ありゃりゃサンポ

近現代の建築と一日八千歩の散歩の忘備録。美味しいご飯と音楽と。
東京都全域を徒歩で塗り潰す計画進行中。

スーパームーン

2015年09月29日 | 日記B

「今夜はスーパームーン」という一言がスマホの画面に出てきたので、ベランダに出て見たらちょうど東側のマンションの上に黄色い月が顔を出したところでした。

いつもより14%大きい月を珍しがって見るようになったのはいったいいつからか。検索してみたけどこのブログでもそんな言葉使ったことはなかった。
ということで「ありゃりゃゴルフ」では2015年がスーパームーン元年です。


がんばってみましたがRX100ではこれくらいが限界です。望遠3倍+手持ちですもの。
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ラッコズ ニューヨークスタイルピザ@王子

2015年09月28日 | 食べ物のはなし
JR王子駅から徒歩2分、武蔵野台地の崖下にあるラッコズ ニューヨークスタイルピザ。先日の散歩の途中、ここでお昼を食べました。

「ニューヨークスタイル」という響きに興味を惹かれました。それからピッツァではなくピザという発音にも。


こちらがそのニューヨークスタイル・ピザ。

サイズはMサイズ、Lサイズがあるのですが、どちらも二人でも食べられそうにない気がしたのでLサイズを8等分にカットした「スライス」という単位で注文。
お皿に乗っているのがそのスライスという大きさです。二人で食べることを見越して更に中央で二つにカットしてくれています。

生地を生から焼くのではなく予め何も乗せないで焼いておいたホールの生地をカットして、その上に具材やチーズをのせてもう一度焼き上げるように見えました。(スライスの場合)
その方式のおかげで、それほど大きくないスライスで多くの種類の具材で楽しむことができます。
今回は、マルゲリータ(すべてのピザの基本)、シーフード、ミートラバーズ(肉類いろいろ)、メキシカン(ピリ辛)の4種。
Lサイズの1/8を更に半分に切った物を4ピース食べたので結局Lサイズの1/4を食べた計算ですが充分満腹になりました。どれもとても美味しくて満足しました。

生地は本格的なナポリピザほど薄くなく、かといってふかふかでもなく。2度焼き直するせいか水分がかなり少なくなっていてスナック的なサクサク感が特徴的です。
周囲の額縁の部分はバゲットの様な食感。ニューヨークスタイルってこんな感じなのかな。そういえば焼いている人は外国人の方でした。


ヤマザキマリのイタリアご飯マンガによると、アメリカのピザは移住したシチリアの人達が広めたもので、こちらは貧しいシチリア人の腹持ちがいいように厚い生地だったと。
私が初めて食べたピザは「シェーキーズ(1973年にアメリカから日本に進出)」ですが、それほどふかふかの生地ではなかったですね。たぶん今でも。
でも宅配のピザはけっこう分厚い奴でした。こっちがシチリア→アメリカ→日本と伝わって来たんでしょう。
最近では中央部分までぶ厚い生地のピザはほとんど見なくなりました。圧倒的にナポリ風ピザ優勢のようです。まあいずれにしてもピザは美味いということで。

本当は正確に「ピッツァ」と書いた方がいいのかも知れません。でも自分が「ピッツァ食べに行かない?」と言っているところを想像するとやっぱり少しキザな気がしてしまいます。
皆さんは日本での日常会話で「ピッツァ」って単語、さらっと使えるでしょうか。
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みらいとてらす‐秋を彩る九段の光‐

2015年09月27日 | TOKIO散歩
靖国神社が戦後70年を記念して行っている夜間参拝に行ってきました。
お目当てはプロジェクションマッピングでしたが、境内全体を使っていろいろなライトアップとイベントがあって予想以上に楽しんできました。


