建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

2月 地鎮祭

2022-04-24 10:01:07 | 建設現場 安全

     二月二十四日(金) 晴れ

  呼出しを受けての支店出勤だ。会う人それぞれが、

「所長、次は何処なの?」と訊(き)いて来る。

「一応Kビルへ行くみたいだけれど、何か情報はないの?」
(やはり昨日の通りなんだろうなア……)

簡単にいとも簡単に私の一生(大げさに言うと)次の予定が決められてしまった。
一言の意見も聞いてもらえるワケでなく、事前に情報が流れて来たのでもなく、全くの
一方通行の会社の決まりである。

 正式に辞令によりという重みのある紙(忘れてしまった辞令の用紙)などはしばらくの間、
見た事もないなあ・・・。

次の現場へ着任してしばらくたって事務書類が一段落ついた頃、皆の辞令と一纏になって
人事課より郵送されて来て

「捺印して返送せよ」
と『親展』扱いにもなっていない《重要書類》が届く。

 その頃には現場仕事に忙殺されていて「何だこれは!?」位しか考えられなくなっている。

(人の気持ちを少しは考えろ)
と冷静な時期なら反発もしようが、人事課と書いて
『ヒトゴトカ』
と読むんだと諦めてしまえ、そんな事より明日の段取りに窮しているンだ。

何はともあれ次の現場がもう来た事の事実は変えられない。しかし二十八日が起工式とな
ると式典準備、テント設立、神主、手土産、・・・・準備があわただしいものだ。

式典の場所、工事場所と建物の位置の確認、設計事務所さんはどこ?営業関係は?出席人
数は?テーブル椅子の数、なおらいの準備は・・・。

建物竣工以来、頭がノーンビリと回転(全く止まっていたかも知れない)していたのが
一気に噴火してしまった。

とにかく今日は支店で各課への挨拶が済次第に建設予定地へ視察に出向こう――これしか
ない――見た上で手順を考えよう・・・

そう思いながら支店の中で色々と雑用を片付けていたら、昨日のO建設のYさんから電話が
入った。

「所長、次が決まりましたか?良かったねえ、現場は何処ですか?また一緒に仕事をお願いし
ますね、よろしく・・・・」

「そうだね…」と言いながら

「起工式用の『整地』と『砂敷き』がある筈だから、明日朝一番で重機類の手配を付けておい
てよ、詳しくは今夜電話するので―――」と約束しておいた。

 その他にも、早々と私の《現場決定情報》を耳にした世話役から五~六本電話があった。

結局支店を出たのは三時四十五分だった。頭の中はかなり混乱している。
たそがれ時の迫る危険時間帯に脇見運転こそしなくても、次の現場の事のみを考え、ただ目
を開いて運転しているに過ぎない私は、さらに渋滞を招く運転をしていたに違いありません。

ともあれ、Kビル建設予定地に着いた。

『狭い!』

これが第一印象だった。敷地全体を有効活用しなければ、市内での貸しビルの採算(面積に
対する家賃の収益)は保たれない。

「市街地だから当然だ」
と割り切ろう。

そして起工式用の平坦地を検討するが、前回のマンションの時は釣堀の底であった事から思
えば、乗用車が入り込めるスペースがあるだけでも立派だ。

表面の雑草は刈り取る事にして、起工式当日に雨が降っても来賓の方の革靴が泥んこになる
事の無い様に「砕石(砂利)」も少し敷いておこう。

 ゆっくり動き始めた今朝だったが、夕刻前からはバタバタとプレッシャーの掛かって来た一日
となってしまった。


     二月二十八日(火) 晴れ

起工式となった。『地鎮祭』とも言う。

工事を始める儀式として工事関係者の主催で日柄を選んでオーナー、設計事務所、近隣代表、
地主、オーナーの近親者、財界、政界………と幅を拡げるとたくさん集まって来るが、今回は
個人のビルなのでオーナー関係6名、工事関係者は8名の簡素な式となった。

