ぼくらのありのまま記

ぼくらは
こんな大人になりました。

祈り

2017-06-16 10:18:04 | 東京日記
なんて、ものは届かない。

そんなことしてなんになるの?
ということもあるけれど。
すべてをやりつくして結局なにも、できることはない。
そんな状況の時、祈ってもどうしようもないのだけれど。
誰かのことを祈れる人でありたいなぁと。

色々あった昨日を振り返って書いてみる。

そんなに、色々なことがあったわけではないのだけれど。
書くのが憚れることなので「色々」とまとめてみた。


旅の思い出

2017-06-14 10:39:19 | 東京日記
去年のGW、旅行に行った人はいますか?

どこに泊まって、何をしたか、覚えていますか?
宿で働いている人の名前や仕事。覚えていますか?
たとえ行っていたとしても、きっと僕は覚えていない。




「ねぇ、お母さん、唐桑だってよ。菅野さんだってよ。」


去年と一昨年のGWに、家族でつなかんに来ていた中学一年生の女の子が3月23日、テレビのニュースを見てすぐに気がついたそうだ。それからの数週間、彼女は4年生の弟と、普段は読まない、おとなの新聞を読み、テレビから聞こえる「気仙沼」ということばを探した。


「お母さん、今日、りょうすけくんと会ってくるけど○○も一緒に行く?」

「写真見たら泣いちゃうかもしれないから、行かない」




たった2年のうちの2泊過ごした場所のことに、そこまで気持ちを寄せられることがある。




「いちよさん、元気なの?つなかん、また行けるの?」

「いちよさん、いつか元気になるよ。つなかん、まだ、わからないけれど、きっと行けるよ」


今でも、家族でそんな会話もしているそうだ。
素直なお母さんでいいなと思った。

そしてやっぱり、つなかん、そして、いちよさんは特別な場所で、特別な人。
2年前まで、知らない場所の知らない人だったのに。旅は、いい。



つなかんは、もうすぐ再開らしいので、待っててね。




そして、僕はあと4日間、がんばる。
16日の夜は、うたの日です。




僕らの体温、感じにきてねー!!

そして、最終週は、パンをやめて、2種類のごはんでいきますー!!


鉄鍋でつくった牡蠣のパエリアと。



土鍋でつくったおかゆに、オイスターソースかけちゃったりして。



牡蠣のオイル漬けはわかめと和えちゃったりして。



旅先で、ごはんを作っている気分で代官山を過ごしています。




いろいろグッときた。

2017-06-12 21:48:18 | ぼくらのありのまま記
ヘトヘト具合が半端ないんですけど。




こんな写真見たら今週も頑張らねばと思うよー。




こんな東京のど真ん中で「つなかんっぽい!!」と言ってもらえるのは、よかった。それは、自分の、中に「つなかんらしさ」が残っているということだから。




そして、その「つなかんらしさ」は毎回、日替わりで手伝ってくれている、つなかん、そして唐桑loversのみなさんのおかげです。



青山のカレー屋さんで「ここはインドか!」と思ったことがあって。それは、カレーそのものが、インドの味だったからではなくって(そもそもインド行ったことない)、働いている人、お客さん、みんなイン人ぽかったんですね。





中国語が飛び交うレストランに行ったら「ここは中国か!」と思うだろうし。






「私、つなかんには、行ったことないんですけど、唐桑が好きで手伝いにきたんです」
そういう会話や。

「あれ?去年の夏に会いましたよね?」なんてお客さん同士の再会。




その中で、やっさんのワカメをはじめ、唐桑の牡蠣やメカブを食べてもらう。食べることで、つながりが強くなる。その土地が身体の一部になる感覚。



そこにいる人、唐桑から届いた食材、すべてが「つなかんらしさ」なんだと思うと、なんだか、グッときてしまいました。


泣いたり、笑ったり、涙をこらえたり。
ここにあるものと、ここにないものを感じたりしながら。





ラスト4日間を迎える。



今週は新たな写真を投入します。ほんとにグッとくるやつ。

多分2回目でも、というか、2回目だからこそ、いいなと思える場所になります。




みんな、ありがとうございます。
ほんとにねー。

出会った人たちが教えてくれたこと。

2017-06-10 23:35:13 | 東京日記
偶然、代官山で、20年ぶりの再開を果たした、ふたり。



その場所にいれてよかったなぁ。ふたりは、どんな、気持ちになったんだろうか。

出会えて嬉しかった人ばかりだ。


今日はちょこっと余裕もでてきて、自分で写真もとった。







思い思いの過ごし方を、みんなしています。



ごっちゃごちゃの頭の中や、気持ちをひとつひとつ整理していったら、こういう形になっただけで。
こういうことがやりたくて、やっているわけではない。準備期間は3週間だったけれど。
唐桑ですごした、3年間が全て、準備期間だった。
写真も料理のメニュー。伝えたいこと、話したいこと。

なにも新しいことはやっていない。場所と、方法が違うだけで、
つなかんと過ごした日々の延長にいる。
やる前は。「つなかんのりょうすけは、死んだ」と思っていた。
二度ともどらないものがある、あの場所や時間を「思い出」「過去」にする。
そのときの「つなかんのりょうすけ」と「今、ここからのりょうすけ」を分けないと前に進めないと思った。

それを、写真という静かに、動かないものを使って「もうあれは過去、思い出なんだ」ということを表現する。
そして、今、ここにいる自分を「料理」をすることで、感じてもらう。

ここにいるよー。

そんなことが、できたら。とぼんやりと思っていた。


ここから、新しい自分として生きれたらいいなと思っていたけれど。
結局、できることは今まで身体で覚えたことだし。ばっさり、今までの自分と別れることはできないこともわかった。

だから、無理して、別れようとか、区別しよう、再スタートしよう、
そういう切り替えをするのはやめた。きっと、それは自然とそうなるもの。
もしくは、住んでる場所を変えたり、行動する時間を変えたり。
それも、身体に染み込ませていくものなんだろうな。




しかし、毎日毎日。はじめまして。の出会いがあって、つなかんの底力、すごいなぁと改めて思ったし。

「生きていれば、いいことあるよ」とそれっっだけは、信じれるわ。ここで、出会った人たちが教えてくれたこと。




4年前、旅先の直島で、同じゲストハウスに泊まって友だちになった人も来てくれた。

今日で営業5日目。半分がすぎ、終わりが近づいてくる。ちょっとずつ寂しくなるんだろうねー。