会津天王寺通信

ジャンルにこだわらず、僧侶として日々感じたことを綴ってみます。

中国珠海市での日中韓仏教交流会で平和の祈り捧げる 柴田聖寛

2019-11-08 15:23:27 | 旅行

 

 今年もまた世界が平和でありますように—との祈りを捧げるために、日本天台の僧侶として私は、去る30日に中国広東省珠海市で開かれた第22回日中韓仏教交流会に参加いたしました。
「仏教と人類運命共同体構築」をテーマにして、日中韓から約300人が参加して活発な討論が行われました。国家レベルでは対立があったとしても、慈悲の心を大事にする仏教者としての絆を通じて、平和を実現しようとする民間レベルの運動です。日中韓の仏教界の長老が呼びかけ人となり、1995年の北京を皮切りに、毎年1回参加国の持ち回りで開催されています。
 同協議会理事長の武覚超比叡山延暦寺長臈(ちょうろう)が「我等三国仏教徒は、御仏の弟子として共に手を携え共に世界の平和と人類の安寧を祈念し奉る」と独唱してから、参加者全員で読経し祈祷いたしました。
 また、同協議会常任理事の西郊良光天台宗宗機顧問は「仏教と人類運命共同体の構築」と題して講演をしたほか、王作安国家宗教事務局長、演覚中国仏教会副会長、円行韓国仏教宗団協議会会長が挨拶しました。
 新華社通信が翌日の夕方には日本語でネット配信をし、読経し祈祷する日本人仏教団の写真が掲載されていたのには驚きました。左の隅には私も写っています。会津に戻ってからアップされていたのを知りました。

 「マカオの世界遺産聖パウロ天主堂」

 私はマカオから珠海市に入りましたが、時間が少しあったので、マカオ市内の世界遺産の聖パウロ天主堂を訪れました。16世紀後半にはイエズス会の教会として、アジア最大の規模を誇っていたといわれ、壁だけが残されています。66の石段があり、上から4段目に4人の聖者が立っており、右から2人目が日本に足を踏み入れたフランシスコ・ザビエルです。

 


比叡山延暦寺と伊勢神宮への参拝を企画   柴田聖寛

2019-09-03 18:38:05 | 旅行

 令和元年も九月に入りましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。今回ばかりは私も夏バテ気味でしたが、ようやく元気を取り戻しました。伝教大師一千二百年大遠忌の前年にあたる来年の六月か七月には、比叡山延暦寺と伊勢神宮への参拝を予定しております。

 今回の企画は会津天王寺の檀信徒が中心で、バスを手配しようと思っています。延暦寺に出かける前には、参加予定の皆様にお集まりいただき、私が伝教大師様の「願文」についてお話をすることになっています。また、伊勢神宮は庶民信仰のメッカであり、神仏双方に手を合わせるツアーとなります。問い合わせは、私にお願いいたします。

                            合掌

 

 伝教大師最澄様の「願文」は次の通りです。
悠悠三界。純苦無安也。擾々四生。唯患不楽也。牟尼之日久隠。慈尊月未照。近於三災之危。没於五濁之深。加以。風命難保。露体易消。草堂雖無楽。然老少散曝於白骨。土室雖闇(狭)。而貴賎争宿於魂魄。瞻彼省己。此理必定。

仙丸未服。遊魂難留。命通未得。死辰何定。生時不作善。死日成獄薪。難得易移其人身矣。難発易忘斯善心焉。是以。法皇牟尼。仮大海之針。妙高之線。喩況人身難得。古賢禹王。惜一寸之陰。半寸之暇。歎勧一生空過。無因得果。無有是処。無善免苦。無有是処。

伏尋思己行迹。無戒窃受四事之労。愚痴亦成四生之怨。是故。未曽有因縁経云。施者生天。受者入獄。提韋女人四事之供。表末利夫人福。貪著利養五衆之果。顕石女担輿罪。明哉善悪因果。誰有慙人。不信此典。然則。知苦因而不畏苦果。釈尊遮闡提。得人身徒不作善業。聖教嘖空手。

於是。愚中極愚。狂中極狂。塵禿有情。底下最澄。上違於諸仏。中背於皇法。下闕於孝礼。

謹随迷狂之心。発三二之願。以無所得而為方便。為無上第一義。発金剛不壊不退心願。

我自未得六根相似位以還不出仮。其一。

自未得照理心以還不才芸。其二。

自未得具足浄戒以還不預檀主法会。其三。

自未得般若心以還不著世間人事縁務。除相似位。其四。

三際中間。所修功徳。独不受己身。普回施有識。悉皆令得無上菩提。其五。

伏願。解脱之味独不飲。安楽之果独不証。法界衆生。同登妙覚。法界衆生。同服妙味。

若依此願力。至六根相似位。若得五神通時。必不取自度。不証正位。不著一切。願必所引導今生無作無縁四弘誓願。周旋於法界。遍入於六道。浄仏国土。成就衆生。尽未来際。恒作仏事。


26日から29日まで天台山に出かけます 柴田聖寛

2018-12-15 21:59:48 | 旅行

 師走もおしつまってきましたが、来る26日から29日までの日程で訪中し、天台山に出かけることになりました。名古屋空港から浙江省の寧波櫟社国際空港を経て、そこから車で天台山に向かいます。

 元三大師(良源)ゆかりの玉泉寺(滋賀県)の吉田慈敬御住職が企画されたツアーに参加することになったもので、天台山は天台大師(智顗)が隋の時代に、法華経にもとづく天台教学を確立した山として知られており、日本の天台宗もその流れを汲んでいます。

 これまで15回天台山に私は登っていますが、今回の旅行もブログにアップしたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

                           合掌


旧エルサレムの嘆きの壁で祈りを捧げる 柴田聖寛

2018-09-09 17:18:08 | 旅行

 葉上照澄大阿闍梨の足跡を辿って聖地エルサレムにて平和を祈る旅で、私は仏教以外の様々な宗教の方々と交流を深めることができました。とくに、ユダヤ教に関しては、一般教養程度の知識しかなかったので、帰国してから、改めて聖書を読み直しています。

 4日目の6月14日には、旧エルサレムの市街地にある嘆きの壁(西の壁)で、私たち一行も祈りを捧げました。「嘆きの壁」は紀元前20年頃にヘロデ王によって築かれた神殿の西壁が始まりといわれ、70年にユダヤ戦争でユダヤ人が反乱を起こし、ローマに滅ぼされたときに、唯一西の壁が残ったために、ユダヤ教徒にとって神聖な場所とされています。「嘆きの壁」はアラビア語の「涙の場所」の直訳です。ヘロデ王は栄華を誇ったソロモン王を上回る大神殿を建築し、その一部が今もなお残っているもです。ユダヤ教徒の立ち入りが許されるようになったのは、1967年の第三次中東戦争以降です。

 私も祈りを捧げましたが、時空を超えて信仰の大切さを教えてくれる聖なる場所であることを、仏教徒の一人である私も実感することができました。


イエスキリストの聖地でもあるエルサレム  柴田聖寛

2018-09-06 19:33:44 | 旅行

 葉上照澄大阿闍梨の足跡を辿って聖地エルサレムにて平和を祈る旅では、ユダヤ教やイスラム教の方々だけではなく、2日目の6月12日には古代シナゴーク跡の見学場所で、カペナウムでフランシスコ会の僧侶と面会、3日目の6月13日の午前中にエルサレムと中近東地区の最高責任者で、聖公会大主教のスヘイル・ダウニ師を訪問して聖ジョージ礼拝堂を見学しました。また、当日はアルメニア教会の僧と昼食を共にしました。
 イスラエルのキリスト教徒は、カトリック教会、東方正教会、聖公会、アルメニア使徒教会などで、聖公会はイングランド国教会に、アルメニア教会は東方諸教会系などにそれぞれ属します。
   スヘイル・ダウニ師は遠来の客である私たちを大歓迎し、ユダヤ教が大半のイスラエルでも、キリスト教にとっても聖地であり、今もその信仰が息づいていることを強調していました。
  イエスが生まれたのはパレスチナ自治区のベツレヘムで、生まれた洞窟の上に現在はカトリック教会、アルメニア使徒教会、東方教会が区分所有するイエス生誕教会が建てられています。イエスはエルサレムの東郊のオリーブ山で最後の説法を行ったといわれ、復活したイエスが弟子の前に姿を現し、オリーブ山の頂上から昇天したと伝えられています。イエスが磔にされたゴルゴダの丘は旧エルサレム市街にあり、そこには聖墳墓教会が建っています。それもまたカトリック教会、東方教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、シリア正教会の共同管理になっています。
   私どもの一行は、2日目の6月12日にはナザレの受胎告知教会を、4日目の6月14日にエルサレムの聖墳墓教会、5日目の6月15日にベツレヘムのイエス生誕教会を訪問しました。新約聖書に書かれている聖地を訪れることができて、私も筆舌に尽くしがたい感銘を受けました。
   とくに、カトリック教会の受胎告知教会では、細川ガラシャがモデルといわれる長谷川路可画伯の日本画風モザイク「華の聖母子」が展示されており、私も感動して見入ってしまいました。

写真は
上から受胎告知教会
  「華の聖母子」のモザイク画
   聖公会大主教のスヘイル・ダウニ師
   聖墳墓教会
         アルメニア使徒教会の修行僧