指示する。「しゃがみ込めば、脳への循環血液量が増すので失神を回避できる。前兆が出現したら、しゃがんだり横になる」と説明する。反射性失神は脳の位置が心臓より高い場合に発生するが、心臓と脳の高さが同じになれば自然に回復する
 反射性失神では、再発が防げなくても、けがをしないよう導くことが最低限必要。
 仕事中などで、しゃがんだり横になることが難しい場合は、下に示す失神回避法を伝えたい。座位では両腕を組み引っ張り合う、足を交差させて組む、立位では足を動かすなどだ。足や腕に力を入れて筋肉を収縮させると、筋肉の収縮で静脈内の血液が上半身に戻りやすくなる。これらの回避法により、血管迷走神経性失神の再発は約8割減ることが明らかになっている。




 さらに前項で出てきた「チルト訓練」がイラスト解説されていました。

再発予防に効くチルト訓練:2012年に保険適用
 血管迷走神経性失神の治療として、ガイドラインではクラスIIa(有益であるという意見が多い)の推奨ながら、再発抑制効果が高いのが「起立調節訓練法(チルト訓練)」だ(下図)。チルト訓練による血管迷走神経性失神の再発予防効果は高い。チルト訓練とは、踵を壁から15cmほど離した状態で、壁に頭から背中、臀部までを密着させた状態で起立し、その状態を30分間保つというもの。
 血管迷走神経性失神の場合、チルト訓練開始後数日は、途中で気持ち悪さを訴え、30分間訓練を継続できない患者がほとんど(血管迷走神経性失神の診断に活用できる)。気分が悪くなったり、前兆が出現したら、その時点で訓練を中止し、翌日また同様の訓練を繰り返す。
 当初30分間起立できない患者でも、1日2回の訓練で、徐々に起立時間が長くなり、10日前後で30分間続けられるようになる。チルト訓練で30分立っていられるようになれば、血管迷走神経性失神を再発することはまずない
 再発抑制効果が高いものの、患者の継続率が低いのが同訓練の課題となっている。チルト訓練を中止すると、1週間もしないうちに再発する患者がいる。朝夕30分の訓練時間を確保するのは患者にとって難しいので、30分起立できるようになった段階で訓練回数を1日1回に減らして継続させるとよい。下半身さえ動かさなければ、テレビを見たり本を読みながらでも効果は得られる。




 これらの体操とチルト訓練は、NHK-Eテレの健康番組の中でも解説されていました。
 次は起立性低血圧による失神の生活指導です。

起立性低血圧】欠かせない服用薬チェック 適切な塩分・水分摂取を。
 起立性低血圧による失神も血管迷走神経性失神と同様に、自律神経を介して生じる。そのため、不眠や疲労などの精神的・肉体的ストレスが発症に関与するといわれている。脱水による循環血液量の低下も起立性低血圧を誘発する。
 起立性低血圧による失神の場合、患者指導として推奨されるのは、立位や座位への急激な体位変換を避けること。また、誘因となる薬剤の中止や減量も推奨される。


 ここで、反射性失神と起立性低血圧による失神の生活指導内容を比べてみましょう。
 左(表5)が反射性失神、右(表6)が起立性低血圧による失神の生活指導です;


 
 誘因、誘因となる薬物はほぼ同じですね。
 違うのは、具体的な対応法。
 反射性失神は、立位をとってしばらくしてから生じるので、気配(前徴)を感じたら対策(しゃがみこむ、横になる)をとる。
 起立性低血圧による失神は、急に立ち上がらない。
 まあ、当たり前と言えば当たり前ですが・・・。

 あ、小児の失神の項目もありました。主に前大阪医科大学准教授の田中英高Dr.による解説です。

小児の失神の約8割はOD(起立性調節障害)によるもので、その原因が心疾患である割合は成人に比べて圧倒的に低く、海外では2%程度と報告されている。

 あれ? 最初のグラフでは全然なかったのに・・・いきなり8割ですか?
 この矛盾はなんなのだろう・・・誰か教えてください。

小児の起立性調節障害
 失神を初発として受診する患者もいるが、よく聞いてみると、朝起きるのがつらい状況が続いていたなど、ODを疑う所見がある患者がほとんど
 ODは自律神経の機能低下で生じ、立ちくらみや全身倦怠感、朝の食欲不振などとともに、立っていると気分が悪くなったり、失神したりする。10歳代の罹患率が高く、軽症を入れると中学生の2~3割程度がOD疑いで、そのうち検査でODと確定診断できるのは約半数、重症は全体の1%程度。
 ODの診療の進め方としては、日本心身医学会による「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」が参考になる。同ガイドラインは、失神の既往や失神疑いがある小児に対して、心電図や脳波検査を行い問題がないことを確認した後に、「新起立試験」によるODのサブタイプ判定を推奨する。

