空気 2006年10月11日 07時00分46秒 | ヨタ話/写真 ときどき夕陽がとんでもなく強烈な光を放つ時がある。空気が乾いているということなのだろうか。空気中の不純物(?光の進行を妨げるもの)が少ないのだろうか。とにかく陽の光がまっすぐずどんと来るもんだから真っ赤な夕焼けではなく明るい橙色になる。雲もなんだかおいしそうな色に染まる。 * 別室ブログ(時々こっそり更新) * mixi版 江都屋 « 薄い疑似ビル | トップ | カクレネコ »
21 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 golden time (う) 2006-10-11 14:09:25 朝日もいいですが、日没前の強い西日大好きです。黄金に輝いて雲やら植物がとても美しく見えますよねー 返信する 西日 (江都屋黄金丸) 2006-10-11 22:07:29 んで、今気づいたこと。こういう強烈な西日を目にしたのは広島に来てからではなかったか。東京にいる頃は「太陽に吠えろ」のオープニングのような夕陽はよく目にしていたけれど、こういう色の夕陽を見た覚えはない。沈む太陽を遮るものが少ないせいなのか、あるいはこの記事のタイトル通りに空気の質の違いなのか。はてはて。なんて、15年も暮らしていて今さら気づくのもどうかと思うけれど。 返信する Unknown (う) 2006-10-13 02:45:40 へー!そうなんですかっ。確か以前、広島は雲が綺麗だと書かれてましたよね。広島っ子なので全然わかりませんでしたが、当たり前ださえも思いもしなかったことが有り難いことだと気づかされる有り難いコメントありがとうございます♪私は雑草の多い島根のお山に通うようになって西日の美しさを強く感じるようになりました。ダライラマの言葉集で「1年に1度は行ったことのない場所に行きなさい」というのを先日知りました。(=^. .^=) ×! にゃるへそ! 返信する ダライラマはいいこと言うなあ (江都屋黄金丸) 2006-10-13 23:17:38 やっぱりあのおじさん(ダライラマ)はいいことを言いますなあ。局地的に汚れている場所はあるかもしれないけれど、やっぱり東京都内と比べると空気がきれいなんでしょう。だから光の通りがいいんではないかと思うのです。あと、空の青色が微妙に違うように感じますよ。東京のほうがいくぶん青みが強いような気がします。これも空気の汚れ具合のせいなのかどうなのかはわからないのですが。 返信する 青みが強い江戸の空 (う) 2006-10-14 02:25:53 関東平野のせいかなぁ?空気が乾いてるのかも?広島で綺麗な雲がよく見えるのも山が多い為なんでしょうね。島根はもっと曇りが多くて…多すぎ(^o^)昔、絵の先生が「山陰の人が描く絵は色味が違う」と言ってました。 返信する 空の色の違いといえば (江都屋黄金丸) 2006-10-14 17:54:57 イタリアのビアンキというメーカーの自転車の伝統色「チェレステ」(伊:Celeste 碧空、天空)という色は、どう見ても青緑色なのですよ。http://www.cycle-yoshida.com/c_europe/bianchi/cross/6ancora_page.htmやはり育ったところによって空の色も違うようです。 返信する Celeste (う) 2006-10-15 13:43:57 ダライラマのあのおじさん的な感じ、なんだか好きです。昭和天皇にも感じます。政治の波にもまれた末の表現方法!?ナンテ妄想しちゃいます(^o^)イタリアのチェレステ、一度は肉眼で仰ぎたいものです・・・ 返信する 有名どころの宗教家では (江都屋黄金丸) 2006-10-15 23:48:46 チベット仏教というものがどの程度正しいのかは知らないんだけれど、ダライラマ氏に対しては、有名どころの宗教家では(個人的に)ほとんど唯一、信頼できそうな人だという感じを抱いています。映像でしか知らないけれど、まったく権威主義的ではなさそうで。あるいはうささんの言うようにおじさん的なところが。町内の物知りおじさんみたいな雰囲気でもある。あるいは、宗教者にありがちな偽善的な臭いがなさそうなところもまた好感の持てるところ。 返信する 宗教者 (う) 2006-10-18 12:48:08 歴代のダライラマをおおざっぱに分けるやり方のひとつ、宗教的か政治的かというのだと、今のダライラマは政治的の範疇に入るとか。