上巻だけが先に手に入り、探し回ってやうやく下巻も見つけた「朝鮮短篇小説選」(岩波文庫刊)を讀了す。
1920年代から30年代、朝鮮が大日本帝國の植民地だった時代に發表された作品を精選、翻訳したもので、農村部は李朝時代そのままの貧しさを引き摺り、都市部では支配者に對して無氣力なままに翻弄される民衆の姿が、まさにその時代を同じくした作家たちの眼を通して創作ながら生々しく描かれてゐて、後世の學者の研究書からでは見えてこない植民地時代の朝鮮庶民の實像を、細やかに知ることが出来る。
作品が發表されて100年が経ち、現在ではかの“近くて遠い國”の實際がいかなる様子なのか、私はこの眼では知らない。
ただ、日本で盛んに放映されてゐる韓國産ドラマが、とんだ御伽噺であることを知るばかりだ。
そして私は、この上下二冊の“朝鮮民衆哀話”に作品が収められた二十人の作家のうち、「北」へ渡ってからは消息不明となった者もゐることに、未来(さき)が見えないことへの恐怖を覺えてしまふのである。