我々はこの式を幾度となく経験して多少馴れ合いの感じが無きにしも非(あら)ずだが、
オーナーに取ってはかりそめの儀式(稲を刈り取る)は華やかにも強烈にインパクトの有る
シーンだと思う。

一斉にフラッシュはたかれ、第一歩が始まったかという気合が我々にも伝わって来る。
オーナーの上機嫌なのも伝わり、周囲に一瞬「和」と言うホッとしたような空気が盛り上がる。

これが形式的な時とか、盛り上がりが感じられずに何となく終了すると、その現場の和、コミ
ュニケーション、チームワークも盛り上がらず、ただ何となく創(つく)って、ただ何となく
出来たモノとしか残らない様な気がしてならないのは私の「思い過ごし」だろうか。

では式の内容を簡単に記しておこう。

 式次第
   一、修  祓(しゅばつ)  
   一、降  神(こうしん)                                                               
   一、献  饌(けんせん)
   一、祝 詞 奏 上(のりとそうじょう)
   一、清  祓(きよめばらい)
   一、地鎮行事
      ・苅 初の儀 (鎌かま)
      ・穿 初の儀 (鍬くわ)
      ・穿 初の儀 (鋤すき)
   一、玉 串 奏 奠
   一、撒   饌(さんせん)

   一、昇  神

   一、神 酒 拝 戴(おみきはいたい)

となる。
世間で良く起工式に発表される写真はオーナーの行われる時で《苅初(かりそめ)の儀》と
言い、正面左側に小さな砂山を築き、その上にある草を鎌(斎鎌=いみかま)で草を刈り取る
仕草だ。

 次が設計関係者と工事関係者の代表で《穿初(うがちぞめ)の儀》と言い、鍬(斎鍬=いみくわ)
(すき)でその砂山を「ヨイショ!ヨイショ!」と声を出して(土俵入りのシコの掛
声の如く)
小山に手を打ち込む儀式がある。

神主さんの厳粛な威厳に対し《建物を創るんだ》という意気込みが新たに決意となって燃え
て来るモノを感じさせてくれる。

とにかく第一歩が今始まったのだ。サイは投げられたのだ。
私が関与していなかっただけで、随分昔から計画していたのが実質着工の運びとなったのだ
から、関係者としてもホッとし、これからは、
「現場の人達に宜しく頼むよ」
という引継ぎの場にもなって挨拶、名刺交換等により計画から実行段階へとやっと始まった
と言える。

「起工式の直後で恐縮ですが・・・・二~三箇所確認事項をさせて下さい―――」

「(別に今でなくても・・・)担当のN君と打ち合わせてくれればいいよ。建物位置を正確に
決めなければ、隣家の『日照問題』に引っ掛かる所が出て来るので良く打ち合わせをする事」
 とA設計事務所のA所長に言われてしまった。

「ハイッ。Nさんと打ち合わせさせて頂きます・・・」
 起工式早々からA所長とは打ち溶けるのに時間がかかる様な気が、なんとなく感じられてし
まった。

(このペースではダメだ、何とかして私のペースを出さねば後れを取ってしまうではないか)

『飛び込め、相手の懐に!』だ。
明日は設計事務所へ《御機嫌伺い》に出向きましょう。

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二月・着工の前に(1)

2022-04-03 09:25:00 | 建設現場 安全

(着工の前に)1

       二月二十二日(水) 晴れ
 
 十ヵ月以上も使って来た現場事務所(プレハブ組立2F)の解体を見つめながら感傷にフ
ケっている。
1年前所長として初めて来た時は桜が蕾(つぼみ)になり始めていた時だったなア。

「ここにマンションを建てるんだ」と配置図を拡げてみてガク然としたものだった。 

何と半年前までは釣堀施設でそのままの跡地だった。
(水は堀底に多少溜まってるけれど地盤としては悪くない・・・。この堀を除去するにはユン
ボをどこから入れるのか、入れる前に堀を一つ埋めないと機械もダンプも入れない)

