会津天王寺通信

ジャンルにこだわらず、僧侶として日々感じたことを綴ってみます。

日中の架け橋となって奔走した黄斌さんの死を悼む   柴田聖寛

2020-01-08 19:32:16 | オピニオン

 私の無二の親友であった義弟の中国人黄斌さんが去る2日に亡くなりました。享年58歳。黄斌さんは上海生まれで、妻の妹の旦那さんということもあって、30年以上前からの友人で、一緒に中国各地を旅行して回った仲です。上海の大学を出てから黄斌さんは日本に留学し、東北大学を卒業。その後は中日の架け橋になろうと、トヨタ通商に就職しました。中国におけるトヨタのレクサスの販売を手掛け、トップクラスの実績を残しました。また、中国のズームライオン社と会津若松本社の金堀重機との業務提携にも尽力しました。悪性リンパ腫の病魔に冒されたのは15年ほど前からですが、最期の最期まで第一線で働いていられていただけに、あまりにも突然の死でした。
 病状が悪化したということを聞いて、私が上京して東京女子医大に黄斌さんをお見舞いしたのが昨年の12月30日のことでした。一旦は快方に向かったかに見えましたが、間もなくして急変し、幽冥境を異にすることとなったのです。御遺族から頼まれて私は「交流 岳黄斌清居士霊位」という戒名をお付けしましたが、日中友好に尽くされ、連絡も緻密であった黄斌さんにふさわしいと思っております。日本と中国は険悪なムードになってはいますが、民間レベルでの交流はそれとは別です。温厚でいつも笑顔を絶やさなかった黄斌さんのご冥福をお祈りいたします。

                     合掌


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