古い友人であるブライアン・バンディが、昨日、死去した。
娘のサンディから電話をもらったとき、思わず、涙がとまらなくなった。
今から、35年も前の話だ。
英国南端のサウサンプトンという港町にいた時に、週末になると家に呼んでくれた。
夕食後に、スコッチウィスキーを片手に、チェスをしながら雑談をする。
ハンプシャーの片田舎で、ゆっくりとした時間が流れていた。
この時に教わったことが、いまでも私の心の中に生きている。
彼が50歳、私が30歳の時の話だ。
「私にとって一番大切なのが家族で、その次が仕事だ」
彼はいつもそう言って笑った。
5人の子供達と愛妻のマーガレットと暮らす彼は、愛車であるワインレッド色のジャガーに乗る、ダンディなおじさんだった。
私は、そんなブライアンと妙に気が合った。
「なぜ、日本人である私にそんなに親切にしてくれるのだ」
と尋ねたとき、
「自分のような年代の人間が、君のような年代の若者に経験を語り継ぐということはとても大切なことなのだよ」
と答えてくれた。
そこに国籍の違いはなかった。
今、私はブライアンの教えに従って、できるだけ若い人を大事にしている。
失敗してもやり直せば良い。
そうやって、人間はゆっくりと成長するのだ。
その後、ブライアンは脳梗塞に倒れながらもリハビリをして普通の生活に復帰し、80歳を超える年まで頑張ってきた。
やっと楽になったのだろう。
週末から2、3日かけて弔問に行く予定だ。
生きるということ、死ぬということ、それぞれに人生の手本を示してくれた、私にとってとても大切な、そして古い友人との別れだ。
私の部屋には、彼からもらったチェスの駒とチェスボードがまだ飾ってある。
そこに彼と私の、心の約束がある。