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忙中閑話

四季の移ろい、花鳥風月を楽しみつつ
趣味はミニチュア木工、電子工作、旅行など

東の京/西の京の知事問題

2013-12-01 | 随想
 "東の京"は言わずもがなの東京、そしてもう一方の"西の京"は山口市。
山口市は戦国時代の有力守護大名である大内氏の本拠とした所であり、大内氏が京都
を手本に街づくりを行ったことから現在も堅小路、今小路などの京風の地名が残ってい
て、観光パンフレット等には小京都、あるいは西の京と謳われている。

今、奇しくもその東京都と山口県で知事の不祥事が起こっている。
東京都は猪瀬知事の徳州会グループからの献金問題。借金だったとして借用書を公開す
るなど何とかして言いかわそうとしているが余りに見苦しい。
マスコミは捺印や印紙がないとして借用書の真偽を追求しているが、これは枝葉末節で
あって借用書の有る無しにかかわらず両者の間に何らかの癒着があることは明白であ
る。

確か、猪瀬氏は道路公団民営化推進委員会の委員時代には、官僚と道路族議員との癒着
や利権がらみの体質を舌鋒するどく指弾していたはず。官官と官民との違いはあるが、今や自分が指弾していた最低の政治家に成り果ててしまっている。人間は"甘い汁"に
弱いという典型的な例だろう。

ただ、東京都は首都とはいえ地方自治体の一つである。「東京は東京だけでやってくれ」
と言いたい。


方や山口県は山本繁太郎知事。


先々月(10月)末から入院しており先月末から始まった県議会本会議にも出席できな
い状況となっている。当初疲労のため1ケ月入院ということだったが、1ケ月経った
現在も退院の目処がたたないばかりか病名すら県幹部も知らされていないという。

この知事、衆議院選で2度も落選したが昨年7月末の知事選で見事当選。しかし知事就
任開始から1ケ月もの間入院し今回の入院は2度目。しかも選挙中にも倒れて入院して
おり選挙活動もできなかったという。

多くの関係者にこれほど多大な迷惑を掛けているのに知事辞任の気配はない。誠に無責
任な人物である。

もともと上関原発問題にしろ、岩国の米軍問題(海兵隊移転、オスプレイ)にしろ
国の施策に従うとして知事としてのビジョンを全く示していないし、今夏の県央、県北に
於ける集中豪雨災害にしても国に復興支援の陳情をするばかりで県の姿勢は全く見え
ない。

知事就任時の施政方針そのものが前任者(二井関成氏)の施政の踏襲ということだった
が、ニ井氏も全く政治家としてのビジョンのない人だった。県政は県の運営をすること
で政治とは異なると発言したことを鮮明に記憶している。つまり国から言われたことを
そのまま上意下達で県政に移し変えるということである。

数十年後には県の人口が100万人を切ってしまうという統計データが出ているのに
こんなビジョンのない、そして知事になることだけが目標としか思えない人に知事を
続けられてはかなわない。

巷では建設省官僚時代に"ノーパンしゃぶしゃぶ"接待を受けたことで有名でもある。
外見を云々するのはタブーであることは重々承知しているものの、異性人の感触が
して生理的に嫌いなタイプである。衆院選に2度も落選したというのはそんな何とは
ないいやらしさが感じられてのことではないかと思う。

こんな人物が知事に当選するとは、相手候補が悪かったこともあるが、推薦した県自
民党も、そして投票した県民も民意が低いと言わざるを得ない。


ふるさとは”遠くにありて思うもの”

2013-11-05 | 随想
 一昨昨日(さきおととい)の晩、故郷に暮らす中学時代の旧友から2年ぶりに突然
の電話が入った。昨晩開かれた筈の中学の同窓会への参加の誘いであった。

そういえば、2ヶ月ほど前に案内の往復はがきが来ていたが、逡巡している間に日が
経ってそのままになっていた。11月は紅葉の京都がいい。日がな暇な身上とはいえ
家人がいつ再訪したいと言い出すかわからない。すぐ不参加に○をしたものの、近況
を書く欄があってそこでペンが止ったままつい失念してしまっていた。

彼は中学時代、今で言う"落ちこぼれ"。当方は自慢ではないが550人はいた学年で
10位以内には入っていた。そう言う二人だったがなぜか馬が合い、休憩時間や休日
に4,5人で集ってよく遊んだ。

中学卒業後、彼は私立高校に進み地元で就職した。その後独立して、今は中国・大連
やベトナムを忙しく飛び回っていると言う。詳しくは聞いていないがアパレル関連の
仕事をやっているようで現地で工場を持っているか、或いは製造委託をやっているの
ではないかと思われる。

一方、当方は地域の進学校に進学。一浪したもののの国立一期大に進み、卒業、就職
とともに故郷を離れた。

進む道が違えば自ずと疎遠になる。家が離れていることもあって彼とは大学入学後の
正月に一度彼の家に招かれて会ったきりもう45年以上も会っていない。以来年賀状
のやり取りだけになってしまった。

よく、いくら齢を重ねても一旦昔の話をし始めるとお互い一気に昔の"いがぐり頭"に
戻ってしまうと言われる。だが、電話で30分ほど昔話をしたものの何か馴染めない。


携帯に掛かってきた第一声がいきなり「もしもし、○○(当方の下の名前)?」だっ
たが中学時代には下の名前で呼び合った記憶はない。名前を呼び捨てにされるのは
実兄くらいしかいない。

