私のライフワークである???
(いつから??)
城址を巡るシリーズ…
なんせ
私「城マニア」でありますので…
それも…ただの「城マニア」ではなく…
石垣や土塁などの遺構をみて
古の戦国ロマンを妄想するのが…楽しみといった…
「妄想城址マニア」
妄想の中で
築城し放題…
妄想の中で…
姫に囲まれ放題???
…笑…である私が今回紹介するのが
長久手市にある大草城
大草城は
もともとは鎌倉幕府の御家人・山田重忠により築かれたらしい…
その後、永禄年間(1558~)に福岡新助によって再築され
さらに、1579年以降、秀吉側の領主、森長可によって改修された城、1584年「小牧、長久手の戦い」で森長可が破れ、没後に廃城になった城
さてさて、この大草城へは
県道57号沿いにある池に、この案内表示があります…
裏表リバースなので…長久手市側からでも瀬戸市側からでも、この案内看板はみつけられます…
この写真の左側の家の奥の小山が、熊野神社になってまして…
そこが長久手大草城
軽四で突き進むことができますが…道が狭くてひやひやしました…
ぐんぐん進むと…ここにも大草城址碑の案内表示が…
石碑はすぐみつかりました…
当時の徳川軍のよーな武士のよーな蚊が大軍で襲ってくるので、要注意…刺され刺されて森長可気分が味わえる???かも…
徳川軍のよーな武士のよーな蚊を叩きながらも
城址碑の裏に廻って撮影…
武士のような蚊に刺されまくって、森長可気分が味わえる???というのに森長可に関する記述は一切ありませんでした…
そんな大草城址からの眺望…
森長可気分になって…おお、襲い掛かってくる徳川軍の「蚊」!!
その後は、この大草城址である熊野社にて参拝!!
まずは…手水舎で手を浄めてとは思ったものの…実にひっそりとした熊野社…案の定、手水舎は枯れていました…
でも強力な味方…手指消毒液が…(笑)
ちゃんと、大草熊野社と油性ペンで書かれています…(笑)
ではでは新型コロナウイルス退散を願って
二礼二拍手一礼
森(もり)長可だけに…元気モリモリの毎日が過ごせますように…
徳川軍のような「蚊」…さらに、新型コロナウイルスに負けないように…と思ったけど…
森(もり)長可さま…徳川軍にやられちゃったんだよね…
せめて、どうか新型コロナウイルスの感染から「おまもり」ください…って
ふと思えば、この熊野社…森(もり)長可を祀ってあるわけではないようで…
大草村の氏神さま、古くは八幡社といったのを明治初期に改名したようで…
その後は熊野社の周りをウロウロ
参拝道なのか…あきらかな遺構は分からない…なんとなく、土塁にみえなくもない…そんな感じかな…
境内社といいましょうか…片隅に神様大集合…でありました…
さてさて、まあ、ぐるっと熊野社の廻りを一周して
大草城散策はおしまい…
その後、大草城址の案内表示があった県道57号沿いにある池に戻ったんですけど…
この完全に消えかかっている、この周辺の地図…???
その横には…
一言思ったこと
…この看板のイラストが、夢に出てきそうであまりにも怖すぎる!!
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