宗教的なカリスマ性のある宗教者に会ってみたい気はします。(柱の影からこっそり)うさん臭率は高そうですが、怖いモノ見たさ!? 返信する Unknown (江都屋黄金丸) 2006-10-18 21:32:30 柱の影からこっそり見ているつもりがいつの間にか取り囲まれて…、みたいな事にならないようにしましょう。それにしても最近は道端(駅前とか本通とか)で勧誘されることがなくなってしまって、ちょっとさみしい。あの人たちはどこへ行ってしまったのか。 返信する あの人たち (う) 2006-10-19 04:27:41 いっそ取り込まれてしまいたいもんです。ダイヤモンド橋までたたいて壊しかねないと言うか、橋が呆れて去ってしまうペースだったりして!?あの人達今はいないんですかー!最近本通り辺りウロウロしないもんで 返信する あの人たち (江都屋黄金丸) 2006-10-19 21:29:58 その「あの人たち」が同じ「あの人たち」なのかがサダカではないのですが(うささんの言う「あの人たち」って、ちっちゃいクリップボード持ったアンケートの人たちですか?)、とにかくあんまり見かけなくなったような気がしてます。ちょっと前まではアンケートの人とか、手をかざす人や、自転車の人や、突然自己紹介の人とか、色々楽しかったのだけれどねえ。 返信する Unknown (あのひとたち) 2006-10-21 14:04:53 あのひとたちはおもにターゲットを見つけツツーッとさり気なく寄ってくるアンケートの人達です。その後話がまとまると事務所的なとこに連れて行かれビデオを見せられると噂を聞きましたが。スーツ着た欧米系男子自転車の人達もいないのですかー 返信する その人たち (江都屋黄金丸) 2006-10-21 20:22:34 そうそう、その人たち。どうもワタクシ見た目が善良そうなせいかあの手の人たちには「カモ」のように見られてよく声をかけられるのですよ。仕事をサボった平日の昼間なんかに本通をふらふらと歩いてると向こうにそれっぽい雰囲気丸出しの彼らがいるのですよね。さて、受けるか避けるか、考えながら歩いて、避ける場合はちょっとフェイントなんかかけたりして楽しんでたんだけど、最近は見かけませんな。(ちなみにあのアンケートの人たちのところは、名前を言えばほとんど誰もが「ああ、あそこ」とわかる某有名宗教団体なのです)欧米系男子自転車君たちも一昨年あたりからとんと見かけなくなってしまって、ちょっと寂しい。あまり目にする機会はなかったけれど女子自転車さんもいたのですよ。入信する気はないけれど、時間の余裕のある時にはちょっと喋ってみたかったのだけれどね。悪い人たちではなさそうだから。 返信する 宗教も悪くないと (ボージー) 2006-10-22 01:53:48 少し前に知り合った人が、よくよくつき合ってみたらある宗教(いわゆる新興宗教の類)の信者さんということが判明しました。本人は明るくてバランス感覚も損なわれずにとてもステキな人で、いかにもな変人ではないので最初は気づきませんでした。実はそれまではやはり新興宗教というと、良いイメージを持っていなかったというか、率直にいうと胡散臭いとしか思っていなかったものですから。で、よい機会と思い話を聞いてみたら一度なら見学できるというのです。もちろん警戒心はありましたが、抗いがたい好奇心が沸々と湧いてきて、入信する気はないけれどこのチャンスに新興宗教の内部に潜入してみるべしと、くっついて行ってみたのです。ついこのあいだのことです。まあ雰囲気は確かに異様っちゃ異様な感じではありましたけれどもそこに居る人と色々と話してみたところ、なんというか非常に前向きなんですね。人生も楽しんでいるようでしたし、人に迷惑をかけるタイプの宗教(勧誘したり売りつけたりそういうの)でもなかったので、ならばこういう生き方もアリだなあと思いました。入る気にはならなかったけれども(皆であれこれしようというのが元々無理なタイプなので)、そういうのが好きならば自分を向上させる一手段として悪くないかもしれません。宗教心の無い人間が殆どを占めるこの日本という国の中では、大きくて昔から存在する宗教以外のいわゆる新興宗教に対してはあからさまな白眼視をもっての排除か、良くて無視という状況ですよね。とにかく胡散臭い、のひとことで片付けられて終いがちですが、まあそれは金儲けが絡んでいる場合が多くて目立つからだとは思います。