最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

最前線で活躍するお父さん、お母さんのためのBLOG
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●健康

2009-01-23 07:00:30 | Weblog


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●従兄弟(いとこ)

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昨夜、従兄弟(いとこ)と、電話で1時間ほど、話す。
このところいつも、健康談義になる。
その従兄弟は、人一倍、健康に気をつかっている。
話を聞くだけで、よい勉強になる。

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●健康

健康というのは、作るものではなく、守るもの。
しかも健康であるときには、健康の価値がわからない。
それを失ったとき、はじめて、その価値がわかる。

従兄弟は、機会を見つけては、体を鍛えている。
趣味は登山、水泳、競歩、自転車……。
まさに何でもござれのスーパーマン。
私と同じ歳だが、そのため今でも筋肉が隆々としている。

加えて健康診断は、欠かしたことがない。
脳ドックから、最近は前立腺がんの検査まで。
話の内容からして、毎月のように何らかの検査を受けているらしい。
親しい友人に、ドクターがいるという。
そのドクターから、いろいろアドバイスを受けている。

一方、私は、検査という検査が、嫌い。
嫌いというより、あきらめている。
もし(がん)と診断されたら、そのときは、そのとき。
「年貢の納めどき」と考えて、仕事もやめる。
やめなければならない。
闘病生活を繰り返すくらいなら、死んだほうがまし。
私はずっと、そういう考え方をしてきたし、これからもその考えは変わらない。

前立腺がんにしても、おとなしいがんだそうだ。
じょうずにつきあえば、10~15年は生きられるという。
そのころには、ちょうど寿命も尽きる。

ただしそれには、条件がある。

ぐうたらな生活をしていて、「そのときは、そのとき」は、ない。
常に健康に気をつかう。
努力する。
やれることは、何でもやる。

私も、やれることは、何でもやっている。
寒い夜でも、サイクリングを欠かしたことがない。
つまりそれでも病気になるとしたら、あきらめるしかない。
あきらめもつく。
つまり日ごろから、そういう状態にしておく。

●不況

ついでに、不況の話になった。
が、この不況下でも、10万~20万円の自転車に乗っている人がいるという。
「ぼくのは、2万円だ」と言うと、笑っていた。

私「ぼくはどんな自転車でも、乗りこなすことができるよ」
従「ぼくは、今、7万円の自転車に乗っている。いい自転車は、足腰がしっかりと
している」
私「ぼくは、それは感じない」
従「ベンツにしても、BMWにしても、高速を走ってみるとわかる。スーッと、
アクセルが地面になじんでいくのがわかる」
私「そういうものかなあ」
従「そういうものだよ。自転車もそうだ」と。

ところで従兄弟の友人たちも、今度の株価の暴落で、大損をしたらしい。
「も」というのは、私も損をしたし、従兄弟も損をしたということ。
損をしなかった人は、いないのではないか。
理由がある。

銀行へ現金を預けておいても、すずめの涙ほどの利息しかつかない。
そこである程度の小銭をもっている人は、証券会社へ走った。
利息もよい。
世界には、5~10%もの利息をつけてくれる国がある。……あった。
為替でも稼げる。
1ドル110円のとき買って、120円になったとき売れば、プラス約9%の
利息、ということになる。

が、今度のサブプライム・ショック、それにリーマンブラザーズ・ショック。
打つ手もなかった。
「まさか」「まさか」と思っているうちに、世界の株価は、どんどんとさがっていった。
あまりにも急激だった。
ほとんどの人は、売る機会を失ってしまった。
結果、資産を3~4割失った人は、いくらでもいる。
平均して、5割?
中には、資産を、10分の1にしてしまった人もいる。

その影響が出てくるのは、これから。
倒産、失業、自己破産などなど。
犯罪もふえるだろう。
それを想像するだけで、そら恐ろしくなる。

2009年は、はたしてどんな年になることやら?
従兄弟も、それを心配していた。

●浜松の外国人

浜松市には、ブラジル人を中心に、約3万人の外国人が住んでいる。
仕事をしている。
そういう人たちが、今回の大不況で仕事をなくし、寮などを追い出されている。
……と書くと、「たいへんだな」と思う。
またこう書くからとって、みながみな、そうであると言っているのではない。
たしかに職を失い、寮などを追い出される人もいる。
しかしここ数年、そういう外国人たちの存在感が大きくなったのは、事実。

10年前には、まだ車をもっている人は少なかった。
しかし今は、みな、大型の車を運転し、猛スピードで道路を走ったりしている。
交通法規がちがうのか、日本の交通ルールを守らない。
そういった人たちの(たまり場)のようなところがあって、夜中まで騒ぐ。
アパートによっては、外国人に占拠されてしまったところもある。

で、これはあくまでも私の印象だが、彼らは日本へ来て、日本で働きながら、
少しばかり、日本に同化しようという努力が足りないのではないか?
外国人は、外国人どうしが集まってしまい、日本人の社会に入ってこない。
もちろん言葉も覚えない。
習慣も覚えない。
もちろん町内の自治活動などには、参加しない。
本当はそうではないのかもしれないが、私には、そう見える。

たとえばどこの小学校へ言っても、校長たちは、異口同音にこう言う。
「彼らはある日突然、子どもをつれてきて、『この子に日本語を教えてくれ』という。
そこでボランティアの人たちの力を借りて、特別レッスンをほどこす。
しかしまたある日突然、学校をやめていく。
家に連絡しても、まわりの人たちが、『今度、新潟に引越しました』と言うだけ。
現状では、外国人を教えるためのカリキュラムも、予算もない。
学校教育自体が、危機的状況にあります」と。

そういう人たちが、「職を失った」「寮を追い出された」「だから何とかしろ」と
言っても、どうもピンとこない。
同情心というのが、わいてこない。

これは外国の人にとっても不幸なことだが、私たち日本人にとっても、不幸なことである。

彼らも、この日本で生きていかねばならない。
日本は、彼らの労働力を必要としている。
私たちは、たがいに、仲よくしたほうがよい。

そんなわけで、一言。
日本へ来るなら来るで、それなりの覚悟と準備をしてきてほしい。
あるいは日本の社会に、もう少し敬意を表してほしい。

そうそうついでに一言。
いろいろな人に話しかけてみたが、英語を話せる人は、ほとんどいない。
これもひとつの問題点ではないか。

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