九段下駅出口に近い第一鳥居前で地面を使った一つ目のプロジェクションマッピング。


鳥居をくぐって進むと銅像前の広場が紫のライティング。土曜の朝の読売新聞に記事が出ていたので混雑を心配しましたがそれほどでもなかったです。


第二鳥居の前にはオリンピックおじさんが来ていました。写真撮らせて下さいと頼むと鳥居と門をバックにとカメラの向きを指定してこのポーズ。


遊就館の外壁を使ったプロジェクションマッピング。


もう1枚。


境内奥の神池もライトアップ。ライティングを使ってひと足早い秋の紅葉を作り出していました。


池の奥にステージを作って琴と尺八のアンサンブル。演目はポニョとかハウルとか。


拝殿と本殿の間に置かれた照明装置が天に向かって二筋の光を放ちます。1枚目2枚目の写真にも光が写っています。


神門の前に一列に並んで掲げられた提灯。




阿波踊りの奉納が行われているのでした。

夜間参拝は9月25日~27日の三日間。今日までやっています。今日は5時半から手筒花火も見られるようです。
いつもと違うファンタジックな演出の中で感謝を込めて平和を祈るのもよろしいかと。


見終わった後は九段下の鳥料理屋さんで濃厚な水炊きのスープで煮込んだ「炊き餃子」など。
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王子散歩 武蔵野台地の北東の端っこ

2015年09月26日 | TOKIO散歩
連休最終日、二人とも五日間で1kg増えてしまったた体重を減らしておこうと休日散歩。新板橋から石神井川に向かって坂を下り、いつもの川沿いコースで王子方面へ。

石神井川の終着点付近は親水公園になっています。実際はこの少し手前で石神井川は飛鳥山公園の地下を潜ってまっすぐ隅田川に注がれています。
ここはそれ以前に石神井川だったところにポンプで水をあげて遊べるようになっています。かつての峡谷の雰囲気は残っていますね。春は桜もきれいな場所。


ここにへ至る地名が「滝野川」です。石神井川に繋がる峡谷にいくつもの滝があって江戸時代の観光名所でした。上の絵は広重の名所江戸百景「第49景 王子不動之滝」。


武蔵野台地は青梅辺りを発端に北は荒川、南は多摩川に挟まれた東京そのものとも言えそうなローム層を主体とする台地。その東側の終端の一部を歩いてみました。
この場所は右が飛鳥山、歌えるスナックまち子の先の金網のフェンスがもうJRの線路です。


上野まで続く崖線とJRのたくさんの線路に挟まれた地域。普段の生活ではかなり行動を制限されるんだろうな。


国立印刷局滝野川工場の少し手前で線路脇の道は途絶えて、飛鳥山を回り込むように台地の上に上がらされます。


地名は滝野川から西ヶ原に。それでも信号は「滝野川」で「滝野川警察」「滝野川体育館」が並びます。こちらは七社神社の縁日。拾い玉は即!退場だ


都電の飛鳥山から4駅乗って庚申塚まで。ホームにいる人が載りきれないほどの満員でした。


地形図で見るとこんな感じ。茶色の台地がスパッと切れています。かつて暴れ川だった荒川水系が何万年もかけて大地を削り取った名残り。
皇居あたりは江戸時代まで海辺でした。
白:自宅周辺(板橋駅)
黄:歌えるスナックまち子(王子駅)
赤:台地に登る坂道の入り口
青:庚申塚駅(巣鴨地蔵商店街)

たくさん写真を撮りながら台地の崖っぷち散歩、楽しかったです。

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パインズ日光ゴルフ倶楽部&石庭温泉ホテル 2015秋 

2015年09月23日 | ラウンドB

スペーシアに乗って秋ゴルフ。先日の台風の影響で線路が崩れて不通になっていたりゴルフ場も被害があったり、直前まで実現可能か分からずやきもきしました。
往きの車窓からも修復工事中の場所をいくつも見ました。黄金色に輝く田んぼの風景を写真に撮ってLINEに上げましたがその直後に稲がほとんど倒れている田んぼを見たり。
私たちがのんきに遊んでいる裏で被害と戦っている人のことを思います。私たちがのんきに遊ぶことで落ちるお金が地元の役に立ちますように。


一番ひどかったのがアウトコース5番当たりの崩落。地中に埋められていた大きな配管がむき出しになっていました。


バンカーはほとんど砂が全部流れてしまって打てませんでした。


そういう部分さえ除けばコースはとても快適でした。こちらは私たちを毎度苦しめる9番「馬の背」。白ティで439ヤードの長いミドル。
一打目で250ヤード打てる人にはどうってことないホールですが、私のように平均180以下。ベストで220くらいの人には2打目がきっついです。

