Nyancoin Bakery / 江都屋

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宴(えん)の下の力持ち

2009年03月06日 22時17分06秒 | つくりばなし
 
 その男はたいそうな力持ちであった。

 仁助(にすけ)という名だが、その怪力から八人力の八助、十人力の十助とも、あるいは思い切り誇張して百人力の百助とも呼ばれたりもしたものだ。
 村の稲作、畑作にはなくてはならぬ働き手であった。我が家の田畑のみならず、力の乏しい老夫婦の、あるいは乳飲み子や病人のいる家の田畑への援助もいささかの躊躇いもなくおこない「村すべてのためなのだから」と、何らの見返りも求めぬ。
 村はずれに住み着いた柔術の師範に幼少の頃より手ほどきを受けており、数え年で十になるかならぬかの頃には熊との相撲に勝ったなどとの伝説めいた噂さえ立つほどすぐれた技。農閑期には道場の師範代も無償でつとめるほどであり、村の用心棒としての役割も担う。
 その力と技をいささかも奢り高ぶることのない温厚な人物。村人が彼に寄せる信頼は厚い。後々には村の長(おさ)にと老いも若きも誰もが疑わぬ、そのような男であった。

 ある年の秋。豊作の年であった。収穫し滞りなく年貢を納めた。あとは年越しにそなえるのみ。祭りがおこなわれる。大地に、お天道様にあるいは八百萬(やおろず)の神々に感謝を捧げ、そして何より村人みな互いの働きに感謝を捧げるのだ。
 神輿や捧げものなどの行事をひと通り終えた後は、皆の足は自然、仁助の住まう家へと向かう。食べ物や酒を持ち寄り、宴(うたげ)をひらくのだ。夜更けまで飲み、食べ、歌い、語らう。
 宴がいつの間にか静まり、みな雑魚寝をしている。ひとりむっくりと起き上がるものがある。仁助である。小用を足しに目を覚ましたのだ。厠(かわや)へ向かい歩き出す。歩を進めるごとに体がぐらりぐらりと揺れる。
 「うむ、これはいかん。俺としたことが…」
 あまりに楽しく、ついつい飲み過ぎてしまったようである。覚束ない足取りで外に出、厠にて用を足す。冷たい夜風に酔いも覚めたか、もはやふらつくこともない。朝までまだ間がある、もうひと寝入りしようと上り框(かまち)に腰をかけるとまた、体がぐらりと揺れた。これは俺の酔いのせいではない、もしや家が揺らいでいるのではなかろうか。
 そっと腰を上げ、静かにしかし足早に裏口へとまわり、竈(かまど)の脇から縁の下に潜り込む。四つん這いで土台の石や柱をひとつひとつ見て回る。見つけた。虫にでもやられたか大黒柱は内部に大穴が開き、皮が残るのみ、もはや柱の用をなしておらぬ。
 なるほどこれならば一足ごとに揺れ、ひどく酔ったと勘違いするのも道理。と、訳は分かれどさてどうしたものか。多くの村人が雑魚寝する今夜、もしものことがあるやもしれぬ。
 柱の腐ったところを取り除き、その真下、土台部分に座布団代わりに平たい石を据え、腰をおろし胡座を組む。柱の下端に右の肩をあてがい、背中をぐっと弓なりに反らせる。我が身をもって家を支えようというのである。幼い頃に柔術の師範より教えを受けた"剛体の術"を使えば支えられるだろう。体中の間接を固めれば何があっても崩れるものではない。滅多なことで使ってはならぬと言われ伝授されたが、今がその、滅多なときなのだ。
 ふ、と笑みがこぼれる。そういえばあの時もこの術を使ったのだったな。俺を見つけた師匠が術を解くまで動けず、あとでひどく叱られたっけ…。村の噂の熊との相撲の時のことだ。
 「皆は俺が熊に勝ったと噂しているようだが…」
 剛体の術を用い押しても引いてもびくともせぬ仁助を攻めるに攻めきれず、熊も音(ね)を上げ引き上げていった。だからあの勝負、負けはしなかったが、
 「勝ちもしなかった…」
 のである。
 皆の誤解を解かぬままであるのはいささか不本意ではあるがしかし、しかたあるまい。村のことは弟の又六がきっとうまくまとめてくれよう。さて…
 もはや覚悟は決まった。体の位置を確かめ姿勢を決めた仁助は、ひとつ大きく息を吸い込み、数秒の間止め、ゆっくりとゆっくりと息を吐いていく。吐くほどに体が固まり、意識が遠のいていく―




 数年後。祭りの晩以来行方知れずとなった兄の仁助に代わり家を継いだ又六が妻をめとり、それを機会にと老朽化した家を建て直す際、大工が縁の下で屍蝋(しろう)化した仁助を発見した。知らせを受けた又六はすぐさま仁助のもとへと駆けつけ、死してなお穏やかな表情の兄の前にひざまずき、
 「あんちゃん、こりゃあまさに"灯台下暗し"じゃったのう」
と言い、泣き崩れたという。「縁の下(あるいは"宴の下")の力持ち」という言葉は当時はまだなかったのである。

