shimokitazawa jul2017
夏らしく街には提灯がぶら下がっていた。
レトルト食品が発達した。発達したと過去形で言うのは、あまりにも多過ぎて大まかなところではもうこれ以上進化出来ないほど進化してしまった感があるからだ。つまり、袋の中身の、スパゲティに掛けるソースなどに新商品が出ることはあるだろうけれど、レトルト食品という食品のスタイルとしては一応の発達を見たと言えそうだということだ。どうしてこういったことを感じるかというと、麺好きであるがゆえにスーパーの棚を見ることがよくあり、棚一杯に並んだスパゲティソースの種類に目が回り、漠然と、これはもう多品種の限界だなと感じることが一つと、このところ昔ながらの缶詰を買うことがあり、レトルト食品に飽きたのかなと自分で思うことがあるからだ。ビーンズ、果物、穀類のものなどが安く出回っているので買う・・・。製造国は日本はもとより、外国のイタリア、スペイン、南米のメキシコなどなど。アジアはタイ、中国、などなど。ついでにビールはベトナム製造の缶ビールをよく買ってきては飲んでいる。コクはあまりない方だと思うけれど、そこは淡麗、あっさり、切れ味などという便利な言葉に置き換えれば良く、実際に美味いと思う。台湾へ行った時の台湾麦酒に出会った時の嬉しさに似ている。アルミ缶の造りも工業製品の精度として先進諸国と言われる国のビール缶と比べて何の遜色もない。
缶詰はこれはもう工業製品化という以前に昔から世界中で造られ、重宝がられてきた、レトルト食品、保存食品の原形のようなものだ。世界中で造られてきているから今更技術移転だのどうのということもないくらい世界のスタンダード食品だ。かつてインドへ行ったときもヨーロッパへ行ったときも食べたくなると買ってきては、ホテルの部屋で開けて食べたものだ・・・、このとき、缶切りはもちろん持参していた。今は缶切りなしで簡単に開けられるようになっている。種類も驚くほど多く、こんなものが缶詰めになるのかというものもあり、外国のニュースなどでは様々な缶詰がスーパーの棚にずらりと並んでいるのを見かける。
今の日本のレトルト食品も素晴らしいと思う。世界で売れるのではと思う。かたや缶詰は保存が利くので(もちろん缶詰とはそれが売りの代物だ)生ものなどとは違い輸出入での扱い易さもあるのか外国のものが安く出回っているように思う。売れているようだ。便利なので僕も少しずつ買ってはキッチンの棚の奥に入れている。時々開けては酒のツマミなどにする。
街では缶詰をツマミとするbarをときどき見かける・・・のみならず入って飲むこともある。自分の知っているところだけでも町田にもあり、下北沢にもある。缶詰と言っても馬鹿にはならない。とても上手く調理をした良い味の、ツマミには最適と言えるものもあり、その国の調理法で造られたものがその国の香りのまま封印されて運ばれ、まさに今ここで開けられたといった感じだ。暑いときなどそれでビールなど飲むと、美味くてホ~ッと裏声が出たりする。実は昨日、スペインの香り詰まった蛸のアヒージョを食べた。
ところで、ホームセンターなどに行くとキッチン用のアイデア商品が壁一面に所狭しとぶら下がり、これはもう百均の品々と並んで多品種商品の飽和状態だな、と思う。食品にしろ小物にしろ、いろいろな商品が多品種飽和状態となって棚に並ぶ昨今だ。そういえば、数か月前に、東京から少し離れた旧街道筋の田舎の小さな街で饅頭屋を見つけ、ガラスケース内饅頭餅若干2品種、うち1品種品薄気味、といった時のことを思い出した。その時は品薄ではない方の饅頭餅をワンパック買って食べた。これは美味かった。