昨年は二日とも撃沈でした。今年は、一日目はティショットがチョロって160くらい。これだと2打で谷を越えるには2打目キャリーで200必要なので絶対無理。
仕方ないのでウエッジで50ヤードだけレイアップして3打目にかけようとしたらその2打目で谷底に行ってしまいました。
2日目は一打目200以上飛んで3本杉の右に。2打目スプーンでようやく谷声を果たしました。ちょっと右のカード道に行っちゃったけど。

その図解。こうやって上から見るとホントにここイヤ。でもここが楽しみでもあるのでした。


旗の上には赤とんぼ。


石亭のベランダから見るゴルフ場。池袋から乗り換えなしで行けて(電車賃安い)駅から車で10分で、ホテルはバブルの遺跡でも晩飯はまずまずの温泉宿ご飯で。
電車でお泊りゴルフで考えると、今の私たちには一番条件がよいコースかも知れません。
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下今市の天然かき氷

2015年09月22日 | 食べ物のはなし

日光パインズでお泊まり2ラウンドゴルフ終了。
後で記事にもするけどいいお天気で久しぶりのゴルフ楽しみました。

クラブバスで下今市まで送られて、ここで電車を1時間待ち。

何もない駅前で唯一営業していた「やきそばと天然氷の店」で時間つぶしです。
天然氷初めて食べましたがふわふわで美味しいね。
でもこんなにたくさんはいらないけど。


私はビールと焼きそばで。
外のテーブルとベンチで駅とタクシーとバスでを眺めながらのんびり。
氷も天然でしたがお店のおばちゃんも輪をかけて天然で面白かった。


今はこの車内で池袋に向かってます。あと一時間くらいかな。
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世田谷区野沢界隈

2015年09月21日 | TOKIO散歩

野沢龍雲時山門。昭和40年に建てられた鉄筋コンクリートの山門と奥に本堂。小学校時代の私のメインの遊び場でした。
朝6時と夕方の6時に今でも鐘をつくのですが、一時期、朝の鐘は小学生の私がつかせてもらっていました。ほぼ毎朝。何が私にそこまでさせたかの記憶はないです。
本堂の裏のコンクリートの土台の上でみんなでローラースケートをしたり、大きな銀杏の木に登ったり、生っている柘榴をとって食べたり。思い出がいっぱい。


龍雲寺と道を挟んだ向かいにある中丸小学校。私の頃は木造でした。左手の体育館は昭和45年当時からあります。2階の体育館の下のプールが陽が当たらなくて寒かった。


小学校のすぐ近く、住宅街の中にぽつんと1軒だけある花屋さん。前は工場だった場所をリノベーションしたらしいがとてもかっこいい花屋さん。

いつか母がここからいなくなり家を処分してしまえばもう来る用事もなくなってしまう場所です。まあまだかなり先のことになりそうですが。

8歳から25歳まで過ごした部屋。今は母の裁縫部屋。日当たり良すぎ。
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突撃!実家の朝ごはん

2015年09月20日 | 食べ物のはなし
三軒茶屋でKERA-Mapを観た帰り、実家に泊まることにしました。満員の埼京線に乗りたくなかったし、5連休の前夜だし、次の日にお墓参りもできるし。

でも一番の理由は、行けばきっと母が喜ぶだろうなと思ったから。
母は父が亡くなった後で、息子たちが泊まりに来た時用にとけっこういいお布団を新たに買っていたのです。でも全然使わせてなかった。
芝居の後、22時ちょっと前に行くと予想通りかなりはしゃいだ母がいました。ビールを飲んでお風呂入って、あーだこーだ言いながらハモネプを見て。
10歳から25歳まで過ごしたかつての私の部屋でRさんと布団を並べて寝ました。木造家屋独特の湿った匂いを嗅ぎながら。


そして翌朝。お隣の飼い猫(空ちゃん)の訪問がありました。長い紐で繋がっていてその範囲内で決行自由に動きます。自分の方を向いているスマホに興味津々なのか。


賑やかな食卓。突然の訪問にもかかわらず独居老人の家にこれだけの食材があることに驚かされます。
パンは昨年開店した近所のお気に入りのパン屋さんのもの。スイカは○○さんから。ぶどうは~~~。ハムは~~~。きゅうりは~~~。
ほとんどすべての食材に何かしらそれがある理由、選ばれた理由などのエピソードがあります。食材に対するこだわり半端なし。


