今夜も一杯 ! ヒロシのブログ

電子書籍で「新サラリ-マンの法則」 「笑いの宝庫」を出版しました。

聖徳太子なみ

2010-03-28 06:38:05 | Weblog
聖徳太子は一度に七人の言うことを聞き分けたという伝説を子供の頃に本で読んだ事がある。まるで神業で、決してありえないことだと思っていた。しかし、3月に入り自分の数週間の生活を考えると、1度に7人くらいの言う事を聞き分けるというのは、普通の人だと思えるようになった。

忙中閑あり

2010-03-24 07:39:23 | 気がついたこと
忙しい中、昨夜は久しぶりに知人とお酒を飲んだ。スタ-ト時間が遅かったのだが、お互いの近況を酒の肴にして、うまい酒が飲めた。忙中閑ありで、たまの息抜きに、親しい友とゆっくり話をするのも良いものである。あと数日で3月も終了する。1日が過ぎるのが、あまりにも早すぎると感じるのは良いことなのか、忙しさに追いまくられているのか......。

東奔西走 

2010-03-22 07:30:12 | Weblog
この3週間は、二日間大阪にいて、1日東京、二日間青森というパタ-ンだった。この3週間で70人近くの人に会って、じっくり話をした結果。自分なりの地域像というものがボンヤリ形成された感じがする。

大阪人と話をすると、若い人は常に生きがいよりお金や名声に執着しているのを思い知らされるし、青森に行くと、若い人でもお金や名声より、生きがいや人生をエンジョイする方を優先しているように思える。これが、60を過ぎた人になると、どうも若い人と逆の考えになるようである。大阪人はお金や名声より、生きがいやボランティアの方が強い人が増えるし、青森は人生をエンジョイするよりお金に執着する気持ちが強くなるように思える。

人我を思う故(ゆえ)に我あり

2010-03-21 08:04:30 | 気がついたこと
有名な哲学者デカルトの、更に有名な言葉が”我思う、故に我あり”である。本来の意味は、自分はなぜ存在するのかと考える事自体が自分が存在する唯一の証明であるという事だが、本来、自分の存在は他人が証明するものである。もし透明人間なら、誰の目にも見えないし、おとなしい人が集団の中にいれば目立たない存在である。誰かが、自分の事を思っていてくれて、始めて自分の存在というものが証明される。

米国生活で最初の戸惑いを感じたのは、パ-ティに参加するとジョ-クを言ったり、大声で笑うとか、とにかく自己の存在感をエネルギッシュに発揮するそのパワ-である。話題を問わず、男性女性に拘わらず、とにかく自分のプレゼンテ-ションを常に周囲の他人にPRする。日本人的なシャイ(恥ずかしがりや)や、慎ましいとか控えめという価値観が存在しないことに驚かされた。

タバコと肺ガン

2010-03-20 05:34:10 | 気がついたこと
昨夜は久しぶりに「タバコを吸っていると肺ガンで早死にしますよ」と注意してくれた人と出あった。このブログでも何度も書いているように、自動車産業を守るためにタバコは極めて有害であるというCMに騙されている人がいるのに愕然とした。しかし、注意してくれた人も、悪戯がないので、別の説明をした。

ダバコと同じように植物の葉を加工して燃焼させるものとして、蚊取り線香や仏壇に供える線香がある。更には古くからある習慣として、部屋で焚くお香もすべて植物成分の商品である。
線香に火を付けて、その煙の前で朝から夕方まで仕事をしている代表的な商売は、お寺の坊さんである。若い時から坊さんの修行をしている人なら、タバコの害で云う副流煙としての線香を朝から夜まで吸っているわけだから、肺ガンで早死にするのが当然だと言うことになる。分煙か禁煙運動をお寺で進めないと理屈が合わない。ましてタバコの害だけを真面目に信じている人がいるなら、健康のために他人の葬儀なんて参加しない方が良い事だし、仏壇屋で線香を買う人がいれば、TASPOと同じように20歳以下の人には販売せず、身分証明がなければ買えないようにすべきだと思う。



商魂逞しい パチンコ屋の看板

2010-03-04 05:48:11 | 気がついたこと
どこのJRの駅の駅前でもパチンコ屋の1軒や2軒は少なくともある。いつも、感心するのは商魂逞しい営業努力である。呼び込みから、入り口には白い手袋をした若い女性が「いらっしゃいませ」と、うやうやしく来場者に挨拶をしている店もある。思わず、そんな仕事をしないで、もっとまともな仕事をすればと言いたくなるが、小さな親切大きなお世話だと思い声をかけたことはない。

