米国の破綻は不可避
2018年8月5日 田中 宇
米国が中国などに輸入関税引き上げの貿易戦争を仕掛けるなか、7月末にBRICS諸国(中露印ブラジル南ア)の年次サミットが南アフリカで開かれた。中国は、BRICSの5か国の中で最も経済力があり、BRICSを隠然と主導している。今回のサミットで中国の習均平は、中国など世界に貿易戦争を仕掛けて保護貿易(=悪)の姿勢を強めるトランプの米国を間接批判し、BRICSは自由貿易(=正義)を信奉する機関であるとぶち上げた。トランプの就任以来、米国は保護主義で、トランプに敵視される中国やドイツが自由貿易主義という構図が定着している。善悪関係から見て、これは中国に有利だ。 (China builds a wall of BRICS to help counter US trade war barrier) (BRICS nations pledge unity in face of US-China trade war )
BRICSは今回のサミットで、自由貿易の理念に基づきつつ、5か国相互間の貿易関係を強化することを決めた。新興市場諸国である5カ国は従来(冷戦後)、世界最大の輸入消費国(経済覇権国)である米国に輸出して経済成長するモデルに沿ってきたが、トランプによる米国の保護主義化に伴ってこの従来モデルをあきらめて離脱し、5か国合計で世界の総人口の4割を占めるBRICSの消費市場としての潜在的な力を利用し、BRICS内部や他の新興市場諸国との貿易で経済成長していくモデルに移行していくことにした。その主導役は中国だ。 (BRICS Nations Call for Strengthening Multilateral Trading System Amid Rising Trade Disputes) (BRICS to seek unity on trade)
今後の世界経済は、牽引役が、高度成長期を終えて少子高齢化も進む先進諸国から、BRICSなどの新興市場諸国に転換していく。トランプの保護主義は、この転換を加速している。中国は、この転換の中心にいる。トランプの貿易戦争は、中国を弱体化するどころか逆に、中国を今後の世界経済の主導役へと押し出している。南アでのBRICSサミットは、中国主導のBRICSがこの転換を積極推進していくことを宣言した点で画期的だ。 (Brics on right track to the future) (Has BRICS lived up to expectations?)
今後、米国の経済覇権の根幹にある債券金融システムがいずれ(前回の記事に書いたように2020-24年ごろか??)バブル崩壊し、それが米国覇権の終わりにつながると予測される。リーマン危機後にQEなどによって再膨張した米国中心の金融システムのバブル は巨大で、ひどい金融危機を起こさずに軟着陸することが不可能だ。米国の政府と金融界は、バブルを縮小する気が全くない(日本政府も)。バブルの危険性を無視して、どんどん膨張させている。政治的にも、トランプは、いずれバブル崩壊を引き起こして米国覇権の解体につなぐべく、高リスク投資に対する銀行規制を緩和し、バブルを意図的に膨張させている。米国のバブル崩壊はもはや回避不能であり、いずれ必ず起きる。この大きなバブル崩壊が起きると、世界経済の中心が、米国など先進諸国から中国などBRICS・新興市場諸国に転換する流れが一気に進む。 (最期までQEを続ける日本) ('Trump's Trade Wars Could Be Beneficial to BRICS' – IR Specialist)
BRICSは、今回のサミットで、この転換の準備を進めていく態勢づくりを加速することを決めた。BRICSは、加盟諸国間の貿易で使う通貨を、米ドルから、人民元など加盟諸国の5つの通貨に替えていく動きを続けている。いずれ米国が金融崩壊したら、従来の米ドルの貿易決済システムへの信用が低下し、各国が外貨備蓄を米国債の形で持つことも減る。戦後の世界経済の根幹が崩れる。BRICS、その後のことを考えている。 (To strengthen Brics, the bloc first has to improve trade and investment between its members)
米国が金融崩壊すると、その後、ドルの究極のライバルである金地金が、富の備蓄や国際決済の手段として見直されるだろうが、金地金の国際的な価格管理の主役は、今年初め、それまでの米英金融界から、中国政府へと、ほとんど知られぬまま、交代している。国際金相場は現在、人民元の為替と連動している。人民元の為替は、金の価格にペッグしている。米国が中国の対米輸出品に高い関税をかける貿易戦争を仕掛けたのに対抗し、中国は、人民元の対ドル為替を意図的に下落(元安ドル高)させ、対米輸出品の価格を下げることで、関税の引き上げを穴埋めする策をとっているが、この元安の影響で、ドル建ての金相場が下落を続けている。 (金相場の引き下げ役を代行する中国) (金本位制の基軸通貨をめざす中国)