コーヒーもやなか珈琲で豆で買ってきて電動ミルで挽いて入れていました。昔はそこまではしていなかった。今の方がいちいち手がかかっています。
ちなみに一人暮らしのせいかコーヒーサーバーが家になかった。2本の割り箸で橋を作るのは私のアイデア。


カメラを向ければすぐにふざけた顔でポーズをとる母。来ているTシャツは飛鳥で北海道へクルーズした時のアメニティだとか。


毎日、新聞の数独を解くのが楽しみなんだそうです。こうやって見るとさすがに手には染みがあって老人の手ですね。

朝食も私以上にもりもり食べていました。今週は英国ロイヤルオペラに二日間通っていたそうです。(火曜日にマクベスと木曜日にドン・ジョバンニ)
そんな母なんで急に思いついて実家に寄ろうとしても、けっこう外で遊んでいていない日の方が多かったりします。

朝食の後、お彼岸なので三茶まで戻ってお墓詣りに。いいお天気なのはよかったのですが、ちょっと外を歩くには暑くていやだと思ったのか母は参加せず。
「じゃあ、お父ちゃんによろしく言っておいてね~」と玄関で見送られました。自由だ。
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KERA・MAP#006『グッドバイ』

2015年09月19日 | 演劇・芝居

原作:太宰 治(「グッド・バイ」)
脚本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

出演:
仲村トオル、小池栄子
水野美紀、夏帆、門脇 麦、町田マリー、緒川たまき
萩原聖人、池谷のぶえ、野間口 徹、山崎 一

世田谷パブリックシアター



太宰治の未完の(というか殆ど書き出しと言ってもいいようなところで入水自殺してしまった)作品をケラリーノ・サンドロビッチが舞台化。
ストーリーは太宰の補完といよりほとんどケラのオリジナル。主演に昨年の青山円形劇場のファイナル公演に続いて仲村トオル。

強烈なビジュアルと、観客を翻弄する膨大な台詞で強い印象を与えるものの、きちんと筋書きを説明できない不条理劇が基本のケラ作品だが
今回は一変してストーリー性の高い昭和人情劇、というかほとんどラブコメ?
どんな観客でも楽しめるエンターテインメントな作品になっていました。

以下ネタバレあり。

戦後間もなく。表向きは文芸雑誌の編集長だが裏ではヤミ物資の取引で巨額の利益を得ている色男、田島周二。
妻子を岩手に疎開させている間に東京で数十人の愛人と付き合っている。
しかしそのような暮らしにも嫌気が差しはじめ、愛する娘と一緒に暮らすため、すべての愛人と別れて妻子を東京に呼びたいと考えている。
問題はどうやって多数の愛人ときれいに分かれるか。

そこで友人の作家(山崎 一)の提案。まず絶世の美女を見つける。その女(小池栄子)を言い含めて妻のふりをさせて、一緒に愛人を訪ねて回る。
愛人たちは余りに美しい妻の姿に自らの敗北を知り別れを受け入れる。もちろん充分な手切れ金は与える。というもの。
そうして見つけたのがヤミの担ぎ屋を生業としている絹子。強欲で下卑た性格。怪力の持ち主で一度に数人分の食事を平らげる大食漢だが
きちんと着飾れば所の美しさは比類なく。ただし声も言動も下衆の極みのために、作戦実行中は口はきいてはいけない決まり。

一人目は百貨店の中に入っている美容室の美容師8町田マリー)。妻と同伴で美容室を訪れ別れに成功する。・・・・・とここまでで原作はだいたい終わり。
これ以降はケラの作り出した愛人たちやその周辺の男たちが様々な人間模様を紡いでいく。