 「縁の下(あるいは"宴の下")の力持ち」は、この史実を元にした、後世の人々による造語なのである。


(すべてつくりばなしです。念のため)

 (注:以上の文章は別室ブログ"The Another World Atlas of EDOYA"の3月1日付と同じものです。こちらの「つくりばなし」カテゴリーにも入れておこうということで同時掲載としました。)
 

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道順 続き

2006年09月16日 22時46分50秒 | つくりばなし
 
 ○○さんから連絡が途絶えてからしばらく経ちます。ところが先日、アメリカのニュースサイト「web newspaper "B4 BREAKFAST"」(Before Breakfast、つまり「朝メシ前」の意)を眺めていたらこんなニュースが目に止まりました。(以下、翻訳)

 日本トピックス
 「熊と号泣する女性」

 某月某日、県営総合鉄道荒縄線乳搾り駅(注1)駅舎で、女性が熊とともに号泣しているところを駅長が発見した。
 この女性は駅舎ベンチにて昼食(持参の弁当)後、春の柔らかな日差しに包まれて眠気に襲われうとうとしていたところ、食べ物の匂いにつられてやってきた熊のジョニー(オス 5歳)を人食い熊であると勘違いし、どのみち食われるのならせめて一撃を食らわそうと、肝臓に正拳を決めた。心やさしき熊であるジョニーは哀しみのあまり泣き出し、女性もまた自身の技の威力に驚き、涙をこぼした。それから約1時間弱の間、両者は泣き続けていたが、涙も枯れようかという頃に駅長が駅舎へ到着し、発見したとのこと。女性はその五分後の列車でその場を去った。
 この、乳搾り駅創立以来の未曾有の大惨事のさなか、あろう事か駅長は駅から10km離れた打ちっぱなしゴルフ場で賭けゴルフに興じていたという。そのことを重くみた荒縄線取締役会は彼を解雇、代わりに熊のジョニーを暫定駅長として勤務させている。この件に関し取締役の一人に電話で尋ねたところ「なんせ熊だから人件費というものがかからんからな。日に二本しか列車のない駅、奴はそれで人並みの給料を取っていたんだ。これで奴も年貢のおさめ時だぜ」と、ウィンクしてみせた(注2)という。



 やはり彼女は(前回の記事には書きませんでしたが、女性なのです)僕からの手紙を受け取り、それほど間を置かずに僕を訪ねてきていたようです。未だに行方不明ではありますが。このニュース記事では彼女の行方はまったくわからないので、さっそくB4 BREAKFAST紙あてに問い合わせのメールを送りました。
 乳搾り駅で弁当を食べていること、熊のジョニーを泣かせたパンチはおそらく僕が彼女に通信教育で伝授した「ヨロイ通し」であること、などの点からその女性が僕を訪ねてきた人である可能性は非常に高い、その後の彼女の足取りに関して何か情報があれば教えていただきたい、と。彼女に送った道案内の手紙も添付しました。

 現時点では何も連絡がありません。進展があればまたブログでお知らせいたします。


(注1:原文では「CHICHISHIBARI STATION」となっていました。おそらく「荒縄線」という鉄道路線名からの連想であろうと思われるのですが、「搾り」と「縛り」では大きな違いがあるのでここでは正しい地名に直しておきました)
(注2:電話口でウィンクを確認することは素人にはとても難しいことなのですが、プロの記者にとっては「朝メシ前」のことなのでしょう)

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道順

2006年09月16日 22時44分07秒 | つくりばなし
 
 先日、ある人から手紙が届きました。

 なんでも、僕に直接会ってみたいのだとか。なるほど、そういえば手紙では何度かのやりとりはあったけれど、実際に顔を突き合わせて言葉を交わしたことはない。僕の家への道順を教えてほしい、"そうすればコチラからソッチラへ出向きますので(原文ママ)"、ということなのでさっそく返事を書きました。


○○様

前略
僕の家までの道順を記します。

あなたの最寄りの駅は剛腕線四つ巴駅ですね?そこから話を始めましょう。まずその四つ巴駅を朝6時54分に発つ特別快速「みたらし号」で終点の後尻駅までへ向かってください。平日ならば途中で通勤客が多く乗ってくることでしょうが、始発から乗ったあなたは悠々と座ってくることができます。ただし、あえて立ったままでいたいというのなら僕にはそれを止める権利はありませんのでどうぞご自由に。終点の後尻駅までは二時間半ほどでつきます。後尻から急行で若走へ向かい、若走から鈍行で(鈍行しかありません)乳搾り(そういう名の駅があるのです)へ。そこで二時間半ほど次の列車の発車まで時間が空きますから昼食でも済ませておいてください。ただ、乳搾り駅周辺にはろくな店がありませんので、お弁当を用意しておいたほうがよいかもしれません。さて、腹ごしらえをすませたあなたは眠気に襲われます。しかしそこでうっかり眠りこんでしまってはいけません。熊に襲われてしまいます。乳搾りは人よりも牛よりも熊のほうが多い土地なのです。とにかく次の列車が来るまでは眠らぬように。眠気を必死にこらえつつ過ぎ去る時間をやり過ごしレールの音に耳を澄ませばほら、次の列車がやってくるリズミカルな音が聞こえてきます。がたこんがたこん。待ちに待ったその列車に何かあなたの想像を超えるような者どもが乗っていたとしてもひるんではいけません。乗りさえすればその列車が僕の街まであなたを運んでくれます。さもなければあなたは次の列車が来るまでの18時間24分を空腹と眠気と熊の恐怖に苛まれながら乳搾り駅のベンチで独り過ごさなくてはならなくなるのです。約1時間その汽車にゆられ終点まで来れば、そこが僕の住む街です。何と辺鄙(へんぴ)な場所に住んでいるのだと、あなたは思われるかもしれませんね。しかし、辺鄙、というのは相対的な概念なのです。僕からすればあなたの住む街のほうがよほど辺鄙な場所です。

