太った中年

日本男児たるもの

日本的アノミー

2009-01-04 | weblog

アノミー概念を発見したのは「社会学の始祖」E・デュルケム(フランス人、1858~1917年)である。デュルケムがアノミー現象を発見したのは、自殺の研究を通じてであった。彼は、生活水準が急激に向上(劇落の場合だけではない)した場合にも自殺率が増加することを発見した。

なぜか。生活水準が急上昇すれば、それまで付き合っていた人たちとの連帯が立たれる。他方、上流社会の仲間入りを果たすのも容易ではない。成り上がりと烙印を押され、容易には、付き合ってくれない。かくして、どこにも所属できず、無連帯となる。連帯を失ったことで、狂的となり、ついには自殺する。

これがアノミー論の概略。このように生活環境の激変から発生するアノミーを「単純アノミー」と呼ぶ。その心的効果は「自分の居場所を見出せない」ことにもある。どうしてよいか途方にくれる。そして正常な人間が狂的以上に狂的となる。

アノミーには、この単純アノミーのほかに「急性アノミー」と呼ばれる概念がある。これは、信じきってきた人に裏切られたたり、信奉していた教義が否定されたときに発生するアノミーである。

急性アノミーが発生すれば、人間は冷静な判断ができなくなる。茫然自失。正常な人間が狂者よりもはるかに狂的となる。社会のルールが失われ、無規範となり、合理的意思決定ができなくなる。

精神分析学者のフロイトは、急性アノミー現象を、軍隊の上下関係の中に発見した、どんな激戦・苦戦に陥っても、指揮官が泰然としていれば、部下の兵隊はよく眠り、よく戦う。厳正な軍規が保持され、精強な部隊であり続ける。しかし、指揮官が慌てふためいたらどうなるか。急性アノミー現象が発生し、部隊は迷走。あっという間に崩壊する。

ヒトラーはこれをローマ教会に見た。ローマ・カトリックは、なぜ1500年以上も世界最大の宗派たりえるのか。それは、ローマ教会が絶対に教義の過ちを認めないからである。これが世界最大の教団でありえた理由であるとヒトラーは説明する。

かくて、急性アノミー理論は、別名「ヒトラー・フロイトの定理」とも言う。この定理を換言すれば、こうなる。カリスマの保持者は絶対にカリスマを手放してはならない。傷つけてもならない。もしカリスマが傷つけば、集団に絶大な影響が及ぶ。もしカリスマを失えば、集団は崩壊する。筆者が、フルシチョフによるスターリン批判を踏まえ、昭和55年(1980年)、「ソビエト帝国の崩壊」(光文社)を著したのも、実は「急性アノミー理論」によるのである。

(以上、小室直樹著 「日本国民に告ぐ」より引用)

13年前に出版された上記の本から小室氏は戦後、米国の占領政策によって日本がアノミー(無規範、小室センセイは意味を広めて無連帯としている)状態に陥ったとして自虐史観、反日史観を批判、日本人としての誇りを取り戻せ、と悲憤する。この本が出版された後、「日本的アノミー」が保守論陣の間で流行った。

GHQの戦後占領政策には日本人の持つ集団性を基盤とした軍国主義の近代国家体制を徹底的に解体して米国の自由と民主主義という規範を植え付けることが目的としてあった。しかし、欧米の確立した個人主義に基づいた自由は、そうした背景のない日本人には責任を伴わないナニをしてもいい自由となってしまった。つまりは日本人にとって自由や民主主義はどうにも不安定で居心地の悪いものなのだ。

昨年、日本的アノミーを惹起した米国がサブプライムローンに端を発した金融危機による世界不況を起こし、米国の自由そのものが根底から揺らいだ。アノミー理論の立場からすれば今年の日本は深刻な不況に相応して不合理な社会病理現象が起きることは不可避である。不況からの脱出は第一義ではあるが社会の病的側面への注視も必要だろう。