建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

1階コンクリート打設日。

2023-02-14 09:05:46 | 建設現場

六月  八日(火) 晴れ/曇り  

 1階のコンクリート打設日だ。天気は晴れ後曇り。
この一週間の何と早かったこと、慌(あわ)ただしかった事だと振り返ってみている。
久し振りに現場に長く足を留められる。

 Kビルはコンクリート打設前の、そうね《王手飛車取り》位の段取り以後、どうなったかを
じっくりチェックする間もなく、今日の日を迎えてしまった。

 型枠が斜めになっていたら、そのまま斜めのコンクリート壁が出来るだけの事だけれど、窓枠
や配管用穴が間違って付けてあるとどうしよう・・・という不安もある。もう腹をくくって、
「打ってしまえ!」
と言ってはいるものの、私のハートはストップモーションだ。

 朝の7時には土工が型枠に撒水(さんすい)を始めている。
型枠面にイヤダと言うくらい水を含ませておくと、濡れた型枠に生コンの水分が吸い取られな
くて、キレイな表面のコンクリートが出来る。

 だから私は撒水本来の目的は《表面重視の為の水洗い》だと土工にはウルサク言う。
生コンは水平に打つ事(プールに水道から水を入れる状態)を原則としているが、鉄筋という
邪魔物がある。
バイブレーターで振動を与えるか型枠を叩いて生コンを水平にさせるかだ。
気を抜いていると生コンは《おむすび》の如く山になるので、土工も気合を入れねばならない。

8時から打設開始だ。
朝礼もラジオ体操も10分前には行って生コン車を待つだけになった。
「所長は雨男だから心配したヨ、晴れてよかったネ
と伊藤組の高田さん(土工の世話役)がわざわざカッパを着て、雨降りのスタイルで来た。

「俺は運だけの人間だから、大丈夫だ、降りはしない」
曇って来たが雨の心配はなく、1階のコンクリート打ちが始まった。

バイブレーターがビービー音を出す。
土工が型枠を木のハンマーでドンドンドンと小刻みに叩く音が、いかにもコンクリート打ちだ
という気分を盛り上げてくれるものだ。

「ここだぞー」
と言う声を聞いてドンドンドンと小刻みに叩(たた)いていると、コンクリートが入って来ると
音が変わる。
変わりかけた所を集中して叩く、一日中叩くのはまるでキツツキみたいだが、この壁、柱は叩き
かたの能力によってコンクリートの仕上がり表面が随分違う。

バイブレーターに頼ってスラブの上からだけだと、型枠内へ入っているのか、詰まって下へ
流れないのか分からない。
昔のように『竹』で上から突くのが良いコンクリート打ちなのだが、今の時代は電動となった。

                                   
コンクリートの汁がポタポタと型枠の隙間から落ちて来る。
体が濡れて乾くとセメント分が作業服に白く現れて来る。(だから合羽(かっぱ)を着るのだ…)
建築現場を嫌う項目の一つのK『汚い』がここに有る。

 躯体工事として節目としてのコンクリート打設工事だから、各階へ打ち上がって行くとき、
昔はお祭り騒ぎにも似た『華やかさ』があったけれど、今は打設そのものを最重要視する感覚
は無い。

 ポンプ車圧送、生コン購入となってからは『現場練り』の必要がなくなったのは最も進ん
だ工法の一つだが、これからの時代、今の体力勝負の重労働状態が続くと若者はこの業界に
入らなくなる気持も理解出来る。
が、今日は打設中だから余分な考えは持たない事にした。

 10時現在打設数45㎥だ。
ペースとしては順調だ。階高の半分迄はほぼ水平に打ち込んだ。

スラブ(2階の床になるところ)を均(なら)す左官工も到着した。
彼達は昨夜も残業でコンクリート直押さえをやって来たと言う。
まだ今日はスラブを押さえる迄時間があるので車の中で休んでいる様、指示した。

しかし、左官工も現場内へ入ったら職人魂が丸出しとなって、コンクリート打ちを手伝って
いる。
バイブレーターのコードを鉄筋の引っ掛かりから解いたり、足代上の通行の邪魔になるもの
を片付けたり、何かとこまめに働いていた。

11時にはもう2階スラブ(2階から見た床)の上にコンクリートが上がって来た。
土工は壁の叩きが終了し、『目鼻が付いた』という気持ちだろう。

1階内でコボレているコンクリートや流れ出たノロ(モルタルの水分の多い不良品)をバケツ
で処分したり、高速洗浄機で洗っている。
所々打設中に抜け落ちた『さし筋』を拾っては差し込んでいる気のきいた土工もいた。

 左官工はコンクリート直押さえだから、レベルを足代上にセットして高低差を3㍉以内に仕
上がる様に監視をしている。
何分にも固まる迄本当の水平精度は測れない。

押さえて仕上がって行く段階で、コテの力によっても表面の厚さ3㍉程度は誤差が有るものだ。
2時頃になって残り1台分の5㎥以内で終わる所迄になった。
 スラブ上で皆がザッと見渡してみて追加が4㎥だの4.5㎥だの5㎥あれば余るだのドン
ブリ勘定が始まる。

それより1台前の生コン車が打ち終わる迄にラストの車は何㎥必要かが計算のしどころ、
監督の腕のみせ所だから、素早く計算して、工場へ連絡する。
余分に購入してもいいが1㎥1万円以上もするのだから0.5㎥単位で発注し、余ったコンクリート
分はムダ金支払いになってしまう。
打設事に毎回0.2~0.3㎥は生コン車に残り処分するのだから生コン予算からオーバーするのも
致し方無いが、積算通りに数量は収まらない。

 最終の生コン車が到着する間、左官工は押さえ仕事をしているにしても、土工は片付けも
出来ず、(下階はもう片付いているし)酒もまだ飲めないし、疲れを癒(いや)すのにただ座
って待っている・・・。

この無駄な時間は雑談には都合がいいけれど、手待ち時間を金額換算すると……。

 やっと落ち着いた気分となったのは5時を廻ってビールを飲んだ時だった。
 左官工は直押さえが一通り終ったけれど、夜10時に再来してもう一度頭を張る(表面の押さ
えを仕上げる)事を約束して、ひとまず帰って行った。

 照明設備の水銀灯と投光器をセットし、我々も事務所で『御苦労さん』の乾杯だ。
早出して深夜迄、長い時間働いた気持ちよりも、1階を打設完了した充実感で一杯である。

《建築屋》としての気持ちのいい一日であった。

 

 

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