次々刻々 激動時代:訪日の話題もう一つ。
今だから話せる・・Now Open!
約30年前、中国からの超VIP代表団がやって来た。
中國共産党王震副主席や孫平化中日友協会長他党・政府
関係22名の訪日団:当時無我夢中で全国東京~九州
各地を社代表で「添乗随行」。(警備と歓迎が凄かっ
た事だけは鮮明に覚えている)。
当時は日本側の日中好協会や 、そして中国共産党の組織
や仕組み、だれがどういう役割かなどは全く分からないまま
、当時はそのような奥の奥の~背景もよく理解している間も
なく、ただただひたすら本来の業務である添乗と案内に徹す。
業界JATAを退任し、即、北京へそのまま留学。2010年
であった。
本格的に中国の何かを研究する中、中国各地の農村や地方自治体
、中国では地方政府、市町村の人民政府等を訪れる機会も増えた。
そのようななか、各地の市町村党委員会や地区の書記等の看板や
文書があちこちの掲示板に張り出されており、その「党組織」の
現状というものをやっと現地に赴いてから実態がわかり始めた。
そのようななかでの当組織の幹部と 当時の王震副主席だという
ことがわかった。
その副主席は国内では金融機関をも有する財閥グループであること
も後になって気づいた。各地を歩いていてあちこちで看板を見る
巨大グループでもあった。
そんなことより日本各地で何をしたのか、どんな出来事があったのか
を聞きたい、見たいと思われるかも知れないが、また、次回に触れて
みたい・・・。
若かったあの頃、あの時。(Pht123王震副主席団)
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