
1950年代から70年代にかけて、中華街にはたくさんのバーがあった。 それらは外国船員が来る船員バー、アメリカ兵が利用するGIバー、ジャズの生演奏をするジャズバーと、3つのタイプに分かれていたが、船員バーとGIバーは同じ店で、船員がドッと入ってくれば船員バーだし、米兵が多ければGIバーと言っていたと思う。 その当時の名残はほとんど無くなってしまったが、西門通りにはまだ数軒のバーが健在で、「ウィンドジャマー」などでは毎日、ジャズ好きな連中や2次会で飲みなおす若者たちが酒と生演奏を楽しんでいる。 かつて、西門通りに「ストーク」という、やはりライブをやっているバーがあった。 いつだったか火事で焼けてしまい、店は関内へ移ったのだが、いつの間にか閉店になっていた。 それ以来、西門通りにあったバーがどんどん姿を消していき、そして最近、「ノーザンライト」がこんな状態になっているのを発見! 跡地には5階建てのビルが建つようだ。標識を見ると店舗、事務所、住居となっているので、1階部分は店になるのだろう。 しかし、それが「ノーザンライト」なのかどうかは、今のところ不明。 ![]() 解体工事は隣の「満福楼売店」も一緒に行われているようだ。2軒分あわせて新築されるのかも。 【参考】 中華街バーの歴史 ![]() 「ハマる横浜中華街」情報はコチラ⇒ ![]() |
ガラクタとして潰されずに、どこかで余生を送っていれば良いのですが。
シートで覆って解体作業が始まってましたよ。
満福樓売店では以前栗を売ってましたが、
栗売りは大珍樓本館脇と日昇酒家前に移動したみたいです。
むかし、エイトセンター内の飲み屋が閉店するときカラオケセットをもらったことがありますが、
ジュークボックスは大きすぎて我が家には入りきりません。
残念ですが…
満福樓は以前、西門通りで料理店を出していましたよね。
それが閉店になり、今では売店だけになりました。
そして今度…
どうなるのかなぁ。
新築の店舗部分に入るのかなぁ。
この通りには「ジミー」というバーがあったのに、それもいつの間にか消えています。
残っているのはノルゲ、アテネ、マリーン、ウインドジャマー、ロックウエルズ、オラフ…
結構まだあるじゃん。
エリックさんがいたころのラストスタンド(今のゾルバ)をご存知でしょうか?一回改装する前の、コペンハーゲンのカウンターのおばちゃん達とかも好きでしたが・・・
でも、昔の内装のままで残っている店が多いのはうれしいですよね。
ラストスタンドですね、中華飯店やパンアメリカンの斜め前のバー。
知っていますよ。
ときどき行きました。
ゾルバもランチを食べに行ったなぁ…
偶然HPを見つけてコメントさせていただきました。
先日BAR Nothern Lightの取壊しを聞き、現場の解体業の方に無理を言って看板を引取らせてもらいました。現在会社倉庫で眠っております。
外壁の木製店名文字、入口上の電飾看板、縦電飾看板+店内カウンターにひっそり残っていたPRICELIST(メニュー)。
これだけは何とか運び出しました。
一部破損した箇所もありますので、春までには修復して、新たな「横浜BARNothernLight」を引き継ぐ方?がいらっしゃるまで保管します。
今年開催予定の横浜イベントで、来場の方々にご覧いただくのもいいかな。
素晴らしいです!
よくぞ確保できましたね。
しかもメニューまでとは!
驚きです!
それにしても、新しく「ノーザンライト」がオープンするのでしょうかねぇ。
昔、私も福富町の閉店したバーの看板をもらってきたことがあります。
しかし、結局は引き継ぐ店が無くて、
使えなかったという思い出があります。
陽の目を見るといいですね。
(有)結工藝 堀池さん、ありがとうございます。看板もPRICELISTもなつかしい。
もう、「お姐さん」になぞのドリンクをご一緒していただくこともないのだなあ。
昨日見たら、建物はほぼ完全に消えました。
来週は更地が出現するはずです。
寂しいですね。