夕暮れのフクロウ

―――すべての理論は灰色で、生命は緑なす樹。ヘーゲル概念論の研究のために―――(赤尾秀一の研究ブログ)

ヘーゲル『哲学入門』第一章 法 第十五節[譲渡から契約へ]

2020年08月03日 | ヘーゲル『哲学入門』
 
§15

Zu einer Veräußerung an einen Andern gehört  meine  Einwilli­gung, die Sache ihm zu überlassen, und  seine  Einwilligung, sie anzunehmen. Diese gedoppelte Einwilligung, insofern sie ge­genseitig erklärt und als geltend ausgesprochen ist, heißt  Ver­trag  (pactum).

第十五節[譲渡から契約へ]

他人への譲渡には、私の所有物を他人に譲ることについての私の 同意と、それを引き取ることに他人が 同意していることが含まれている。この二重の同意は、それらが相互に表明され、有効であると宣言されているかぎり、契約(pactumラテン語)といわれる。
    
Erläuterung.
 
 Der Vertrag ist eine besondere Art, wie man Eigentümer einer Sache wird, die schon einem Andern gehört. Die früher auseinander gesetzte Art, Eigentümer zu werden, war die unmittelbare Besitznahme von einer Sache, die res nul­lius war.
 
説明
 
契約は、すでに他の誰かに所有されている物の所有者になるための特殊な方法である。以前に分析した所有者になるための方法は、無主物( res nul­lius)である物を直接に占有することだった。
 
 1) Als die einfachste Art des Vertrages kann der  Schenkungsvertrag  angenommen werden, in welchem nur Einer eine Sache an einen Andern überlässt, ohne den Werth derselben ersetzt zu erhalten. Eine gültige Schenkung ist ein Vertrag, weil der Wille beider dabei sein muss, des Einen, dem Andern die Sache zu überlassen, ohne etwas dafür zurückzunehmen, des Andern, die Sache anzunehmen.
 
 
1)もっとも単純な契約の方式としては、贈与契約(Schenkungsvertrag)を考えることができる。贈与契約においては、一方の当事者のみが物件を提供し、他方の当事者は受領するだけで、同等のものは返されない。有効な贈与は契約である。というのも、そこでは一方は他方に対して何ら代償もなく物件を譲与し、他方は物件を取得するという両方の意志がそこになければならないからである。
 
 — 2) Der Tauschvertrag  besteht darin, dass ich von meinem Eigentum einem Andern etwas unter der Bedingung überlasse, dass er mir eine Sache von glei­chem Werth dafür gibt. Dazu gehört die doppelte Einwilligung eines Jeden, etwas wegzugeben und dagegen das vom Andern Gebotene anzunehmen. 
 
⎯ 2)交換契約(Tauschvertrag)は、私の所有物の或る物ものを、それと同等の価値のある物件を私に与えるという条件のもとに、他者の誰かに譲渡することで成立する。そこでは、誰かに或る物ものを引き渡すかわりに、他の人の提供するものを手に入れるという両者の二重の同意を必要とする。
 
— 3) Kaufen  und  Verkaufen  ist eine be­sondere Art von Tausch, von Waren gegen Geld. Geld  ist die allgemeine Ware, die also, als der abstrakte Werth, nicht selbst gebraucht werden kann, um irgend ein besonderes Bedürfnis damit zu befriedigen. Es ist nur das  allgemeine Mittel,  um die besonderen Bedürfnisse dafür zu erlangen. Der Gebrauch des Geldes ist nur ein mittelbarer. Eine Materie ist nicht an und für sich, als diese Qualitäten habend, Geld, sondern man lässt sie nur durch Convention dafür gelten.
 
⎯ 3)買うこと売ることは、商品と貨幣とを交換する交換の特殊な様式である。貨幣は一般的な商品である。したがって抽象的な価値として、それで特殊な欲求を満たすためにそれ自体を使用することはできない。貨幣はそれでもって特殊な欲求を充足させるための単なる 一般的な手段  でしかない。貨幣の使用は、単なる媒介的な手段である。一個の物質は本来的にこのような性質をもつた貨幣ではなく、そうではなく、人間はある物質を慣例によって貨幣として通用させるのである。
 
 — 4) Die  Miete  besteht darin, dass ich Jemand meinen Besitz oder den Gebrauch meines Eigentums überlasse, mir aber das Eigentum selbst vorbe­halte. Es kann dabei der Fall sein, dass derjenige, dem ich etwas geliehen habe, mir genau dieselbe Sache zurückgeben muss, oder dass ich mir mein Eigentum vorbehalten habe an einer Sache von der nämlichen Art oder von dem nämlichen Werte.(※1)
 
 ⎯ 4)賃貸借(Miete)は、誰かが私の財産を所有したり、あるいは使用することを私は認めているが、しかし、財産そのものは私が保留していることである。そこには、私が或る物を貸したことのあるその人が私にまったく同じ物件を返さなければならない場合と、同じ種類の、あるいは同じ価値の物件で私の財産を留保する場合などがありうる。


※1
本論の対象は、すでに諸論において明らかにされているように、人間の意志であるが、人間の意志は物を対象とする場合と人(他人)を対象とする場合がある。人間の物に対する意志は占有から所有へと進展するが、その過程で必然的に社会的動物としての人間は他者を介して物を対象とすることになる。ヘーゲルの論考を読解するうえで大切なことは、叙述の進展のなかに概念の必然的な、演繹的な導出を確認しつつ読むことである。

人間の意志は物を対象として所有することになるが、やがて第三者としての他人を介しても物を所有することになる。その際に必然的に契約の概念が導き出されるとともに、物の所有の交換の過程で特定の物質が一般的な(普遍的な)商品として収斂してくる。それが貨幣としての金である。

人間の意志と物との関係については「法の哲学」第一章 所有 §41  以下に詳細に分析されている。すでに高度に発展しつつあった市民社会における「契約」の概念についても、第二章 契約 §72 以降に分析されている。

 

 

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