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白鳥のブログ - 日々の世界を徒然と

野﨑まど 『バビロン 3 ―終―』 感想

2019-11-28 00:57:55 | バビロン
予想通り、手を出してしまった。。。
で、読み始めたらあっという間。
相変わらずリーダビリティは高い作品なのだが。

だがね・・・

・・・というわけで、出版からすでに2年経っているから、ネタバレとか気にする必要はないのだろうけど、でも、バビロン第7話でお預けを食らったせいで、同じように第3巻に向かう人もいるだろうから、一応、スペース、空けときます。













































で、
結局、読んじゃいました。
そして改めて痛感しました。
やっぱり、野﨑まどは鬼門だなぁ、合わないなぁと。

なんだろうなぁ、読者をも弄んで悦にいってるのが透けてみえるというか。
これで面白いという人たちは、ただのマゾなんじゃないの?と思わずにはいられない。
そして、そうしてこちらが憤る感じすら、えーい、ざまー見ろ、狙い通りだぜ―、とか言ってそうで・・・
心底ムカつく。

人の感情を弄ぶのが実にうまい。
もちろん、それは作家としては褒められるべきものだけど。

でもねー。
やっぱ、気持ち悪い作家だわぁ。
好きか嫌いかと問われれば、大嫌い!

『know』の時は、単に物語の結末のつけ方に、なに、そんな手を使うの? キモチワル!、って思っただけだったのだけど、今回は、なんていうか、単に展開の残念さに不愉快になるだけでなく、というよりも「それ以上」に、書き手の底意地の悪さを感じないではいられなかった。

作品ではなく作者自身に嫌悪を抱かせる、というのも書き手としては一つの才能なのだけどね。

でもね、ほんとにね、この人、性格が悪すぎる。
「曲世愛」とは「野﨑まど」の別名である、といいたいくらい。

だって、言葉だけで、人をこれ以上ないというところまで不快にさせるのだから、やってることは曲世と野﨑とで、全然変わらない。

いや、だから、きっと『know』のときも不愉快な気分になったんだろうなぁ。


実のところ、第3巻を読むとわかるのは、この展開なら、むしろ、1ヵ月くらい空けての放送の方が確かに適切なこと。

だって、あまりに物語の舞台が変わりすぎるから。

なにしろ、舞台は、ワシントンDCだからね、ホワイトハウスだからね。
主人公は、アメリカ大統領になるからね。
少なくとも最後の50ページまでは。

だって、その大統領であるアレックスも、曲世の魔の手、というか「魔の言葉」にかかって、最後で自殺と遂げてしまうから。

そして、もしかしたら、残り4話、全部一気に放送/配信するのかもしれない。
でも、第3巻の内容を思うと、その方が適切だな。
なにしろ、後半はずっと世界の首脳が一室にこもってずっと「善悪とはなにか」という哲学談義にふけるのだから。
そんな内容を、4話に分断されて放送したところで、絶対、物語の勢いを削ぐだけのことなので。

で、物語そのものに触れると、
すでに書いたように、舞台はアメリカ、主人公はアメリカ大統領。

じゃあ、正崎はどうなったかというと、その大統領の権限で、FBIの捜査官になる。

そうして、銃の携帯を許されるものの、しかし、その銃で曲世愛の殺害は許されず、必ず君の家族のもとへ帰れと、大統領から命令される。

このあたり、物語世界の構造的には、アメリカのトップに叱咤激励されないと、「自殺法」という日本発のトラブルも、日本人自らの才覚では解決できないものと一瞬、思わされる。

その上、アメリカトップの大統領の頭にあるのは、キリスト教の神と愛の話であるのだから。
そして、そこから、本作タイトルの「バビロン」が、黙示録に現れる「大淫婦バビロン」であることも示される。

つまり、曲世愛こそが、7つの王を従えて世界を滅ぼす「大淫婦バビロン」ということ。
だから、タイトルの「バビロン」とは「曲世愛」その人のことだった。

終わってみれば、このタイトルの理由を明かすために、深いキリスト教の説明が必要で、そのためには、日本人ではない、思索家の西洋人インテリを舞台に登らせる必要があった。
そうして、この物語の外枠は、西洋における「神」「死」「自由」という観念なくしては設定できなかったことが、今更ながら示されることになる。

その役割を担わされたのが、他でもないアレックス大統領だった。

アレックスが、正崎に、曲世を殺すな、家族のもとへ必ず帰ってこい、というのも、こうしたキリスト教的善意のもとでのものだった。

実際、このあたりはいい話だったのだけど、でも、最後にあっさり、そんな西洋的な「人間的な」対応では、曲世の「極悪」は崩せないことが明らかにされてしまう。

大統領のアレックス、そのギークな感じがちょっと新鮮だっただけに、その真実に肉薄できる「知性」は、曲世にとっての邪魔になり、結局は自殺に追い込まれてしまうという顛末。

アレックスに愛着が湧いてきたところで消されてしまうのはやはり衝撃は大きい。

それにしても、どうして誰もアメリカの現場に、曲世がすでに潜入していると思わなかったのだろう? 
読む側としては、ずっと、その可能性を気にしていたのに。

あとは、自殺を巡るイデオロギー闘争だから仕方ないのだろうけど、G7サミットがニューヨークで開催されるのだけど、その様子が、まんま『沈黙の艦隊』の中の国連安全保障理事会みたいで笑った。
日本発でとんでもない新種のイデオロギーが提案され、その抑止にアメリカが登場するところが。

しかも、各国首脳に与えられたキャラまでそっくり。
斜に構えて皮肉ばかり口にするフランス大統領
権力者に伴うノブレス・オブリージュを説くイギリスの女性首相とかね。

このあたりは、そもそも、日本でなにか世界をひっくり返すような突飛なアイデアを出すと、その突飛さに先進諸国がこぞって反対に当たる、という定番のプロットでもあるのだろうか。
それとも、そうしたプロットは、日本の書き手の中に潜む欧米先進国に対する一種のコンプレックスとして根付いているのだろうか。

それにしても、放送されたバビロン第7話の感想でちょっと書いてはいたけれど、まさか、本当にあの絶望的な結末の続きが、アメリカから始まるとは思わなかったよw
さすがに、諸外国が「新域」に介入する、というところまでは行かなかったけれど。

代わりに、生きるとは続くこと、死ぬとは終わることと、アレックスによって喝破されたわけだけど。
そして、それは、ユダヤ・キリスト教に根ざす「原罪」に通じるものだった。
蛇の誘惑で知恵の実を食べてしまったばかりに、アダムとイブは楽園を追放され、死を迎えることになった。
そこから「知ってしまう」ことが、原罪を介して、死をもたらすことになる。
アレックスはその展開を見事になぞらされてしまった。
曲世愛によって。

とはいえ、それがゆえに、副題が「終」となるとはね。
それもまたとんでもないミスリーディング。
だって『バビロン』は終わらずに続くから。
だまされた。
というよりは、やっぱりコケにされた、というのが実感かな。

もっとも、いっそのこと、これで終わりにしても実はそれほど問題もないような気がする。

だって、曲世は「大淫婦バビロン」なんだよ。
とても勝ち目があるとは思えないから。

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