駅からの道ですが、まずは駅前の煙草屋の角を右に折れてください。足の悪い男の子が走ってゆきます。ごめんなさい、うそです。谷川俊太郎の真似をしてみただけです。ここからがほんとうです。煙草屋を左手にめでつつ商店街の入り口でピンクチラシを受け取りそれを隅々まで眺めながら地下へと向かう螺旋状の商店街を歩き八百屋肉屋乾物屋洋品店銃砲刀剣店占いの館などをすり抜け時速4kmで歩くこと7分、花屋の隣、入り口が異様に小さい居酒屋があなたの心をとらえるでしょう。そこへ入り景気づけに冷や酒を二本ほど飲んだあなたは朝からの疲れも手伝って足取りヨタヨタ髪はボサボサ口に締まりはなく気もそぞろ目には危険な香りが漂っています。店を出てみるとさっきまで歩いていたはずの商店街は跡形もなく消え去っており、挙動不審なあなたはちょうど通りかかった警官に(あなたのその凶悪な人相ゆえに)任意同行を求められてしまうことでしょう。いや、そもそもあなたは何らかの事件の実行犯としてすでに指名手配を受けているのかもしれません。だとするならば、僕に会うためにわざわざこんな辺鄙なところまで来て警察につかまるのはとてもバカバカしいことだと思いませんか?僕はそう思います。ですからできれば僕達は、会わずにいるのがよいような気がするのですが、いかがでしょうか?

草々
2005年5月吉日
江都屋黄金丸



 こんな手紙を送ったんです。それきり先方の○○さんからの連絡が途絶えてしまいました。僕は何かまずいことを書いてしまったのでしょうか?


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だしこんぶ

2006年09月16日 22時35分33秒 | つくりばなし
 
 頭に昆布をのせて歩いているおじさんがいたのでどうしたのって聞いたら

 ああよくぞ聞いてくださいました、実は今朝、あんまり急いでいたのでカツラとまちがえて鍋の中にあった出汁昆布をかぶってきてしまったのです。そしてそのことに気づいたのがついさっき、ちょうど一仕事終えたところ。わたしはもう、あまりのことに恥ずかしいやら情けないやら目から火が出て睫毛も焼けそうな思いでしかしだからといってあんまり慌あわてふためいては周りの人たちに気づかれてしまいますから平常心を装いしかし足早に家へ帰ろうとしていたのです。しかし困ったことに先ほども申しましたが今朝がたあんまり急いでいたもので財布を家に置いてきてしまったのです。しかたがありません、歩いて帰ろうと、先ほど決心を固めたところなのです。
 それほど恥ずかしいのならその昆布をはがせばよいとあなたはおっしゃるかもしれない。でも、だめなのです。朝からずうっとのせていたこの昆布、すっかり乾き、頭皮にしっかり貼り付いています。無理矢理にはがそうものなら、私の、この残り少ない髪の毛の大半が昆布と共に抜け去っていくことでしょう。ですから私はこのまま昆布を頭に貼り付けたまま家まで歩いて帰るしかないのです。とても残念です。

 って言うからさ、僕が、いくらぐらいあれば家まで帰れるのって聞いたら、三千五百円って言うのね。ああ、これは電車ではなくってタクシーでってことね。まあそれぐらいなら持ち合わせもあるし、あとでちゃんと返してくれるんならいいかってことでね、ちょっとした人助け、だもんね。おじさんの住所と電話番号を聞いてさ、名刺ももらってさ、こちらの連絡先も教えてさ、お金を、五百円玉がなかったんで千円札を四枚、渡してね。おじさんがさ、ありがとうありがとうって何度も何度も昆布ののった頭を下げるもんだからなんだかこっちのほうがきまり悪くって、いいからいいから、早く帰ってあったかいお風呂にでも入ってゆっくり昆布取りなよって言って別れたんだけどさ、それから何の連絡もないんだよ。もらった名刺に書いてある会社に電話してみても「そんな人はいません」って言われるし、自宅のほうの電話は「お客さまのご都合で~」になってるし。それでやっと気づいたんだ、そのためのコンブかって。

 だからあなたも、頭にコンブをのせて街を歩いているおじさんには気をつけるんだよ。


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