ピアノと海と花との生活 Ⅱ

~創造する芸術~

モーツァルト 2 モーツァルトの家族

2006-10-05 | 音楽

                      

モーツァルトの家族は、右の父、レオポルト、肖像画になっている母マリーア・アンナ、

そして左の姉、ナンネルです。

神童を天才にしたすぐれた教師 レオポルト

天才モーツアルトの教育に全力を尽くした父、レオポルト。

アウグスブルクで生まれた彼が、ザルツブルクにやてきたのは、大学生のとき。

そして、数々の音楽の職業に就き、宮廷音楽家として安定したころ、

マリーナ・アンナと結婚します。

レオポルトは、優れた音楽理論家でもあり、彼の教育プログラムは見事なものでした。

音楽だけでなく、語学や算数も自ら息子に教え、

さらに音楽的社会的経験を積ませるため、音楽都市への旅行を積極的に行った。

しかし、成人したモーツァルトは、大都市での就職が出来ず、

また反旗を翻して、息子は自分のところを離れていく。

67歳で生涯を閉じたレオポルト、晩年は寂しく、

また生前嫌いぬいた、モーツァルトの妻のコンスタンツェやその家族と同じ墓地で眠っているそうです。

明るく優しい母、マリーナ・アンナ

姉、ナンネルの回想によれば、結婚した当時の2人は、

ザルツブルグで1番美しいカップルといわれていたようです。

結婚後のマリーア・アンナは、良き妻、良き母で、

モーツァルトの底抜けに明るい性格は、母親譲りといわれています。

顔立ちも母親似でした。

2人の間には6人の子供が生まれましたが、生き残ったのは2人だけ。

彼女は、モーツァルト21歳のとき、夫の代わりにマンハイム・パリ旅行に同行しますが、

初めての体験に疲れたのか、1778年パリで57歳で病死します。

神童姉弟と騒がれた少女時代 姉ナンネル

初めは、ナンネルの教育から、有名な『ナンネルの音楽帳』もかいたレオポルト。

でも、4歳半違いの弟の特別な才能に気がついた彼は、

ナンネルも一緒に演奏旅行に連れて行き、神童姉弟と騒がれました。

母が、旅先で病死したため、ナンネルが父の世話をすることになり、

父の反対により、32歳まで結婚できず、その後、弟モーツァルトとも少しずつ心が離れていきます。

その後、2人の子供を亡くし、自分も盲目になり、弟も亡くし、

79歳まで生きましたが、墓地は遺言より、同じザルツブルグでも父とは違う別の場所に、眠っています。

モーツァルトの性格が母に似ていたのに対して、

ナンネルは几帳面で思慮深く、父の性格を受け継いでいました。

また父に似て、記録を残すことが好きで、

モーツァルトの回想も、ナンネルの貴重な情報も多いのです。

 

次回は「神童 モーツァルト」です。お楽しみに!

ピアノと海と花との生活はこちらです。

 

 

 

 

   


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