今夜も一杯 ! ヒロシのブログ

電子書籍で「新サラリ-マンの法則」 「笑いの宝庫」を出版しました。

推薦図書 サラリ-マンの法則

2010-04-30 05:25:35 | 今年の目標
銀行情報や証券情報を扱っている金融関係の雑誌、月刊金融ジャーナル4月号の記事で推薦図書というコ-ナ-に拙著の「サラリ-マンの法則」を選んでくれた人がいた。”新入社員の会社入門書”というタイトルになっている。まさに、感謝でありがたい事である。こういう本は、まず現役のサラリ-マンは書かないというより書けないものである。リタイヤしたから書けるかと言えば、日毎に仕事を忘れ、辛かった人間関係も美化しがちなので、さらに書くのは難しい。
推薦者の方には会ったことがないが、賛辞を読むと、書いた人の気持ちを代弁してくれているようで嬉しいものである。

懐かしい人

2010-04-19 05:47:16 |  人の縁は不思議
電話に出たら、「私はSと申します。実は....」という仕事に関係する一般的な問い合わせの内容だった。こちらも名乗らないで、しばらく話をするうちに、相手から「ひょっとして、昔どこそこの会社に居たMさんですか?」という突然の質問にビックリした。こちらも相手の声で瞬時に思い出した「どこそこにいたSさんですか?」とオウム返し的な質問をした。

まさに奇遇である、というより15年くらい前に3ケ月だけ営業の仕事を一緒にする機会があり、その後お互いに音信不通だった。当時S氏が所属していた会社を2度程訪れた事がある。ヨ-ロッパに本社がある日本法人だった。社長は外国人だが、名前が同じMで始まるイニシャルだったので、なんとなく気があった。何度か訪問している時に、M社長が日本は始めて着任する国ので日本の営業のやり方よく分かりません。「自分がヨ-ロッパ人で日本で仕事をする為には、色んな日本的な障壁が多いのでビジネスがうまく行きません。お役所に行っても、どうすれば良いのか誰も教えてくれません。日本で外国人がビジネスを円滑に出来るように障壁を取り払うためには、誰にお願いすれば一番良いですか?」という質問をしたので、「本当に日本で仕事をはじめたいなら、総理大臣を表敬訪問をして、ビジネス障壁を緩和して貰うようにお願いするしかないですよ。」と何も考えないで気楽な回答した記憶がある。

それから、半年後くらいに、M社長から電話があった。「アドバイス通り、総理大臣に直接会ってお願いしてみたら障壁を下げてくれてうまく行きました。ありがとうございました」と言うので、腰が抜けるくらい驚いた事を思い出した。



認知症

2010-04-18 06:56:53 | 気がついたこと
先日、テレビ番組で認知症の人のケア状態を放映していているのを見て、気が付いた事がある。使わない機能は衰えるのは、筋肉でも脳でも同じではないかという事である。

足腰が弱ると出歩くのが大変である。まして老齢化すると、第三者との会話が少なくなり、家族だけとの会話になるので同じ話題しか出てこないので話が広がらない。脳が活性化することがなくなるのでは無いかという疑問である。

若くて元気な時は行動力があり、行動範囲が広がるために仕事や恋愛での悩みやストレスが多い、ある意味常に脳が活性化している。しかし、年を取ると、病気の不安か若い時の思い出程度しか考える事がなくなる。昔のような大家族制から核家族化が定着した現代では、若い人と同居をしている老人は少ない。つまり異なった世代との会話がないので脳の刺激が減ってしまう。

昔、海外で生活をしている時に、日本語を話す機会が減って行き、最後は日本語そのものを忘れ始めた時は焦ったことを思いだした。日本語が出てこないのである。手紙を書くときに漢字は忘れていないのに、日常会話での言葉がでなくなる。日本語をつかさどる脳を使わないためである事には間違いなかった。

(続)大阪の営業立ち上げ

2010-04-15 05:42:45 | 気がついたこと
振り返ると3月末からの3週間は大阪での営業立ち上げの仕事を通じてネバ-ギブアップという言葉の大事さを今回10年ぶりくらいに思い知った。どんな状況下でも諦めさえしなければ、不思議と立ち上がり回り始めるものである。つねに不安要素はあるが諦めた瞬間に、努力しなくなるという事は人世経験からも理解している。勝てるか負けてしまうかという瀬戸際の場合、諦めない限り負けはない。睡眠不足と超多忙生活の連続の結果、体重が4kg近く減少したが、メタボが解消したのが儲けものである。

仕事でも同じである。絶対に成功させようと思う気持ちが続く限り、緊張は続くが最後はうまく行くものである。上手く行かない場合、弱い気持ちや重圧から逃げたい気分があるからうまく行かないだけである。


”なせばなる なさねばならぬ何事も ならぬは人の なさぬなりけり”とは上杉鷹山の言葉として有名だが、意志力の大事さを今回は改めて思い知った。

グランドキャバレ- 

2010-04-11 12:48:27 | Weblog
先週は大阪での事業立ち上げの第一段階の区切りを記念して、大阪在住の70歳になる先輩が立ち上げメンバ-である我々3人を連れて京橋にあるお店に連れて行ってくれた。お店は2階にあり、1階からエレベ-タを利用してお店に入るのだが、既にエレベ-タの色がピンク色。まるで、六本木の金魚の入り口と同じ雰囲気である。

中に入ると、3百人程度が入る大きな円錐状のホ-ルと客席で、中央部が底部分でステ-ジがある。昔懐かしいグランドキャバレ-そのもので、天井から吊り下げられたシャンデリアや建物のインテリアが古くてタイムスリップしたような雰囲気だった。

場内の席数に比例してコンパニオンが300名もいるとの先輩の話だが、訪れた時は100名前後の客で閑散としていた。残念ながら、コンパニオンの年齢だけはタイムスリップをしていなくて、ロストワ-ルド状態。

どう見てもコンパニオンの平均年齢は60歳以下ということはありえない。10人近くのコンパニオン(お婆ちゃん)が我々のテ-ブルに出入りしたが、65歳前後。そばで見ると化粧も部分的に取れていて肝試し大会で見る恐怖の化粧ばかりである。遠くの後ろの席や、隣のテ-ブルに付いているコンパニオンを見ると70歳近くの女性も多い。悪く言えば、女性専用の老人ホ-ムの介護に来ている客のようなものである。一度座ると、席を立つときに客の介添えがないと立てないコンパニオンも多いのには驚かされた。これで金を取るのはどう見ても納得できない。

来ている客も、60歳以下は皆無である。ほとんどがそれ以上の年齢で80歳近い客もいる。キャバレ-だとは信じれない光景である。しかし、まだグランドキャバレ-が大阪にも残っていたというのは懐かしかった。最近のテレビでもグランドキャバレ-の風景を撮るときに、この店が使われることも多いと先輩の話だが、希少価値のお店であることには間違いない。
出来れば40年前か30年前に来たかったというのが本音である。







大阪の営業立ち上げ

2010-04-04 05:18:47 |  人の縁は不思議
日頃は5時間程度の就寝で充分だが、この数日間は寝不足と疲労のせいで昨夜は、数年振りに10時間も就寝できた。営業立ち上げのために大阪に入り、3月30日から昨日まで4日間の総睡眠時間が10時間程度だったので、泥の様な眠りについたというのが本音である。

大阪という土地感のない場所での営業立ち上げは苦労する。不足物が出ても、どこに行けば手に入るのか、どこに連絡すればすぐ持ってきてくれるのかわからないことばかりである。

4月1日に3箇所同時オ-プンした駐車場運営の立ち上げは、戦争状態である。以前の管理者からの引継ぎ、新規雇用した人が十分な人数でない上、初心者も多い不安を抱えたままオ-プンしたところ、余りにも過激な労働に、募集した人が僅か数時間で辞めて行くうえ、熟練者も疲れが出始め、1日の夜は殺気立ち、誰もが不満を爆発させる。最悪なのは、オ-プンした翌日の金曜日は、少ない対応人員の所に金曜日という一番客が多い日だったので、さらに最悪である。熟練者は二日連続の14時間労働となり、疲労はピ-クである。

土曜日、日曜日は客が少ないと聞いていたので、昨日は幸い中の幸いでなんとか乗り切れたし、本日も少ないと予想されるので新規採用の面接も出来る。

明日以降の対応も何とか出来れば、戦争状態から平和状態に移行できる。

今回で勉強になったのは、まず使う側と使われる側の人が数多くいればなんとかなるという事である。リ-ダ-経験者は有効であり、年寄りでも、無駄な動きをしないので、役に立つ。
4月1日の午前7時にオ-プンする数時間前の午前1時前になって、釣銭の準備ができていないことがわかった。その前に釣銭を準備する資金約100万円の調達を忘れていたうえに、小銭に変える作業も忘れていた。小銭は10円、50円、100円、500円、1000円の金種で3ケ所の駐車場で約100万円近い金額に替えなくてはいけない。深夜なので資金の調達は銀行では無理である。もし調達できても小銭を作るためにコンビニがあっても両替はしてくれない。絶対絶命の状況でも、70歳過ぎのお年寄りのスタッフ5人の知恵と行動力には脱帽した。集まった5人の電話による資金集め作業と小銭調達のエネルギッシュな行動でわずか4時間程度ですべて調達できた。まさに奇跡のオ-プンである。