建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

晴天の霹靂

2009-02-10 14:02:11 | Weblog
…………………………(晴天の霹靂)…………

『建設現場の子守唄』『建設現場の風来坊』を読んでいただいた方々から、
「次はまだですか?」
と言われる度に「もうそろそろ……」と答えるのに心苦しさを覚え始めて、どのくらいの時間を費やしただろうか。
《風来坊》から5年以内にはシリーズ第三弾を書くつもりでいたが、《風来坊》が世間に出る頃、私に一大事件が巻き起こったのである。

 コトのおこりは…
「明日、チョット来てくれ・・・」
と森脇総務部長の軽い電話からは全く予期していなかった事態に入ってしまった。
次の現場の行き先が(長期出張なのか海外勤務も在り得るだろう)と一応覚悟をして、支店に出かけたら、雰囲気が全く違っていた。
「あっちで・・・」
と人差し指で通されたのは現場所長としては滅多に入れない重役専用の応接室である。
「えっ?何事?」
悪い予感が心臓というよりも胃袋からせり上がり、吐き気を感じさせて来た。
「まあ座れヤ……」
「(何を言い出すのか、言い出しにくい話なのだな……)」
と察しはつくが、ここは堂々と構えるしかない。
ゆっくり応接ソファに腰を沈める事にした。
しばし沈黙・・・。
「また、本を出したンだってね?……」
(風来坊はまだ出版していないのに、呼び出したワケではないでしょう……)
と目で返答した私。
重たい空気が押し迫り呼吸と心臓の音も聞こえた。

「早期退職者リストに、君が入っているから……」
「えっ!」
 確かにここ2ヵ月前から早期退職者を募っているのは社内報で知っていたものの、年齢が55歳以上とあったような気がしていたので、別段気にも留めていなかった。
「それは、もう決定事項ですか?」
「そうだ。年齢の高い人達が退職拒否しているから……年齢制限は撤廃してリストを作った」
作った人から見ればリストラは他人事であり、本人は含まれていない。
誰でもよいから本社から言われた人数を誰かがリストアップしたに違いない。
そのデータから森脇総務部長が個別に肩に手を置いて退職勧告しているが、誰もが、
(なぜ私が?他の人と比べて私が劣っているとでも言うの?絶対イヤだね!)
と茫然となった事であろう。

私は大学卒業して同業他社で2年働いてから鴻池組へ中途採用社員だけれども、2年後輩の正規採用職員の社内資格よりも必ずランクが下であり、給与とか賞与を比べても私の方が常に負けていて、所長に昇格するのもその後輩より1年遅かった。
今回のように何らかの条件を引き出して人事を操作するとしたら、私は途中入社だから、退職リストに載るのは案外早かった事は想像が付くし、その中でも早い順位で指名だったとも思えるのだった。

「私の成績で『退職リスト』に入ったのですか?」
「そうじゃない、君は本を書いたり、安全講演など出来るから、何をやっても食っていけるから、君の場合には悲壮感がないし・・・他の人に宣告する時はつらいけど・・・」
(誉められているのか、ナメてんのか)どっちにしても、
「もう決まっている事なのですね?」
「言い分があれば山下支店次長を呼ぶけど・・・」
「呼んだら撤回出来るのですか?」
「・・・・・・」

思えば、森脇総務部長は私が広島支店で途中入社の面接試験の時には人事課長であり、私を採用して頂いたのが目の前の部長である。
その時には、
「途中入社者は所管(中国・四国)からは出られないけど」
と支店採用故のハンディがある事を認める条件を言われた。
全国規模の準大手企業にしては、こだわりがあるのだなと一応納得したものの、広島支店に3年間も在籍しない内に、
「名古屋支店に転勤だ」
と一方的に言われてしまった。
長期出張(1~2現場ほど建物を創って)から広島に戻るのではなくて(名古屋に飛んで行け~)と暗に言っている辞令を手渡されたのも、目の前の森脇部長でした。
「入る時も出る時も、部長とは何かと縁があるのですね?」
「ウーン・・・・。一応了解でいいのだね?・・・」
(さて次は誰だったかな?)の顔である。

もう、何も答えてもらう事もないし、これからの事を考えようとの気力も湧いて来ない。
このような事になるのなら、せめて《最後の現場》という意気込みを持って、とにかく建物を創ってみたかった……と唯一後悔が出てきた。
職人さん達、親方達にも別れの挨拶も出来ないで、すーっと消えて行くのか……。
これを抑える気持ちが苦しいよりも、つら過ぎる。

(福さんリストラされたンだって?)
とか(辞めたンだってね?)とか、ふるいに掛かったとか掛からなかったと、現場の片隅で話題になるのが気に食わない。
「俺の最後の現場だからビシッと創れよ」
と威勢の良いところを発揮して、皆と明るい別れを味わいたかったが、もうどうしようもない事態だ。
ふるいに載ってしまった事は紛れもないのだ。
でもね、
建設現場で(ふるいに掛ける)とどうなるのか私なりに言い分がある。
左官小屋でふるいにかけてスーッと落ちたのが綺麗な砂で、ふるいの中に残ったものは貝殻や小石や土であり、それはポイッと捨てられるのです。
私は残ったモノなのか落ちて行った砂なのか・・・。

とにかく、リストラ対象者に入っている以上、頑張って会社にしがみついたとしても、来年もまた勧告が来るだろうし、結局はポイッと・・・になるようである。
開き直った訳ではないが、勧告された瞬間に会社に対する思い入れが切れてしまった。
『どうしても会社に残りたい』と言わなかったのは、私のプライドだったと思う事にした。
応接室を出て先輩・後輩の顔を見ても眼を合わせてもらえず、ドジって退職ならば顔を上げられないだろが、今回はお互いの責任じゃないのに気まずさだけが跳ね返って来る。
(俺はあいつの身代わりかもなあ…)
視線を窓際に移すとクリスマスツリーが飾ってあった。

せめて明日のクリスマス以後に、この話を聞かせて欲しかったものだ。
(女房に言うのは明後日にしよう・・・)
一瞬、驚くだろうが何とかなろうよ…上を向いてりゃ何とかなるぞ……と。

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1 コメント

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建設業だけではありません (こころ-たん)
2009-02-13 18:55:52
今まで、会社という共同体の中にあり、あなたの仕事にたいする情熱、業績は、確かに形としてあったのです。その誇りを忘れないでください。
 
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