ある患者さんの言葉
『麻痺が完全に治癒しないことくらいわかっています。でも、どこまでの可能性があるのか、そして、これまでの治療がどこまでその可能性を追求したのか、疑問があります。生活機能重視? そんなことは当たり前です。私たちは生活することで必死ですから。専門家は、障害者の生活に首を突っ込んで医学的治療を放棄するのではなく、希望がもてる治療法を考えて下さい。』
日本のリハビリテーション医療が、生活重視の名のもとに、いつから『あきらめの医療』『打ち切りの医療』になってしまったのでしょうか? 『障害受容』の押しつけ、実用にならないものは全て治療放棄、QOLの医学の放棄、(当事者の)価値観の多様性の否定・・・。
希望の光が少しでも見えたとき、それが全人的な生命力の源になることを知るべきです。
『麻痺が完全に治癒しないことくらいわかっています。でも、どこまでの可能性があるのか、そして、これまでの治療がどこまでその可能性を追求したのか、疑問があります。生活機能重視? そんなことは当たり前です。私たちは生活することで必死ですから。専門家は、障害者の生活に首を突っ込んで医学的治療を放棄するのではなく、希望がもてる治療法を考えて下さい。』
日本のリハビリテーション医療が、生活重視の名のもとに、いつから『あきらめの医療』『打ち切りの医療』になってしまったのでしょうか? 『障害受容』の押しつけ、実用にならないものは全て治療放棄、QOLの医学の放棄、(当事者の)価値観の多様性の否定・・・。
希望の光が少しでも見えたとき、それが全人的な生命力の源になることを知るべきです。