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明日の葉っぱ(8×8)=69

思いつくまま 気のむくまま書いてます。

二日月 (ふつかつき)

2020-11-19 17:45:00 | 散文 詩 



二日月 (ふつかつき)


日没後 西の空の低いところに

二日月


すぐに見えなくなってしまう

二日月


爪切りできって

飛んでった

爪のカケラの

二日月


夕空に貼り付いた

二日月



誰の切った爪なのか?

二日月


深爪したのかも

二日月


薄くか細い

二日月



少し恥ずかしそうな

お月様




ヘロン 山下達郎

2020-11-18 18:10:00 | 僕の音楽日記
♫鳴かないで〜ヘロン
雨を呼ばないで

ヘロン…青鷺のことで

青鷺は朝を象徴する鳥で
泣きながら飛ぶと雨が降ると
言われている、という


だから雨を降らさないで…
と願ってる事を
歌った歌だという…

歌詞も
韻を踏んだところもあり、

鳴かないでヘロン
太陽のリボン
沸き立てイオン

など
もう少し韻を踏んで、遊んでもよかったような…


たとえば

美味しいなメロン
とか
全廃めざせ フロン
とか
闘わせよ 自論
とか
こうなると

言葉遊びになるが…


朝を象徴する鳥
青鷺(ヘロン)に希望をのせて
思いを飛ばす
直接的な表現でなく
間接的に心情を
山下達郎さん的な表現で
歌詞にしてる


最初
「ヘロン」ってなんだ?
どうも、馴染みのない英語で

青鷺じたいに
思いをのせて歌にする切り口が
シティーポップスをリードしていた
山下達郎さんらしい
といえばらしいのだが…

限りなく、意味を持たせない風でも
やはり歌である以上
歌詞は必要で
その歌詞もポップスであれば
軽やかに、重くなく、洋楽に
近い匂いのする歌詞であれば
サラッと聞き流せる

深い意味まで
掘り下げるのは
野暮で、
どちらかといえば
サラッと聞いて欲しいのだろうか?
こちらが思ってしまう。



深く考え込みながら
意味を持たせて
聞く歌でもないのだろうが…

ついつい、考えてしまう。
掘り下げてしまう。

青鷺
というタイトルよりも
英語で
ヘロン
という方が
オシャレ?

青鷺=ヘロンを知る人は
「お!」と、思うのでしょうね

僕は
「ん?」
だったけど(*^o^*)









さよなら人類  たま

2020-11-16 06:21:00 | 僕の音楽日記
1989年の深夜番組で
「三宅裕司のイカすバンド天国」という番組があった。
僕は見てなかったけど

何やらアマチュアバンドの勝ち抜き
でバンドブームを再燃
させていたようだ

いつだって
時代は
アマチュアイズムから
どこか火がついて
それがニューウェーブとなり
メジャー化する
大衆を動かすものは
やはりこうした仕掛けも
必要
キッカケも必要
時代は繰り返す…そのループの波に
乗るか、乗れるか?

時代の潮目は90年代へ向けて
確かに
変わりつつあった。
70年代のフォークブーム
80年代のニューミュージック
アイドル全盛期、テクノをはじめとする
ロックと各ジャンルの確立期。
そして
一通り出揃って
次はなに?
次は何がくる?
と大衆は音楽の流れを
潮目を見ていた時期だった。

その時の動き
バンドブーム再燃。

確かにこの番組から
プロになったバンドは多い
有名なのは
「BIGIN」「たま」「ジッタリン・ジン」「BLANKEY JET CITY」
など

異彩を放ってたのは
「たま」








何やら
オドロオドロしい
見世物小屋から
抜け出してきたような
前時代的な出立ち…

おおよそ時代はスマートに
バブルが終わりかけても
冷え始めた世間であっても
もう、みすぼらしい佇まいは
好まれない流れにあっても
「たま」はそれを逆行、懐古スタイルで現れた。

だから尚更
その時代を知るものには
目を引いた。


♫今日人類が初めてぇ〜
木星についたよぉ〜ぉぉ〜

着いたぁぁぁ〜

というフレーズは
耳にのこってる

時代をまたいで
前後して
タイムスリップしてあの時代に
現れた
音楽の妖怪のような
グループ
「たま」
さよなら人類
何やら予言めいて
そのメッセージを届けに
現れて、消えてった
そんなグループ