新起立試験
 安静臥位から起立させ、その後の血圧回復時間を測定するもの。健常者では起立後、一過性に血圧低下を生じるが、直ちに回復し、臥位よりやや高い血圧で安定する。
 一方OD患者では、
(1)起立直後に強い血圧低下を来して血圧回復が遅延
(2)血圧低下を伴わず心拍数が増加
(3)起立中に突然血圧低下と起立失調症状が出現
(4)起立直後の血圧は正常だが、起立3~10分後に収縮期血圧が臥位時より低下
──などの異常が認められる。


 確かに、「心拍数増加(頻脈)」とは書いてあるけど、「心拍数低下(徐脈)」という単語は見当たりませんね。
 問題点としてあえて挙げたいのは、「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」はネットで閲覧できません(約5000円の書籍購入が必要)。さらに「新起立試験」もネットで閲覧できません。
 つまり、一般開業医の扱う疾患ではなく、確定診断と管理は専門医あるいは病院レベルで行うべし、という高飛車なスタンスが見え隠れします。
 以前、「熱性けいれんガイドラインがネットで閲覧できないのはおかしい!」とブログに書いたら、ほどなくして公開されたことがあります。今回も密かに期待しましょう。

起立性調節障害の生活指導
 OD治療の基本は、疾病教育と非薬物療法だ。
 疾病教育として田中氏は患児がわかりやすいよう、「ODは正常よりも血管収縮力が弱かったり循環血液量が少ないために起立時に脳への血流が低下する病気」と解説している。脳への血流が低下するため、立ちくらみや失神を生じるとし、循環血液量を増やすために水分をたくさん取るよう指導している。具体的な水分摂取量は毎日1.5~2L。筋力が付くと下肢や腹部への血液の貯留が改善するため、運動の重要性も伝えている。「患児は皆運動不足で、足の筋力が弱い。少しでも筋肉を使うよう、室内はつま先で歩くよう指導している」と田中氏は言う。さらに、食塩を1日3g(梅干し2個分)余分に取り、弾性ストッキングを起床後から夕方まで着用するよう指示する。
 立ちくらみや気分不良の予防法として、起立時は頭を下げたまま30歩移動するとよいという(図A)。OD患者は起立後30秒以内に倒れることが多いが、「動き始めれば、筋肉のポンプ機能で血液が頭に行きやすくなる」と田中氏は説明する。



 ガイドラインは中等症以上の患者に、ミドドリンなどを用いた薬物療法を推奨するが、田中氏は「薬だけでは効果は期待できない。水分を十分取り、筋力を強くし、保護者には子どもにストレスを掛け過ぎないよう指導することが一番大事」と強調する。
 重症の患児は治癒まで4~5年が必要だが、軽症は適切な生活指導により短時間で治癒しやすいとのこと。10歳代の失神の原因として一般的なODへの適切な対応を実践したい。


 
 以上、「朝礼で倒れた思春期女子は反射性失神なのか、それとも起立性調節障害なのか?」と題して、2回に渡り書いてきました。
 集めた情報では、時間経過と脈拍数で判断できそうです。

(反射性失神) 起立後30分以内、徐脈傾向
(起立性低血圧)起立後30秒以内、頻脈傾向


 まず、時間経過からは反射性失神の可能性大。
 さらに(新)起立試験で起立後の脈拍変化を見れば鑑別可能と思われます。
 起立試験で明らかな異常を検出できない場合、あるいは起立後の徐脈を認めた場合はチルト試験を行うと、診断が確実になりますね。
 治療に大きな違いを見いだせませんでしたが、反射性失神に対する“チルト訓練”は手応えがありそうです。

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