パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

羨ましい人(スコアを見て音が聞こえる人)

2022年09月21日 09時19分59秒 | 音楽

「ないものねだり」をしてしまう
いい車とか高いお酒とかブランド品の服とか(海外旅行は少し羨ましく思うが)
そうしたものには、あまり振り回されることはなく
それなりの機能さえ果たしていれば、特に渇望感を感じることはない

ところが、本当に羨ましく思うのが以前にもここでアップしたが
宇宙の始まりとかビッグバンを数式で理解できるひとだ
計算式から宇宙の始まりは、0.00何秒のインフレーションからとか
星の寿命を計算できたりする人は、素人には魔術師のようにさえ見える

彼らは、まだ確定しない問題に対し各自が想像力を駆使してあれこれ
仮定を生み出すのだろうが、それは苦しくてたまらないのと同時に
面白くてたまらない行為なのだろうと思う
その面白さを感じることのできる人を、本当に嫉妬を覚えるほど羨ましい

もう一つ、羨ましい能力をもった人々がいる
それは音楽のフルスコアを観て、頭の中にその音が鳴り響く能力を持った人だ
多くの人がするように、自分も交響曲のフルスコアを購入して
レコードを聴きながら眺めたことがある
耳で聞く音楽と、目で見る音楽は少しばかり印象が違う
耳だけで聴くと、何回も聴くうちにフレーズは主題の変形されたもの
と気づくことがあるが、それを楽譜の記述と照らし合わせると
楽譜にされたものはものすごく知的な理性的な行為と思えてしまう

音楽は感情に響くものも一面はあるが
指揮者という人々は知的な行為としての作曲を眺めて、その曲の秘密を知ろうとする

意外と眺めやすい(音にしやすい)スコアもある
第一ヴァイオリンのパートを見ていれば大外れすることなく音楽を追っていける音楽で
モーツァルトだとかブラームスは、少し慣れると音楽がなっていなくても
スコアを見て頭の中で思い出すことができる

ところが、案外難しいのがベートーヴェンとブルックナーで
肝心なパートが第一ヴァイオリン主体ばかりでないので(金管とか)
今なっている音はどこかな?と探さねばならない

大好きなブルックナーの交響曲8番
この曲のスコアを見ると、作品が時間をかけて作曲された大仕事だったことがわかる
モーツァルトの直感に満ちた無駄のない作曲行為としてのスコアもすごいと思うが
ブルックナーの考えに考え抜いた音楽も、楽譜を見てすごいと思う

写真の楽譜のチェロのフレーズが、この楽章の需要な主題で
管楽器でもチェロのときとは違ったイメージで再現される
この旋律は、年齢を重ねるに従って心に染み入ってくる
それは何かを考えたり思い出したりで、感情の発露としての音楽とは違う
(だが臨時記号も多く難しい旋律に見える)

この旋律の変形が作曲技術の見せ所なのだろうが
残念ながらそれを味わう能力は自分にはない
それが残念に思う



上の楽譜の写真は、この曲の最後の部分
一楽章、二楽章、三楽章と四楽章の主要テーマが、同時に鳴っていると説明される
壮大なフィナーレの部分だ
耳では二楽章の旋律とか一楽章のモチーフなどはわかるが
楽譜としてどのように書かれていて、それがどのように耳に聞こえるように
鳴っていいるかは悔しいがわからない

この楽譜を読み込んで、作曲の秘密とか凄さを感じることのできる人
音が鳴っていなくても、楽譜を見れば頭の中で音がする人
本当にそういう人が羨ましい


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