La déci-sion rapide manques.
貴様は果断に欠くる
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このフランス語は、浅田次郎の「赤猫異聞」の中に出てくる。
明治の時代に、フランスの士官学校へ留学した徳川の残党、岩瀬七之丞が教官からこう言って叱られる。
岩瀬は思う。
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積極にして果断、迅速にして果断。
軍人の心得であります。
時には拙速を尊ぶのであります。
そんなことは百も承知ですから、まさか腕を組み首をかしげて考え込みはしません。
しかし教官に言わせれば、「決心した後も物を考えている」らしいのです。
長いこと外敵と戦争をしたことのない日本人は、それくらい呑気にみえたのでありましょう。
外国との戦争は300年近くも前の朝鮮出兵、その前はまた300年さかのぼって蒙古襲来、ヨーロッパにはそんな平和な時代など、あるはずもなかったのです。
だからフランス人の教官の目には、日本人の将校がみな果断に欠くると映った。
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こうして、岩瀬は、おのれの本性は、やはり果断に欠くるのではないかと疑うのです。
考えてみるに、私もまた、果断に欠けている気がします。
決断しても、本当にこれでよいのか、自分で迷い、悩みます。
「どうする」
そう問いかけ、やろうと決めても、なお踏み出せない自分を鏡に映したような話です。
ここのところが、西欧の人々と、日本人の気質の違いなのでしょう。
やはり、日本人は心根まで残酷にはなれないのです。
そのことを浅田次郎は、この本の中で描いています。
甘い民族なのかもしれません。
しかし、それはそれでよいのかもしれません。
私は果断に欠くる。
胸を張って答えられる世界が来て欲しいと思います。