それにしても宗教心をもつことはそんなに悪いことではないと思うのです。その対象が何であれその人が前向きになれたり、生きていることが幸せと感じることであったりするならば、そしてもちろん人に迷惑をかけない範囲であるならば。たとえそれが新興宗教(と、ある種の蔑みをもって呼ばれているものであったとしても)それを生きる上での手段の一つとして活用している人達をだれも蔑むことはできないし、極端な変人扱いをされているのは不当なのかもしれないと感じたのでした。マイノリティーはとかく白眼視されがちですし、この日本ではまだまだ島国根性健在ですからね。余計にそうなのだと思います。そんなところがベジと重なってみえたりもするのでありました。 返信する Unknown (江都屋黄金丸) 2006-10-22 17:50:33 宗教それ自体は悪いものではないはずなんですが、実際耳にする話からすると、その教えを学ぶのは良しとしても、その団体の仲間になろうとは思えないことが多いんですよね。まあ、どこの宗教がどうだこうだと言えるほどいちいち覚えてはいないし、ここに事細かく書くような種類のことでもないので大雑把に、どことは特定せず書きます。古来のものも新興のものも含めて、人々を思考停止にするのはまずだめだな、と思います。「私ゃ頭悪くてムズカしいことはわからんから、えらい人に決めてもらお」みたいなのとか。あるいはその宗教が定める神のみが絶対になっていたりとか。教祖(人間)を神格化するなどはもうもってのほかだろうな、と。そういうものではなく、ボージーさんのコメントにある「バランス感覚」が損なわれない教えならばそれはマトモなものなんでしょう。(なんて書いていくとキリが無くなるのでここでちょいと一区切り)なんにせよ、おかしな思いこみではなく、現実に即した知識や倫理規範を学ぶために宗教が必要となるのではないかと思うのですよ。(しかしそれより前に、家に仏壇を置き、クリスマスで浮かれ騒ぎをし、神社に初詣に行くような節操のない日本人をどうにかしないといけないんですがね) 返信する あのひとたちの宗教 (う) 2006-10-22 20:41:15 欧州から来た、ある自転車男子信者は旅目的で入信したとか。 女子もいるのですかー!びっくり。 そういえばコメンテーターとしてTVによく出てたダブK最近見かけないような。 (一人は弁護士で以前、本通りの大手スーパーの地下でファーストフードタコス店も出してました) 日本撤退?新幹線で隣り合わせたあるエ×××会?××××塔のオバサンは「永遠のイノチが欲しいから入信した」と。 以前は家や財産が欲しかったけど、この宗教を知って変わったのだそう。 入会しないから救われないのは変だなと思ってたので、思い切って聞いてみると 「だって神様が区別つかないでしょ」と。 「腐ったリンゴを分けるための印ですっ!」と武田鉄矢をパクったようなセリフを。 入会しないと救ってくれないなんて保険屋みたいな神様だなぁ。色んな人がいるもんですねぇ。同じ宗派でも個人差の方が大きいというか、まあどの世界でも言えることのようですが。宗教も上手く付き合えば、心の支えになってよけいなことに振り回され過ぎないプロテクトアイテムになってくれるような気がしますだ。宗教を財産欲や地位名誉欲を満たすアイテムのように使ったり、はたまた殺人の理由として使ったりするのはかなり超罰当たりなことだと思います。ダライラマは「エキスパートになればいい」とおっしゃってたそうです。宗教でなくても仕事や趣味、何かにマジで打ち込めば精神的修行に繋がると。私は無節操宗教ですが(*^_^*)ゞどっちかというと、こういう神様のいる方に行きたいな。p.s.背景の椅子柄いいですねー♪ 返信する まったくもってその通り (江都屋黄金丸) 2006-10-23 21:13:34 もう、返す言葉もないほどその通り。なので敢えて多くは書きませぬよ。それにしてもダライラマ氏はほんとに良いことを言う人ですねえ。自分とこの宗教を信じろ、ではなくこういうことを言える人こそ、宗教者として正しいのだろうなと思いますよ。これは想像なのだけれど、おそらくほとんどの宗教では「『信じること』が大事だ」みたいな風に言われているんでしょう。でもそれが実は人々の思考停止の始まりで、本来は「信じる」より以前に「その教義が何を言わんとしているのかを知ること」が必要なはずが、それがないがしろにされている。ああ、でもこれって宗教だけの問題ではなく学校や社会でも同じなのか。