山下清さんが参加してるのか?
と最初ビックリしたが…
不思議なグループだった。




修二会 さだまさし 東大寺Live

2020-11-14 20:06:00 | 僕の音楽日記





さだまさし ファンでない僕は
ヒット曲のみ
知っている程度で
それ以上
深みに入らないように…
浅瀬で、
雰囲気だけ
知る程度にしておいて、、

たまに、気が向けば
深みに足を踏み入れて、
自分に合った曲を見つけては
さだまさし像を見直し、
自分の中で好感度を上げていく
という作業を繰り返しながら…

その実、さだまさし像は
僕の聞かず嫌いという
事になりうる結果となったのだ。

グレープ時代は
そもそも
そりがあわない、スルー
してきた。
ソロ名義での活躍と
発表作品は
なるほど、唸る作品を
耳にする事が多かった。

そもそも文学的切り口の
詩や、表現が
僕には時に
まどろっこしく
僕の無学をツカれてるようで…
小難しいことに
ある意味反発していた部分もあり、

その歌の一つの
「修二会」だ

しゅうじ かい 
修二という人の
会か?

どんな意味や?
また、まどろっこしい
ながながと能書きたれるんか?

どないやねん?
などと口走りながら

この歌に耳を傾けてることを
しなかった

実際レコード音源では
響かなかった。
そもそも
修二会とは?
しゅうじかい
ではなく
「しゅにえ」というらしい
僕の無学、無知の
恥の上塗り

しゅうじかい
って歌さ〜

いやいや、違うんだよ
しゅにえ っていうんだよ…

「修二会」…

修二会(しゅにえ)東大寺


東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)は、天平勝宝4年(752)、東大寺開山良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が創始された。以来、平成24年(2012)には1261回を数える。

修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」と言う。十一面悔過とは、われわれが日常に犯しているさまざまな過ちを、二月堂の本尊である十一面観世音菩薩の宝前で、懺悔(さんげ)することを意味する。

修二会が創始された古代では、それは国家や万民のためになされる宗教行事を意味した。天災や疫病や反乱は国家の病気と考えられ、そうした病気を取り除いて、鎮護国家、天下泰安、風雨順時、五穀豊穣、万民快楽など、人々の幸福を願う行事とされた。

という事らしい。

さだまさしさんを好きな人から

教えられた

「しゅうじかい」ならぬ

「しゅにえ」「修二会」

それも、東大寺でのLiveは圧巻であると…


確かにYouTubeの映像で見ると

攻撃的な 演奏だし、

儀式のひとつのようだし、

ギターを弾くというより

叩く、ギターは打楽器だ、というけれどおおよそ、さだまさしさんは

ギターを叩かないだろうと

見ていたが、このLiveでは

渾身の演奏、魂を焦がしながら

歌に演奏に入り込んでいる

バックバンド、とくにリードギターはアコースティックギターの名手

石川鷹彦さん

迫力と、芸術的な演奏。

ドラムスに島村英二さん

ベースに岡沢章さん

ギターに松原正樹さん


どれも吉田拓郎さんのバッキングで活躍したメンバーでもある

島村英二さんはさだまさしさんの高校の先輩らしい。


しっかりとした、音を出す選りすぐりのメンバーでの

Live「修二会」

ギターは三味線の如く

音が弾け飛ぶ

圧巻のステージに息を呑む

柔な、さだまさし という

イメージをぶち壊された

カッコイイとさえ

思えてしまう、いわば僕のなかの

カッコイイ概念を変えられた

「修二会」である。

見事です!圧巻です!





どうしてこんなに悲しいんだろう 吉田拓郎

2020-11-13 21:30:00 | 僕の音楽日記
先日といっても先月のことになるのか、
10月4日に
食道癌で62歳の若さで亡くなられた
キーボード奏者であり、
編曲家であった
小林信吾さん

吉田拓郎さんのバックバンド瀬尾バンドでのキーボードで
吉田拓郎の音をしっかりと弾いていたキーボードディストだった。

吉田拓郎さんが
1973年新六文銭でロックをやってた頃
そのステージに魅せられたと語っていた。

アレンジャーとしての仕事で有名になったのは
KANさんの
「愛は勝つ」の編曲
大ヒット作として有名!
中島みゆきさんをはじめてとする
有名な歌手、アーティストの編曲を
手掛ける傍ら
バックバンドの一員として、確か
ステージサポートをされていた
小林信吾さん

改めて
ご冥福をお祈りします。

有能な方々が逝かれてしまう
悲しみは
コトバに尽くせなく

やっぱり…

どうしてこんなに悲しいんだろう

映像はNHKスタジオライブの時の
模様
2分10秒あたりから
間奏を演奏される
小林信吾さんが映されます。

つま恋2006のステージにも参加され
瀬尾バンドでのキーボードは
小林信吾さんあっての
ものでした。

中島みゆきさんのステージにおいても
瀬尾一三さんと共同でのアレンジ活動などもされて
才能ある方でしたから
ホントに残念でなりません