昔、ボクが小学2年生の頃に実家で初めて犬を飼った。
その犬は、父の友人から譲り受けたもので、スピッツとの雑種で毛並みは白かったが、全くスピッツらしくなかった。
オス犬だったが、母がミミと名付けた。
もらって来たときは、生後3か月くらいで、まだ小さくてミルクや離乳食を与えていた。
あまりに可愛いので、犬を布団の中に入れて寝て、よく母に叱られた。
そんなボクらのことを見ていた父が、たまりかねたのか犬小屋を造ってミミを外に出した。
子犬に比べて犬小屋はとても大きかったが、一月、二月と経つうちに、ミミは見る見るうちに大きくなった。
貰ってきたときとは全く違って、大きくなって可愛さも無くなり、よその人によく吠えるようになった。
ミミが2歳くらいのときだったと思うが、クサリにつないだままだったが、近所の人が犬に近づいたときに噛みついた。
ケガは大したことは無かったが、両親はとても神妙になった。
数日後に、突然父がミミを捨てに行くと言い出した。
多分両親が話し合って決めたのだと思う。
ボクが育ったところは田舎で、野良犬もいたし犬を放し飼いにしている家もあった。
ボクも妹もミミを捨てるのには反対したが、父の意志は固かった。
数日後に、学校から帰るとミミがいなかった。
父がバイクでミミを捨てに行ったらしい。
ボクも妹も結局、捨てたんだと思ってガッカリした。
その日の夕食は、みんなしゃべらなかった。
翌日、父は朝早く出勤する。
ボクや妹が起きたときには父は仕事に行っていない。
朝食は父と僕らは別々だ。
妹が、ミミはどうしているやろうかと僕に尋ねる。
ご飯食べたやろうか、水飲んだやろうか。
学校から帰って、母には内緒で妹と一緒に近くを探しに行った。
夕方まで探したが見つからない。
数日間そんな状況が続き、夕食も皆口数も少ない。
4日後の夕食のときに、父がポツリと言った。
「ミミを探しに行こうか。」
翌日の夕方、ボクは父のバイクの後ろに乗って、ミミを探しに行った。
父が捨てたのは10km以上離れた場所。
1時間くらいバイクで探したが見つからなかった。
あたりが薄暗くなった頃に遠くに数匹の犬を見つけた。
ボクは大きな声でミミと名前を呼んだ。
遠くだが聞こえたのか、姿が見えたのかは分からないが、その中の一匹がこちらに向かって一生懸命に走って来るのが見えた。
すぐにそれがミミだというのが分かった。
近づくと飛び掛かって来るほどの喜びようだ。
ようやく見つけたので、そのままバイクで走ると一生懸命についてくる。
自宅まで10km以上の路をずっと走ってついてきた。
父がすぐに、洗面器に水を入れてミミの前に置く。
今にも倒れ込むように飲んでいる姿を見ていると、足の裏から血が出ている。
水を飲み終えたミミの足の裏を見ると、4足とも厚い皮がはがれて血が出ていて、とても痛々しい。
こんな状態で必死で走ったミミを見て、とても愛しく感じた。
すぐに、母が赤チンを塗った。
そんなことがあってからは、ボクたち家族は犬に対して特別な想いがある。
今はうなぎが傍にいるが、犬との心のつながりはとても深いものだと思っている。
ブログを読んでいて犬好きとしては涙が出ました
小学生のころは犬を飼うのは贅沢な時代でした 私もほしかったのですが人間が食べるのが大変な時代で猫しか買ってもらえませんでした
お母さんが赤チンを足にーーーー
ぐっときました
結婚して2匹の犬を見取りました
2匹目は保護犬のビーグルでした
今は娘が結婚して置いていったダックスのこーひめ10歳の癒される毎日です
犬は家族。
その犬と人間の繋がりが
切なすぎるほど伝わってきました。
ミミもうなぎさんも、
そしてうなぎさん家族にとっても、
忘れられない出来事ですね。
乗ることもできた。
立ち上がると私よりも大きかった。
振り回されて、真冬の薄氷が張った川に落とされた。
長兄が庭に針金を20メートルほど張って走らせていた。
道路際まで猛ダッシュして、通り掛かりの人がびっくりするので途中で止まるように鉄棒(多分太めの鉄筋)を立てた。
それに腿を引っかけた。
激痛だったろう。
外傷性ショックだろうか、朝まで付き添っていたが熱を出してその朝に死んだ。
私は3日間、学校にも行かず泣いた。
鉄筋の上を輪にしてくれたら……と長兄をなじった。
遺体を埋めて丸い石を置いて墓にした。
その後、3頭を飼ったが、いまいち熱心になれなかった。
定年後に秋田犬を飼いたくて北海道駒ヶ岳の中腹に安い土地を買い求めて自宅を建てた。
それから10年経ったがまだ飼っていない。
小学生の頃のトラウマ?
そうではなく、ベランダに毎日エゾリスがやって来るし、キタキツネの散歩コースにはなるし、カラ類、キツツキ類その他いろんな小鳥たちがやって来るので、未だに犬が飼えない。
せっかく手つかずの林50坪をドッグラン用に残してあるのに!!
ミミちゃんが、足の裏に血がにじんでも必死にバイクの後ろについてくる姿が目に浮かびました。
ご家族に会いたかったのでしょうね。
可愛いものですね。
お父様も、人情がある方でよかった。
犬は大切な家族の一員です。
愛犬家にはそれぞれ思い出があるのでしょう。
犬にとっても、家族の思い出を胸に抱いているようなきがします。
素敵な記事に胸を熱くして拝読しました。
ありがとう。
愛犬が自分を見る目も好きです。
何かを言いたげにしているのか、犬が言葉をしゃべれたらもっといいのになあと思うことも。
それとも、しゃべれないから心が通うのかは分かりませんが、犬の気持ちがもう少し分かれば思います。
最初に飼った犬で、犬との絆を存分に知ってからは、犬が可愛くて仕方ありません。
犬を飼う事は、子供の成長にも大変有意義だと思ってゴールデンレトリバーを飼いましたが、15歳7ケ月で亡くなりました。
でも、育ち盛りの子供にとって、犬は、とても大きな影響力を持っていると痛感します。
親が子供を説き伏せるのも大事ですが、犬がいる生活は子供達にとって、かけがえのない時間を与えてくれるようです。
犬が死ぬと、もうこんな辛い思いはしたくないので犬は飼いたくないと思います。
しかし時間が経つと、どうしたことか犬がとても可愛く、それに癒されたいと思う自分がいます。
これまでに自分と一緒に生きた犬たちを想い、あいつらは、今頃どうしているかなあと空を見上げて瞼の裏に焼き付いた昔の情景がとても懐かしく思います。
人間と深くかかわりあいのある一番身近な動物ですので、これからも出来れば一緒に生きていたいと思います。
こんな事があってからは、犬がとても好きになっただけでなく、両親や妹も大好きになりました。
今では父が亡くなり、妹は海外で生活して、皆、離れ離れになっていますが、こんな思い出を大事にして生きています。
私も小さい頃に犬を飼っていたので、うなぎさんの気持ちが良く分かります。
犬はどんな事があっても飼い主のことを信じて愛情を示してくれます。
ほんとに天使のような存在だと思います。
こんな事があってからは、犬は友達みたいなものになってしまいました。
犬からじっと見られるととても愛おしく思います。
キャンピングカーに乗るようになったのも、元はと言えば犬がいたからですよ。