パチンコ屋の看板で一番目につくのが、何々の日というものである。まず、「ゾロ目の日」である。1月1日、2月2日、3月3日と1年間で12回はある。次が「~が付く日」であり、多いのが、1日(1の付く日)。これなら1ケ月で、1日、11日、21日、31日と4回ある。次が5が付く日で5日、15日、25日と3回、ラッキ-セブンの「7が付く日」もある。これも月3回はある。さらに、「2の付く日」はファイヤ-デ-というよく意味が判らない日もあるし、「3の付く日」は全国でも定番であり、さらには「4の付く日」はヨン様デ-。「8の付く日」はAMデ-、「9の付く日」はバラエティデ-だとか、出球無制限デ-というのもある。ここまでくると、何もイベントがない普通の日があるのかどうか疑わしくなる。

風邪を治す方法

2010-03-02 05:19:50 | 気がついたこと
先週の木曜日の夜から、少し寒気がしていた。金曜日は寒さと雨の中、昼間は外出していて夜には、鼻声となり、喉も少しひりひり。土曜日になると、少し熱っぽくなり、完全に風邪の初期症状。結局、日曜日はサウナに行った。何度かブログにも書いてきたが、サウナに行く目的は汗を掻くことではない。体に入った風邪のウィルスを殺す殺菌目的である。

むかし日本から南回りの飛行機で中近東に行ったときに前々日から夏風邪を引き微熱が続いてた。成田から香港。バンコク、インドのデリ-、パキスタンのカラチ空港と次々と乗り継ぎ約20時間近くの飛行機旅行の機内にいても熱で結構苦しかった。しかしクェ-ト空港に着陸し空港にある温度計をみると外気温が47度。実に体温より10度以上高い。外気温が高いので風邪の熱が全然感じない。サウナの感覚とはまた違う暑さである。サウナなら熱くなれば、外へ出ればよいのだが、逃げる場所がないのである。これだけ熱いと、空気中に飛び出たウィルスや細菌は生きることができず死滅してしまう。だから熱い中東では風邪を引くこともなければ、風土病も流行しない、というより空気感染で生きるウィルスが生きられないという事を体感した。

人間の体温は平常時で36度前後である。人の細胞が死滅する温度が約42度。風邪で高熱が出ると子供なら脳の炎症を起こし、ひきつけや脳の炎症を起こすのは当然である。一方、風邪のウィルスが死ぬ温度は40度。つまり、サウナで大きく口からゆっくり息を吐き出し、一旦呼吸を止めてから鼻からゆっくり熱い空気を吸い込む。何度か繰り返すと、肺の奥まで熱い空気が入っていく。これがサウナに行く目的である。熱い風呂に入って風邪を治そうと思っても、体力が落ちるだけで風邪の菌は死なない。少しでも菌を殺せば、体が楽になる。そのまま寝れば、最後は自分の治癒力で風邪は治るものである.....と格好よく締めくくりたいが、月曜日はまだ少し熱が残っていた。

何もしない贅沢な時間....

2010-03-01 05:12:26 | 気がついたこと
何もしない贅沢な時間・・・
源泉と離れのお宿 
伊豆唯一、硫黄の香る自家源泉を持つお宿


駅のホ-ムの壁に”何もしない贅沢な時間...”という温泉の広告を見つけたが、この言葉の意味に疑問が湧いた。いったい、何もしないのが贅沢な時間なら、何もすることがない人々も贅沢な時間を過ごしているのか?という単純な疑問である。日本語とすれば同じようなニュアンスである。

外国のユ-モアにこういうものがある。日頃ビジネスで忙しい紳士がたまたまバカンスを取って、南太平洋のノンビリした海辺で寝そべっていると、隣にはいかにも貧しく乞食風の男性が長いすで寝そべっている。時折横を通過する人にお金を恵んで下さいと物乞いをしている。それを見ていたお金持ちが乞食に注意するユ-モアである。

金持ち:なぜ真面目に働かないんだ。働けば乞食みたいな生活から抜け出せるのに!
乞食: 働けば何か良い事があるんですか?旦那。
金持ち;働けば大きな家も手に入るし、高級車にも乗れるぞ!
乞食;ただそれだけですか?

金持ち:もっと働けば俺みたいに1ケ月も休暇を取ってこんな自然の楽園で毎日長いすで寝そべっているリッチな生活が手に入るんだぞ。
乞食:旦那、俺は働かなくても、すでに毎日この長いすで寝そべってリッチな生活をしていますだ。
金持ち:......。