雑誌社の挿絵書きの女(夏帆)。その女のアパートに先ほどの美容師が住んでいて自殺騒ぎを起こしている。
田島周二が通う医者の女(緒川たまき)。その病院には自殺未遂の美容師も来ている。
一方田島に作戦を授けた友人の作家は田島の依頼で疎開先の妻子を訪ねた際に妻(水野美紀)と関係してしまう。呼び寄せようとした妻から田島に別れの手紙。
焼身の田島は暴漢に襲われて死亡。1年後、田島の愛人たちは元妻の招きで一堂に会して不埒であるが憎めない色男だった田島を偲ぶ。
しかし、実は田島は記憶をなくして生きていた。

すみません。ちゃんとしたストーリーがあっても説明しようとするとやっぱり不条理にしか見えないな。
まあいろいろあって最後は怪力大食漢美女の絹子と田島がめでたく結ばれるという、そういうお話です。
田島の娘だったり気のふれた親父だったりだいたいで占う占い師だったりで大活躍の池谷のぶえの怪演には本当に笑わされました。あー面白かった。


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放射25号 謎の三角地帯と日立ZW40

2015年09月18日 | 放射25号線
工事が進めば記録も進む。
放射25号カテゴリはコメントがつかないんで一見、不人気そうに思われますが実はページ単位での閲覧数はかなり多いんです。
なんせ、今Googleで「放射25号」で検索すると、東京都の公報より私のブログが先に来てしまうという。2年半飽きずに続けてきた結果です。


分断された旧道。フェンスの向こうに道の土台が出来上がっているのが見えます。
中央分離帯が左右にとおっていますのでこの先もこの場所で完成した25号線を渡って向こう側へ行くことはできません。


そもそも上の写真の中央分離帯の反対側はこれだけ道路面が下がっていますから横断歩道も作りようがないといったところ。

写真中央に停まっている小型のショベルカー、後ろ姿がなかなか格好いいですね。拡大して見ます。

いいケツしています。SFっぽい。サンダーバード2号のコンテナから出て来てもおかしくないデザインです。
日立建機のZW40 ミニホイールローダ。2008年発売。標準小売価格514万円。安いんだか高いんだか。
この情報は日立のプレスリリースで見ましたが、やっぱりプレス発表の写真も上の写真とほぼ同じ後ろ左からの写真。ケツに自信ありですね。


四角い土地に斜めの道路を作ったので余ってしまった三角の小さな土地。縁石で囲んでいますがこの先ここがどのような場所になるのかまったく不明。
将来への楽しみとして写真を残しておきます。
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35年目の「スラバヤ通りの妹へ」

2015年09月17日 | 音楽な話

8月のレベッカ復活ライブの興奮の余韻の中、持っていなかったNOKKO関連の音源を2枚ほど入手しました。

1枚がNOKKOのオールカバー・アルバム「KISS」。
フレンズやラズベリードリームのセルフカバーと「夜空ノムコウ」「中央線」「SOMEDAY」など他のアーティストの曲を歌ったもの。
長いブランクの後、再び音楽に向かい合おうとした2010年のアルバム。声の調子はまだ復活前ですが編曲もよくてなかなか聞けます。

もう1枚が10人の歌い手がユーミンの曲をカバーして1枚にまとめたコンピレーション「Dear Yuming」
これの1曲目でNOKKOがコバルトアワーをカバーしています。アルバムは1999年のもの。NOKKOもまだ30代半ばで声は艶っぽくアレンジも良いです。
他の人のカバーもとても恰好いいのでこれはお薦めの1枚です。椎名林檎の「陰りゆく部屋」の後半などちょっと鳥肌が立ちます。

このアルバムで一曲知らない曲がありました。それが大江千里がカバーした「スラバヤ通りの妹へ」。

この曲やこの曲が入ったミニアルバムのことは知っていました。学生時代から使っているギター用の弾き語り楽譜にも入っていますので。
ぶ厚い楽譜に入った100を越える曲の中で4曲だけ知らない曲があって、その4曲がおさめられているのが「水の中のAsiaへ」という
1981年春に発売されたミニアルバムでした。
ユーミンは好きでしたが全てを買っておこうというほどのファンでもなかったのでこのアルバムに関しては「特にいいかな」という感じでスルー。
30余年にわたって愛用してきた楽譜ですが、その4曲分のページだけはいたってきれいなままです。



