美容室グレープス (飯田市) 店長&スタッフ・ブログ

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訪問美容スキルアップ⑩美容室のカルテ・・・・Ⅵ 撮影旅行 「清内路」その2

2016年06月11日 | 旅行

Presented by  グレープス.com  and スズキ美容室.com (長野県飯田市)

 

  「神様のカルテ2」に登場する信州のフォトスポットを巡る「写真旅」。

その第三回目は、 前回に引き続き、清内路 紀行をお届けします。

 

◆◆来年の「お花見のスケジュール」計画の際に、お役に立てていただけるよう、実務情報も満載です◆◆

 

※ この撮影は、2016年4月23日の午後4時すぎ~6時ころにかけて行いました。

因みに、この地域の今年の桜の開花は、例年より1週間から10日早かったといわれています。

中央自動車道に「園原IC」というICがあります。 ※1

長野県の飯田ICと岐阜県の中津川ICの中間地点。

中央自動車道で最長の恵那山トンネルを岐阜県方面(名古屋方面)から進んで、

トンネルを抜け出たすぐにあるICです。

 

このICで中央道を降り、阿智村方面に下ってきた地点がこの写真のポジションです。

ここでぶつかる国道が256号線です。

前回のこのブログでヒューチャーした国道です。

このT字交差点を左折します。

(右に行けば、飯田市内に向かいます)

 

ここから、この国道の最高地点の清内路トンネルまで、

一本道で、山道を駆け上がると、

それが、「清内路」を縦断することになります。

 

では、スタートです。

国道256号線の阿智村(清内路も阿智村です)から、清内路峠をこえて、

南木曽町の妻籠までの区間はいま、「はなもも街道」と命名されています。

国道沿いのいたるところにハナモモが植えられています。

(以前は「桜街道」とも言われていたそうです。)

   ↓

◆清内路地区の入り口に立つ看板。

これを読むだけで、この村の「枝垂桜」のこと、「はなもも」のことがよくわかります。

 

こんな感じで、山深い国道沿いに、はなももと枝垂桜があらわれます。

山岳地帯をドライブするのに、こんな楽しい風景は、ちょっとないんじゃないでしょうか。

 

この地図で手前に記されているポジションから、木曽地方へ抜ける「清内路峠」までの国道256号線は、

かなり急な傾斜を登る山岳道路です。

が、交通の難所とまで言われた、昔の清内路峠のイメージはありません。

道路は、木曽の国道19号線に抜けるまで、きれいに整備されています。

(地図上の茶色のラインが国道256号線)

 

清内路地区の入り口で、私たちを出迎えてくれるのが、「一番清水」。

水質検査書。飲料として、適切であるという表示。

◆この水汲み場の水の硬度は13。 

飯田と同様、この南信州の山深い村でも、天然の水は、かなりの軟水。

一般に、伊那谷の南西部から岐阜県の恵那地域までが、超軟水地帯として有名です。

 

 ドライブ、ツーリングの一服には、最適な場所です。

 

この「一番清水」のある場所の地名は、「平瀬」。

この周辺には、駐車スペースがあります。

安心して自動車を降りて、この自然の恵みを満喫することができます。

 

そして、この日、満開のこの地点のハナモモ。

花を楽しむために、桃から品種改良されたというこのハナモモの花の色。

そのビビッドな色彩は、ビデオも写真もデジタルのこの時代の申し子とでも言えるのではないでしょうか。

実際、同時期に、飯田市周辺の桃農園で咲き誇っていた桃の花(これも素敵)よりも、さら色は濃く、鮮やかでした。

 

 

このあたりのハナモモの木は、源平咲き(1本の木に紅白の二色の花が咲く)。

樹木としての寿命は、桜よりも短めと言われるハナモモ。

このあたりのハナモモの樹は、見るからに若々しく、花の咲く勢いもたいへん旺盛。ってかんじです。

 

◆次は、清内路のお花見のメインスポット「黒船桜」です。

国道256号線を先に進みます。

清内路の郵便局を過ぎてすぐ、左手に下る細い道の先、阿知川の流れる谷間に黒船桜があります。

樹齢150年近い巨木。

墓地の中に悠然と立つ黒船桜。

 

「桜の花」に対して抱くイメージは、人それぞれです。

桜の花に、「はかなさ」とか、「別れ」、とか、「死」のイメージを連想する方も多くいらっしゃいます。

 