中国はすでに世界の金地金取引の中心にいる。そしてBRICSは今回、5か国の金鉱山の協力関係を強化し、BRICS内の金取引の制度を整えることにした。世界最大級の金地金の消費国である中国やインドと、地金の大きな生産国である南アやロシアとの結束が強まる。BRICSの金地金流通の新体制が、金本位制を意識して金相場にペッグする人民元を裏打ちするようになる。当面、米中貿易戦争の絡みで、人民元も金地金も安いままだろうが、いずれ米国がバブル崩壊するとともに、人民元と金地金の国際地位が上昇する。この上昇は、中国やBRICS、非米諸国の、国際政治における地位の上昇や、覇権の多極化につながる。いずれ米国のバブル崩壊とともに「金地金の取り付け騒ぎ」が起きるだろうが、その時、金の現物の国際管理権は、中国が握っている。 (BRICS Gold: A new model for multilateral cooperation) (金地金の売り切れ)
米国の経済覇権の根幹にある債券金融システムがいずれバブル崩壊し、それが米国覇権の終わりになる。このとき、日銀のQE(量的緩和策)によって米金融システムをテコ入れしている日本は、米国のバブル崩壊によって大打撃を受ける。中国やBRICSは、米国の金融崩壊後に備え、ドルの使用を減らし、金地金を備蓄しており、きたるべき米金融崩壊から受ける打撃も少なくなる。中国やBRICSは「ノアの方舟」を建造し始めている。日本は、米国とともに溺れる運命にある。先日、中国がBRICSサミットでドル崩壊への準備加速をを決めたのと同時期に、日銀がQEを2020年まで続けることを決め、崩壊が不可避なドルの延命に邁進することにした。中国は賢い。日本は馬鹿だ。 (最期までQEを続ける日本)
日本はほかにも、米国崩壊と中国BRICS台頭という、きたるべき転換への流れの中で、何重もの意味で「負け組」に入っている。その一つは、日本が「高度成長期を終え、少子高齢化が進む先進諸国」の範疇のまっただ中にいること。もう一つは、戦後の日本が、圧倒的な単独覇権国である米国に対して頑強に従属する対米従属策で発展してきたこと。日本は、対米従属以外の国策が(ほとんど)ない。トランプの覇権放棄策は、米国の覇権を自滅させ、日本を無策で弱い国に変える(もうなってるって??)。3つ目は、中国が台頭してきたこの四半世紀、日本が中国敵視策を続けてきたことだ。これは対米従属の維持のために必要とされた。中国と仲良くすると米国(軍産)からにらまれ、対米従属が難しくなる。米中の両方とうまくやるバランス策は(小沢鳩山とともに)排除された。日本は、中国と一緒に発展していく機会を失い、米国覇権の消失とともに孤立し弱体化する道に入った。 (日本から中国に交代するアジアの盟主) (中国敵視を変えたくない日本)
米国の上層部は、覇権を維持したい軍産複合体と、放棄破壊したいトランプとの激しい暗闘が続いている(暗闘はケネディ以来70年間、断続的に続いてきた)。今のところトランプが優勢で、軍産は劣勢が加速している。今後、米国の中間選挙や大統領選挙でトランプ側が負け、軍産傀儡的な民主党側が盛り返せば、米国の覇権が維持再生し、日本も対米従属を続けられるかもしれない。だが、米民主党内では、上層部の軍産傀儡勢力(エスタブ、ネオリベ)を批判する草の根の左翼勢力が強くなり、こんご内部紛争が激化しそうだ。草の根左翼が勝つと、軍産は民主党内でも傍流になり下がる。トランプは負けにくく、米国の覇権は復活しにくく、日本は負け組から脱しにくい。 (軍産の世界支配を壊すトランプ)
「軍産は、完敗する前に大きな戦争を起こして米国の政権を事実上乗っ取るはずだ」という考え方がある。しかしこの道は、すでにトランプによってふさがれている。トランプが(70年代のカーター流に)平和主義者として振る舞って覇権を放棄していこうとしたのなら、戦争を起こして妨害できる。だがトランプは逆だ。軍産以上に好戦的なことを言いつつ、北朝鮮やロシアといった大規模戦争の敵になりそうな諸国と首脳会談して個人的な和解ルートを築き、軍産の戦争戦略を無効化している。トランプは、イランのロウハニ大統領とも首脳会談しそうな流れを作っており、イランとも会談してしまうと、軍産が戦争を起こせる敵が世界にいなくなる。トランプは巧妙だ。 (トランプはイランとも首脳会談するかも) (意外にしぶとい米朝和解)
