電車の座席(ベンチシート型)に凸凹がつけられていることがある。凹部に腰をおろせということだ。そうすれば設計者の意図通り、たとえば七人の乗客がきれいに座席の端から端までめでたくおさまることになる、のだが、事はそう単純にはおさまらない。
混んでいるときはよい。ガラガラなときも適度な間隔を置いて座ればよい。問題は、座席の半分くらいが埋まる程度の混みぐあいの時である。たとえば七人掛けシートの両端と真ん中に人が座っている場合。あなたは誰の隣に座る(座ろうとする)だろうか。
席は四つも空いているというのに、そのいずれを選ぶにしても先に座っている誰かと身を接せねばならぬ。座面の凸凹があるせいでだ。仮にあなたが男性だとしようか。先に座っている三人は女性である。あなたの意図にかかわらず、どこに腰をおろそうと「選り好みをした」印象を周囲に与えることからは逃れられない。では先客のうち一人が男性で、あなたはその隣を選んで腰をおろすとしようか。この場合もまた「なぜまたよりによって男同士並ぶような場所を選んでしまうのか」といった違和感を周囲に与えてしまうだろう。
周囲に与える印象を考慮しないとしても不愉快なのは、男性同士並び座るとどうしても肩と肩がかち合うことだ。ひょっとしたら座席などの設計における「人間一人分の幅」というものが、二昔前くらいの日本人の体格を基準にしたままなのではないか。
では少しずれて腰掛けてみようか。見知らぬ人と寄り添わざるを得ない不愉快もしくは違和感からは解放されるものの、今度は不自然にねじれた腰が不快である。ならばいっそのこと、真ん中の凸部に腰掛けてみようか。しかし、肌の色や宗教的信条、老若男女にかかわらず我々人類のお尻というのは、座面の凸部を楽々受け止められるほど大きく割れてはいないものだから、やはりあまりうまくいかない。
このように乗客の心を無駄に悩ませる座面の凸凹は即刻廃止するのが世のためであろうと私は考える。いやきっと、今日も職場に向かう何百万もの人々のうち何割かは同じ思いを抱いているであろう。しかしそれを確かめるために隣に座る見知らぬ人に見境なく話しかけるような種類の勇気を私は持ち合わせてはいないのである。
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