で、今回初めて聞いた大江千里の歌う「スラバヤ通りの妹へ」。これが一度目からすごく気に入りました。
簡単なのに耳に残るメロディ、繰り返される「ラッサ・サーヤンゲー」というインドネシアの民謡の一節。
大江千里で何度も聞いて、これはやっぱり原曲を聞かないとということで発売から35年目にしてようやく買ったアルバム「水の中のAsiaへ」。
実に良かったです。まだ20代のユーミンの迸る天才。本当に長いことスルーしててもったいなかった。
でも、生きているうちにいいと思えたのでよしとしよう。

余談。

分厚いユーミン全曲集(ひこうき雲~パール・ピアスまでの全曲集)。昭和57年(1982年)の出版。
オケのフーコ先輩にプレゼントされたもののようです。確か何かのお手伝いを頼まれてそのお礼だったか。姉御っぽい素敵な先輩でした。

こんなことを思い出していたら、一度この楽譜をめいっぱい使って宴会がやりたくなってきました。
ユーミン中心だったらあなたとあなたは呼んだら来るよな。
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向こう岸の花

2015年09月16日 | 後楽園円月橋日記

去年の今頃は石橋の工事現場だったあたりにもにょきにょきと。一日15cmも成長するという彼岸花の茎。これで一昨日くらいに芽が出たってことか。


小蘆山の裾の大きなカヤの木の根元にも。後楽園の中でも彼岸花が見られる場所がどんどん増えているような気がします。


真上から見た彼岸花。ひとつの茎に6本の蕾がついていて、それぞれが6枚のリボン状の花弁を出しています。長い雄しべが6本。雌しべが1本。


10日前にも登場した案山子のジェイムズ再び。最も凶悪な顔をしていますが心は優しいはにかみ屋。10日で籾がずっと大きくなりました。稲刈りは10月7日です。



彼岸。向こう岸と言うイメージからなんとなく三途の川を渡った死後の世界かと思っていましたが、そうではなかったです。
「悟りに至るために越えるべき迷いや煩悩を川に例え(三途川とは無関係)、その向こう岸に涅槃があるとする。」とwikiには書いてありました。
「波羅蜜」(Pāramitā パーラミター)の意訳に由来するんだそうです。

法事でお坊さんに来てもらってお経を読んでもらうのに、ホントに仏教の事、なにひとつ知りませんね。
昔、信じるべき宗教を持たないことは不幸だと言われたことがありますが、少なくとも他人様に向かってお前は幸せだとか不幸だとかは言いたくないです。
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雨の新宿 BD-1 capreoのラストラン

2015年09月15日 | 自転車生活
久しぶりに晴れて気持ち良く自転車で会社に行った金曜日。でも帰りはちょっと悲惨なことに。

飯田橋から午後は自転車で渋谷へ。行きは久々の外苑の緑を楽しみながら。
3時間ほど渋谷で仕事して6時半ごろ帰ろうとしてビルの外に出たらなんと雨。
雨雲レーダーを見たら目黒世田谷渋谷のあたりだけに雨雲がある。

(1)渋谷に自転車を置いて帰るか、(2)雨が上がるのを待つか、(3)雨の中を板橋までがんばって走るか

悩んで結論は(3)。走っているうちに上がると予想。
代々木公園の裏の路を北に向かって走り出しました。

雨はそれほどひどくなくゆっくり走る分には問題はなかったです。
ただ途中からちょっとハンドルのガタつきが気になる。
元々そこが弱っていて買い替えを考えていた部分なんですが今日はちょっとひどいんじゃない。
新宿公園の裏手辺りで止まって見てみると、例の飛び出していたヒンジのピンがなくなっている。
そういえば途中で一度「パチン」と音がして、小さいものが体に当たったけどあれが抜けた瞬間だったのか。

(1)ぐらつくハンドルをだましだましして走り切る、(2)新宿駅まで押して行って電車で帰る、(3)自転車を畳んでタクシーで帰る

悩んで結論は(2)。

雨とハンドルの故障で心が折れそうです。
それでも幸いだったのは決断した場所が新宿駅からそれほど遠くなかったこと。歩いても10分で新宿駅南口に辿りつきました。
時刻は金曜の19時半。畳んだ自転車を持ち込むにはたぶん電車が混み過ぎている。
ここでもしばし悩みましたが、結局自転車は歩道に放置して自分だけ埼京線に乗って帰りました。いけないけどやむを得ない。