軍産は、自作自演的な911テロ事件でブッシュ政権を見事に乗っ取ったが、トランプとその背後の勢力(米諜報外交界の中に混じっている隠れ多極主義者たち)は、911の教訓を踏まえて今の戦略を練ったのだろう。(すでに何度も書いたので隠れ多極主義については今回説明しない。「トランプ対軍産」は、正確に言うと「軍産・米諜報外交界の内部の多極主義と米覇権主義との暗闘」である) (世界帝国から多極化へ)
▼米国を内戦にして覇権を完全喪失させたいトランプたち
米国が覇権を喪失して世界が多極化しても、米国が軟着陸的に覇権を縮小し、西半球と太平洋の地域覇権国として残り、米国の覇権領域が「英国以西、日本(シンガポール豪州)以東」になるなら、日本、英国、カナダ、豪州、NZといった同盟諸国(ファイブアイズ+1)は引き続き、縮小した米国覇権の傘下に残れる。この場合、縮小した米国の覇権は、NAFTAと米英同盟と「トランプ就任前のTPP」が合体したものになる。だが、トランプは、この地政学的な線引きも破壊してしまった。トランプは、大統領就任と同時にTPPから離脱し、NAFTAも解体しようとしている。英国との関係も疎遠だ。
どうやらトランプ(ら多極主義者たち)は、米国を世界的な単独覇権国から地域覇権国に格下げして残りの地域の覇権を中国やロシアやEUなどに分散するシナリオだと、米国が担当する地域の覇権運営を手がける勢力が依然として軍産(単独覇権主義者たち)のままで、彼らはいずれ機会を見て中国やロシアと恒久対立する冷戦体制を復活し、元の木阿弥になると考えているようだ。多極化は、極となる地域覇権諸国どうしがずっと仲良くないと成り立たない。
BRICSを見ると、軍産に牛耳られた米国など同盟諸国以外の諸大国は、戦争より協調を好み、最も仲が悪いインドと中国の間すら、何とか一緒にやっていける。軍産以外の人類は、戦争を好まない。軍産を覇権運営から外せば、世界は平和になり、多極化を推進しやすい。
つまり、世界を多極化するには、米国を中心とする同盟関係をすべて破壊し、米国の覇権をゼロにする必要がある。最も確実な方法は、米国民の内部対立を扇動し、米国を内戦状態にして20年ぐらい「失敗国家」の状態を維持し、その間に米国以外の諸大国がそれぞれの地域覇権体制を確立して多極化を定着させる「米国リビア化」のシナリオだ。トランプになってから、米国では貧富格差の拡大に拍車がかかっている。中産階級から貧困層に転落した人々が、金持ちを憎む傾向が増している。トランプを支持する人々と、トランプを敵視する人々の対立も激しくなっている。これらが意図的な謀略の結果であるなら、その謀略の目的は、米国を失敗国家の状態に陥らせ、米国を覇権から切り離すことにある。今はまだ妄想と笑われるだろうが、いずれ米国の金融が再破綻すると、米国のリビア化が現実味を帯びる。 (The Number Of Americans Living In Their Vehicles "Explodes" As The Middle Class Collapses) (Researchers Warn Income Inequality In US Getting Worse, It Was "Intentional")
今後、米国(と日本)の金融バブルの崩壊は不可避だが、その後、米国の国家的なちからがどこまで落ちるかによって、日本が対米従属を続けられるかどうかも変わってくる。米国が軟着陸的に覇権縮小していくなら、米国は引き続き太平洋地域の覇権国として残り、いずれTPPにも再加盟し、日本が対米従属を続けられる可能性が強くなる。
半面、米国が内戦になって「失敗国家」に成り下がる場合、米国は外交どころでなくなり、日本は対米従属できなくなる。この場合、日本は、豪州や東南アジアの海洋側の諸国、カナダなど米州の太平洋諸国との連携(日豪亜同盟)が、外交戦略の基盤となる。この領域は、現在の米国抜きのTPPと同じであり、その意味でTPPが日本にとって重要な存在だ。日豪亜やTPPは従来「中国包囲網」として語られてきたが、今後、米国覇権が失われると、もう米国覇権の維持のために中国敵視が必要だという軍産の論理も消失し、日本や豪州は中国を敵視する必要がなくなり、日豪亜やTPPは中国とも協調するようになる。すでに安倍晋三は、その手の親中国的なことを何度も表明している。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本)
米国が地域覇権国として軟着陸したとしても、その前に起きる金融バブル崩壊によって、米国も日本も財政難がひどくなり、日本は思いやり予算を出せなくなるし、米国も海外派兵を続ける余力がなくなる。在日米軍は、2020-25年の金融危機後、大幅縮小もしくは総撤退する可能性が高い。