 とそんな事を考えていてやがて桜が開花し、そして散り始めた頃この現場事務所を建てた
のに、もう十ヵ月以上も過ぎてしまったのか。

本当にあっという間のこの一年はバタバタと地に足のつかない一年を送ったものだ。
隣を見渡せば一月末日に竣工引渡しを行い、すでに入居も始まっているマンションが建っ
ている。

「私の役目は終わったよ」
と現場事務所は上手に解体されて行く。

出入口のサッシよ、よく手入れしてもらって次回は蹴飛ばされない様に頼むよ・・・。
アレッ?こんな所に穴なんて開けてたかナ?そうか台所の排水の穴を間違えて開けた時の
穴がそのまま出て来たのだ。流し台で隠れてたのだ。
窓ガラス君一枚ロッカーの裏で隠れてたのかね、隠れ名人め!!

何となく全ての物にいつくしむ心が出てくるけれど、屋根も無くなり壁も外れて形を崩し
ているのに、現場の最初の頃の記憶が鮮明に蘇ってくる私は溜め息一つ「あーあ」とついて
後は無言となってしまった。

『建物を引き渡すという事は娘を嫁に出すのと同じだ』
と聞かされているが、手をかけ、
汗水流し、悔し涙をこぼし、よくも頑張った物だという
自己満足度の度合いにより、感慨に
フケル量の違いがあるにせよ
『娘を嫁に出す』
とは上手い表現だと思う。

 十カ月も住み慣れた場所も明日で一先ずお別れだから、淋しくないと言えば嘘になる。

 この気持ちを癒すのは、次の現場を与えられて、又一から創り始める忙しさに振り回され
る頃迄、無理だろう。今の所、次なる現場は未定だ。


  二月二十三日(木) 晴れ  

 現場事務所跡地を駐車場にするのが最後の仕事となった。
八時四十五分頃O建設(舗装工)が乗り込んで来た。親方入れて六名だ。 

                                                                                   

「オハヨウ、所長やっと終わったねエ」
「お蔭さんでねエ、最後の仕事があンた達になったねえ・・・御苦労さん・・・」

「所長今度はどこへいくの?」
「まだ何も聞いてないヨ、多分市内だと思うけどね―――」
「通える所だったらイイね、又俺たち使ってヨ」

「OK、OK、ところでアスファルトは何時にくるの?」
「昼前に1車入り、順次夕方迄には完了させるよ」

水勾配の高さをチェックしたり道路との高さを測ったり、側溝の中を掃除したり、私が
黙っていても仕事は段取り良く進んでいく。

アスファルト舗装も順調に終わろうとする頃、隣のI金物店(緊急時仮連絡先)から、
「会社に電話するように伝言がありましたヨ」
と連絡が入った。

(サーテ来たか)とぐっと気を引き締めた。

この時期になっての会社との話は私の
『次の現場決定に付、帰社命令』が八割だ。

やはり自宅から通えるのが一番イイ。
この業界では単身赴任も大勢いるので贅沢は言えな
いが・・・。
現場毎に引っ越ししていたのでは2~3年間と同一箇所には暮らせない。

子供の学校、教育、家の事情も有るし、まア次が何処なのか会社へ連絡してみるより仕方
がない。

外国はないだろうし他の所管へ転勤もないだろうが、どんな所へも「ハイッ」と言わね
ば現場マンとしてのカッコ良さがダウンする。

 見栄か、意地か、あきらめかとにかく次の仕事がブラ下がっているのは事実だろう。
色々と自分勝手に且つ都合良く想像しつつ会社へ連絡した。 

「I課長お願いします」
「ああ君か、今度は市内のKビルへ行ってくれ、二十八日が『起工式』だから即準備をする
様に、また今度の現場もよろしく頼むヨ・・・明日の朝支店に打ち合わせに来て・・ 
「(何を一方的にと思いつつも)・・・ハイッ」


        二月二十四日(金) 晴れ

 呼出しを受けての支店出勤だ。会う人それぞれが、
「所長、次は何処なの?」と訊(き)いて来る。



 

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