まあでも、これでBD-1とお別れする踏ん切りがつきました。もう一度和田サイクルまで行く気はないです。


で、翌日曜日に自転車を回収に新宿まで行って来ました。場所は南口のルミネとサザンテラスを結ぶ歩道橋のあたり。
畳んで置いて行ったのですが後から他の自転車ががんがん置かれたようで埋もれて姿がほとんど見えなくなっていました。

家に持って帰ってきたBD-1ですが、後はこのまま粗大ごみに出すだけです。
雨の新宿が「ラスト・ラン」になりました。

追加
会社の後輩がこれを修理して乗り続けてくれたという後日談はこちら
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高島屋タイムズスクエアの空中庭園から

2015年09月14日 | TOKIO散歩

土曜日のお昼に所用で新宿へ。夜はセッションで粗食になることが分かっていたのでお昼はきちんと食べておこうと高島屋に行きました。


14階のベルギー・ブラッセリ―でランチを食べたのですが、窓際の席から見える緑の濃さにちょっとびっくり。高島屋の上に庭園があるとは知らなんだ。


食事が終わってから庭園に出てみました。この小路があるのが13階。このワンフロア上がさっき外を見ていたブラッセリ―の窓です。
Rさんの前にそびえている高層ビルが新宿駅新南口ビル(仮称)。2年前、建築初期の頃に記事にしていますが、もうこんなに高いところまでできていました。


空中庭園の右の方にフェンス越しに外を眺められる場所がありました。さっき窓からの緑が濃く見えたのは庭園の緑がそのまま新宿御苑に繋がって見えたから。
右端の緑の中に千駄ヶ谷の体育館。1年前なら国立競技場がその向こうに見えたはず。
右が六本木方面、中央に赤坂プリンスの新しいビルが大きな姿を見せつつあります。その左が大手町方面。
画面の下、間近のビルとビルの隙間にグラウンドがあって人の姿が見えますが、私が高校生活3年間を過ごした母校のグラウンドです。


もうちょっと左(北)方向の1枚。画面左端に○|○|のマークがある丸井がありますが、その手前にある6階建てくらいの格子状の窓がある建物が母校の新校舎。
私の時代は、さっきのグラウンドの場所に校舎があって、今の校舎がある場所がグラウンドでしたが、数年前に建て替えた時に場所が入れ替わりました。
中央に見える塔が市ヶ谷の自衛隊基地、その塔の右に薄く見えるのがスカイツリー。写りが悪いですが、残念なことにこの日の写真はスマホです。


都心の左端から東京を一望できる素晴らしい場所ですが、土曜日の昼間で見事に誰もいない。ここは相当の穴場と言えそうです。
13階には庭園に面した広いテラス席のある「つばめグリル」もありますので、新宿で何か食べるときは眺望とセット楽しむのもよろしいかと。
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ポピュラー音楽セッション

2015年09月13日 | 音楽な話

ビージーズ「ステインアライブ」。サタデーナイトフィーバーのアレです。


ジャクソンファイブ「帰って欲しいの」。マイケルジャクソンがいた兄弟グループ。


ももいろクローバーZ「ココ☆ナツ」。

半年に一度、音楽好きが集まってなんでもありのセッション宴会。いつも楽しみにしています。
自分も楽しんで観客もも楽しませるというなかなかに難しいことをさらっとできちゃう人達。ほんと尊敬します。

上の3枚の写真、1枚目金髪のトラボルタ、2枚目の青いアフロ、3枚目の赤いセーラー服。
これすべて同一人物です。歌って踊れるドラマーさん。いつもお世話になってます。
紙袋からいろいろ小道具が出て来るんで笑っちゃいました。

私は、イエスタデイワンスアとリッキー・マーティンの「Livin' La Vida Loca」。
リッキー・マーティンなんて知らないけど、youtubeで聞いてみたら郷ひろみの「アチチ」の原曲でした。


セッションの最後で誕生祝をすることが恒例になって来ました。私も今月だったのでショートケーキで祝ってもらえました。


うれしはずかし。55才。
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