文学の世界では、なんといっても

「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている」 で始まる

梶井基次郎 「桜の樹の下には」 が、有名です。し、

現代では、

中島みゆき さんが 「紫の桜」のなかで、

「♫ 忘れてしまえるものは忘れてしまえ。

忘れきれないものばかり、桜の下へ横たわれ。

抱きしめて、眠らせて 彼岸へかえせ ・・・」  

なんて、ちょっと鳥肌ものの歌詞の世界を歌っています。 

 

「お墓と桜」 を文化、風俗の歴史という視点で観てみると、

平安~鎌倉時代に和歌の世界で、桜をヒューチャーして、

桜を日本を象徴する「特別な花」への道を開いたと言われる   ※1

西行法師。 この人に行きつくように思われます。

願はくは花の下にて春死なむ」  西行

この有名な歌が、お寺やお墓のまわりに桜の樹を植える風習の一つの契機となっているように思えます。

(実際、西行法師の墓地には、多くの桜の木が植樹されているそうです。)

枝垂れ桜とハナモモの競演写真を2枚。

黒船桜と、その後継者と言わんばかりの、ハナモモ。

 

◆桜の花は、いまでこそ、春のお花見の花として、堂々たる主役に間違いありませんが、

古くは、(中世以前)は、桃も桜も、梅の花も、春の花として、

それぞれ愛されていた文化の形跡がいろいろな形で残っています。

 

桃の花については

万葉集に、「春の苑、紅にほふ桃の花、下照る道に、出でたつおとめ」

なんていう、「少女の春の旅立ち」を歌った、現代でもそのメージが湧き上がってくるような、素敵な歌もあります。

また、 

平安時代の宮中では、「桃の節句」として、女の子のおまつりが祝われていたそうです。(江戸時代が起源の「ひな祭り」とは別もの)

※2

 

◆清内路の出発地点から、目的地の清内路峠の山頂までのちょうど中間地点あたりまで、山を登ってきました。

 このあたりには、集落があり、清南寺というお寺には、黒船桜と同時に称えられる古木の枝垂桜、「夫婦桜」があります。

樹齢200年とも言われる、まさに「歴史の目撃者」的な桜の樹です。

 

ここからさらに上へと車は進みます。

◆標高としては、頂上近くまで登りつめたこのあたりでは、ハナモモの開花はまだ先のようです。

 

国道256号線は、ここからさらに、山を登ってゆきます。

◆清内路の下の地域では、すでに散ってしまっている枝垂れ桜。

でも、ここではまだしつかりと花をつけていてくれました。

ここの地名は「松の木」。 なのにこの地点の目印の樹は、枝垂れ桜。

 

 

国道256号線 「松の木」にある史跡 「陣形場」は、木曽路へ抜ける「清内路トンネル」のすく手前。

もうすぐ、頂上です。

 

「松の木」の枝垂れ桜。

この樹も、「黒船桜」もしくは、「夫婦桜」の種から育った苗木の植樹によってここまで育ってきたものなのでしょう。

清内路の方々の長年の尽力の賜物です。

(清内路入口の看板 「清内路の桜について」 より)

 

◆さて、太陽も傾いてきたので、このあたりで今日は引き返すことにしました。

 

◆さいごに、清内路のおみやげなついて、少々。

険しい山岳地帯の村です。地元の生活に根ざした素朴な食べ物に注目です。

 

飯田市内でも、清内路の名物と言えば、「豆腐」! とその名を轟かすのは、

長田屋さんの豆腐です。

原料の大豆から、清内路産だそうです。

 

かつては、飯田の旧市街地でも、気軽に魚屋さんなどで購入できたこのお豆腐ですが…

いまでは、その取扱店が、飯田郵便局近くのお惣菜屋さんのみとなってしまいました。

清内路まで足を延ばした日には、ぜひ長田屋さんの本店で買ってきたい逸品です。

本店では、お豆腐のバリエーションも楽しめます。

 あなたは、湯豆腐派ですか、奴派ですか?

 

※1 園原IC 

  このICは、特殊な設計です。A. 名古屋・岐阜方面から走行してきた場合は、出られます。が、飯田方面から走行してきた場合は、出口はありません。 B. 名古屋・岐阜方面への入り口はありますが、飯田方面への入り口はありません。 ◆名古屋方面からの観光客対応専用の出入り口と考えられます。

※2 参考文献   「桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅 」(岩波新書)  佐藤 俊樹 著 より

※3 参考文献   「十二単のはなし―現代の皇室の装い 」  仙石 宗久 著 より



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