なんて、ついついけっこう根の深い話題に入り込んでしまうのでした。 返信する 背景 (江都屋黄金丸) 2006-10-23 21:23:12 今回選んだ椅子柄テンプレートは、gooブログでけっこう古くからあったもののようなんですが、見落としてましたね。ヘッダー(タイトル部分)が軽くて本文の文字が(この前までのと同じぐらい)大きいテンプレートを探していたんですよ。ちゃんといい感じのがあるもんですよね。 返信する 根っこは地球の裏側まで (ボージー) 2006-10-24 07:20:36 私も納得なのでちょっとだけでオシマイにします。ダライラマのおっちゃんのエキスパート発言は耳が痛いです。いつもあちらこちらに興味津々でどうしても一口二口かじらねば気が済まず、気づけばまた何か他の面白いものをかじりに行ってしまっているという私は大概エキスパートにはほど遠い状況です。何かを極めるというのはエラいことだといつも思いますね。あと宗教でも学問でも何でもですけど、そこに実践がなければ何の意味もありませんね。江都屋黄金丸さんのおっしゃるように読んで聴いて「よっしゃわかった」の場所で終わっては何も生かされず意味もありませんものね。また自分一人で読んだり考えたりしているだけでは限界があるものでもあります。こうやって誰かと話をすることというのは、考えている以上に意味も意義もあることなのだと思っています。そうそう椅子柄グーですよね。 返信する Unknown (江都屋黄金丸) 2006-10-24 20:48:46 池波正太郎の「剣客商売」という小説(テレビドラマにもなった)に、「剣術というものはまず十年、懸命にやれば己が強くなったと思えるようになる、二十年やれば他の人の強さがわかるようになる、そして三十年やれば、自分がいかに弱いのかがわかる」みたいな事を言う場面があるんですよ。おそらくこれは、何事につけ理論ばかりではなく実践もしてきた人は感じるところなのでしょうね。理論ばかりの人はこんなことは感じず、ただただ頭の中のデータのみ増えていく。まあそれも本人にしてみれば幸せを感じることなのかもしれませんがね。たとえエキスパートではなくても、何かしらの実践をしている人は程度の差こそあれ、正しい道を歩んでいるのだと思うのですよ。胡散臭く見える宗教者が何故胡散臭く見えるのか、という答えがここにあるのだと思います。 返信する コメントをもっと見る 規約違反等の連絡
日没前の強い西日大好きです。
黄金に輝いて
雲やら植物がとても美しく見えますよねー
なんて、15年も暮らしていて今さら気づくのもどうかと思うけれど。
確か以前、広島は雲が綺麗だと書かれてましたよね。
広島っ子なので全然わかりませんでしたが、当たり前ださえも思いもしなかったことが有り難いことだと気づかされる有り難いコメントありがとうございます♪
私は雑草の多い島根のお山に通うようになって西日の美しさを強く感じるようになりました。
ダライラマの言葉集で「1年に1度は行ったことのない場所に行きなさい」というのを先日知りました。
(=^. .^=) ×! にゃるへそ!
局地的に汚れている場所はあるかもしれないけれど、やっぱり東京都内と比べると空気がきれいなんでしょう。だから光の通りがいいんではないかと思うのです。
あと、空の青色が微妙に違うように感じますよ。東京のほうがいくぶん青みが強いような気がします。これも空気の汚れ具合のせいなのかどうなのかはわからないのですが。
空気が乾いてるのかも?
広島で綺麗な雲がよく見えるのも山が多い為なんでしょうね。
島根はもっと曇りが多くて…多すぎ(^o^)
昔、絵の先生が「山陰の人が描く絵は色味が違う」と言ってました。
http://www.cycle-yoshida.com/c_europe/bianchi/cross/6ancora_page.htm
やはり育ったところによって空の色も違うようです。
昭和天皇にも感じます。
政治の波にもまれた末の表現方法!?ナンテ妄想しちゃいます(^o^)
イタリアのチェレステ、一度は肉眼で仰ぎたいものです・・・
宗教的か政治的かというのだと、
今のダライラマは政治的の範疇に入るとか。
宗教的なカリスマ性のある宗教者に会ってみたい気はします。
(柱の影からこっそり)
うさん臭率は高そうですが、怖いモノ見たさ!?
それにしても最近は道端(駅前とか本通とか)で勧誘されることがなくなってしまって、ちょっとさみしい。あの人たちはどこへ行ってしまったのか。