人は見かけによらぬもの

昨年の7月から現在のビルに来て働くようになった。１フロアが２５０坪あり、結構大きいビルである。8階まであり1階にタバコとジュ－スの自動販売機がならんでいる。時折、買いに降りてきた時に、自動販売機のガラスを拭いてたり、タバコの詰め替えをしている管理人のお爺さんと会うので、販売機の売れ行きだとか、お爺さんの息子さんも管理人をしているが良く働いてくれるというような他愛のない話題を９ケ月近くしてきた。

お爺さんは自分と話をしている時はなんとなく話好きに見えるし、いつも穏やかな口調であるが、他の人と話をしているのは見たことがない。時折は、管理人室は狭いから上に寝る所があるので一緒に来てくつろぎませんかという誘いも受けるのだが、一度もお爺さんの部屋に行った事がなかった。昨日は、自動販売機のタバコを取り出している時に、横の管理人室の扉が突然開いて、お爺さんから声を掛けてきた。こちらも、いつも仕事が大変ですねと言うと、まあ住み込んでいるから通勤しなくて住むのが助かるという。はたと思いついて、ずっと気になっていたことを管理人さんに聞いてみた。このビルは新しく見えるけど、いつ頃建設されたものですかと聞くと、確か平成4年だったと思うよと答えてくれた。このビルの名前はＮＳビルと付いてるので、日本生命が所有するビルですよねと言ったみた。

Ｎは日本生命ですか...とお爺さんがつぶやいた。長く管理人さんをしていると、色んな事を知っているはずだという思い込みもあり、これぐらいのビルなら当時は幾らくらい建設費用が掛かったのですかねと質問をしてみた。いきなり”45億円だったよ、銀行から自分で借りたけど、なんとかテナントが続いているので、安心してると言い切った。エッ？”すみません、ひょっとして、まさか...このビルのオ－ナ－じゃないですよね？と聞くと、私のビルなんですという。運営を不動産さんに任しているんです。私と息子はこのビルの9階に住んでいますと言う。

ずっと管理人だと思っていたお爺さんがこのビルのオ－ナ－...？。このビルは8階建てじゃなかったの...？このビルの横から自分のマンションのエレベ－タがあるんですが、どこからも見えないので、このビルで働いている人は9階があることを知らない人が多いんですよとお爺さんが言う。事務所の入口にある複数台のエレベ－タは8階までしか表示がないし、ビルの下から上を見ても8階にしか見えない。たまには、上まで来て一緒にお茶でも飲みませんかと言われても、唖然とした気持ちの方が強くて、また次にしますと言ってエレベ－タに乗ったが、ほんとに人は見かけによらない。まあ、普通に応対してきて良かったという気持ちである。ＮＳビルのＮはお爺さんの胸の名札にある長堀さんのアルファベットだった。