人前で話すと、頭が真っ白になります

2010-06-14 18:58:21 | Weblog
緊張しなくなりたい、とは思っていないんだ。

しないでおこう、っていうのはそこに集中がいってるってことだから、よけい苦しいと思う。

むかしから、ステージの上に立つと、頭に血がのぼるけど、それが緊張とは思っていなかった。

緊張が問題になり始めたのは、ここ数年だ。

ゼミや授業でレポートする時、何を言っているのか、何を言いたいのか、何が話題になっているのか、あたまがまっしろになってわからなくなる。

自分は緊張しないと思い込んで生きてきたんだけど、あぁ、あの頭がサーってなる感覚を人は緊張と呼ぶのかぁ、って24歳くらいの時に気がついた。

事前にスクリプトを作っておくことかな。

学会とかで、ずっと原稿を読み上げて、全然オーディエンスを見ない人とか、よいスピーカーじゃない、って批判されたりするけど、それって能力の問題よね、って思う。

聞きやすいトークをしないんじゃなくて、できないんだから、むしろあたたかい目で見ようって話だ。


緊張に気づかなかったって話だけど、自分は舞台づよいと思っていたし、たぶんそれは本当だったんだ。

で、どういう舞台に立ってきたかって考えると、ピアノの発表会、バレエの発表会、英語のスピーチ、・・・ぜんぶ事前に何度も練習しているものだな。

あぁ、なるほど。

その場で考えて話す、っていうのは含まれていない。

やっぱりスクリプトを用意することだな。

原稿を見て話してる人ってかっこわるいって正直思っていたけど、背に腹は変えられない。

事前準備、事前準備。

予習とかって大っ嫌いだって思ってたけど、やはり背に腹は変えられない。

で、今日、授業発表で、あぁ、あたまがまっしろになりますなぁと思ったんだけど、レジュメを作るのは正直、たのしかったわけです。

そのレジュメをもうそのまま読んでしまえるものにしていいってことじゃん。

それで、自分もやりやすくなる、ってことじゃん、たぶん。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

その時、動く

2010-06-14 12:10:41 | Weblog
必要なものが前もってわかってるって状態って、ある種の幻想なんじゃないか、と思う。

だからこその、瞬発力。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする