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オーロラ特急    ノスタルジック旅日記 

旅好き、歴史好き、鉄道好き、クルマ好き、カメラ好きの団塊ボーイが社会科見学的な旅を続けます。

松戸の旅 最後の水戸藩主「万博殿様」徳川昭武の戸定邸

2018年05月17日 | 千葉
松戸駅西口歩行者デッキ下のロータリー松戸駅東口
イトーヨーカドー
聖徳大学。松戸駅は東口・西口両方に歩行者デッキがあり駅前の景色が似ています。東口から徒歩10分ほどの千葉大学園芸学部前交差点戸定邸前のみその坂戸定邸前の石段
戸定邸は最後の水戸藩主、15代将軍徳川慶喜の実弟、徳川昭武が明治中期につくった松戸別邸です。私は仕事で松戸へは何度も来て戸定邸の存在は知っていましたが、何なのかは知りませんでした。今回は徳川昭武の戸定邸を初訪問しました。与謝野晶子歌碑松戸市戸定歴史館戸定邸玄関徳川慶喜は晩年東京に住んでいた頃は何度も戸定邸を訪問しています。慶喜から昭武への「二日二晩にて参る差し支えなきや返事待つ」という電報文昭武がデザインした庭園ダンボール製の徳川慶喜の甲冑関東富士見百景。現在は屋敷内から富士山は見えませんが、庭に出ると見えるそうです。江戸川・隅田川の流域一帯を見渡し遠く富士山を望める絶景の高台です。景色はいいし、東京にも水戸にも近い。立地は最高ですね。御居間奥座敷
中座敷中庭内藏
不老門
千葉大学園芸学部との境目。昔の戸定邸の大部分は千葉大学のキャンパスになっています。徳川昭武は庭園づくりに大変熱心でした。園芸学部になったのは本人も納得ではないでしょうか。戸定歴史館旧伊勢丹松戸店。2018年3月に閉店しました。高い建物は松戸市文化ホール

最後の水戸藩主・徳川昭武が松戸に屋敷をつくったのはグッドアイデアですね。立地がすばらしい。松戸市はもっと戸定邸の存在をアピールしていいと思います。正直、戸定邸という名前では市外の人にはピンとこない。戸定とは屋敷のある土地の旧地名だそうです。
松戸市というとイコール競輪あるいは風俗というイメージで、私はあまりよいイメージをもってこなかったが、千葉大学園芸学部、聖徳大学、日本大学歯学部などの歴史ある大学があり、順天堂大学の天野篤先生が若い頃勤務していた新東京病院、千葉県で有数の民間病院・千葉西病院などの医療機関も充実し、もっとイメージがアップしてもよいと感じます。


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