そのまま30分ほども昔話をしたが残念ながら彼が懐かしむほど懐かしさが湧いてこ
なかった。自分自身、どうもサラリーマンとして不完全燃焼した思いがあるのかまだ
前を見ているような気がする。

両親は既になくなり故郷には法事で帰省するくらいになってしまった。育った家は
兄が建て替えたので残っていないし、通った中学も廃校となったうえ分譲されて民家
が立ち並ぶ。グラウンドが校舎より一段低いところにあった筈だが均されて跡形もない。
小中学時代の通学路だった道路には立派なバイパスができて現在は側道になっている。
付近の町並みも大きく変った。

故郷はこの悪友を含めてまさに記憶の中だけの"遠くにありて思うもの"になってしま
ったようだ。

豊かさとは

2013-11-02 | 随想
 現在、義母のゴミ屋敷化した部屋の片付けを続けている。二部屋目の片付けに
入って昨日で5日目。一部屋目から通算すると既に2週間以上続けている。

この部屋は畳の6畳間だが、南北両サイドに板の間がついているので全体の広さは
9畳ほどはある。床の間もあり、もと寝室として使っていたので押入れもある。

驚くことに、まず部屋の入口のドアが殆ど開かなくなっていた。開閉式のドアの
向こう側にまでモノを投げ入れているので20度ほどしか開かないのである。

入口付近にまで積み上げられたゴミをどうにか処分し部屋に入ってみるとさらに
驚いた。殆ど畳が出ていない。

鏡台、水屋、スライド式大型本棚、テーブル、回転式ハンガー2脚、縦型収納ケース
(開閉蓋付き:ハンガータイプ)4個、薄型の衣装ケース7個、さらにカラーボックス
などで埋め尽くされている。

埋め尽くされているのは平面だけではない。
回転式ハンガーの一つはビニールカバーつきの2段式で巾、奥行きが1.5m
ほどもあり高さは2mを越す。天井に届くほどの高さである。テーブルの上もさらに
テーブルが置かれその上に衣装ケースが積み重ねられているし、本棚の上にもシーツ
やタオルケットの箱が積み上げられていてりいずれも天井に届きそうである。

つまり空間も殆ど埋め尽くされていた。

この空間に埋め尽くされた物量たるや凄まじいものである。分別をしながらなので
多少時間がかかるとはいえ、ほぼフルタイムで5日掛けてもまだ整理が終らないと
いうことがその物量の凄さを物語っている。

連日片付け作業を続けているとこの凄まじい物量を前にして「豊かさとはなんだろう?」
とつい考えてしまう。

殆どが要らないものか、要らなくなったものばかりである。無くても別に困らない。

大量生産、大量消費の時代になってモノが溢れるようになった。特に石化製品が
出回るようになってその傾向が著しい。ボールペンなどは殆ど使わないのに各家庭
に10本はあるだろう。

モノが今ほどなかった時代-例えば江戸時代-人々は果たして不幸だっただろうか。
なければないで済み、あればつい欲しくなって手に入れたくなる今の世の中の方が
不幸であるような気がしてならない。

安倍政権の言う「成長戦略」とは大量消費を勧めさらに"ゴミ"を増やそうとする政策
でもある。子育て支援、介護というサービス業や携帯ゲームのような娯楽産業だけ
では決して「成長」しない。
これ以上モノで溢れかえるのはうんざりする。リニアも要らない。
モノに溢れた生活よりも限られた資源で精神的に豊かな生活を送りたい。

でもそれでは息子達次世代の人が困るだろう。痛し痒しではある。



みずほの暴力団融資問題につて

2013-10-18 | 随想
 みずほ銀行が暴力団関係者に多額の融資を行ってその大半が回収不能、つまり
焦げ付いているという。いわゆる銀行と闇組織の関係が問われているが、いまさら
何をと言いたい。

 一昔以上も前、サラ金地獄によって自殺者が続出し問題になったことがある。
今なお多重債務で苦しんでいる人が大勢いる。
このサラ金の元金は銀行である。実際サラ金を傘下におさめグループ会社として
営業している銀行もある。
彼等は表向きは背広を着て紳士面をしているが裏の顔は実は薄汚い。

お金は経済の血液という。彼等はそれを取り扱っているということで主役然として
大きな顔をしているが、血液は血液でしかない。無いと困るが、大きな顔をされては
困るのだ。

昔は6、7%もあった普通預金の利息は、今や0.02%。1000万円預金しても
たったの2000円。それに税金が20%も掛かり手元に残るのは1600円に過ぎ
ない。国もあくどい。江戸時代の悪代官そのものである。預金利息より物価上昇率の
方が大きいので使わないのに目減りしている。

一方融資を受けた場合の利息は、借りたことがないので実際のところ判らないが
5%くらいはかかるだろう。まさにぼろもうけと言わざるを得ない。

この低金利は、元はと言えば自らが巻き起こしたバブル時代に作った不良債権の
後始末なのだから始末が悪い。自ら蒔いた種なのに、そしてバブル崩壊時に多額の
不良債権を抱えて、一般企業ならとっくの昔に倒産しているはずなのに国からの
融資-つまり国民の血税-を受けて今があること、それすらすっかり忘れている。
銀行が潰れれば多くの預金者が困窮する。そんな理由から公的資金が注入された。
預金者はまさに人質である。

 低い利息の中でもみずほ銀行は更に低い。定期預金の利息が他行の普通預金
と同率である。

兎も角も銀行に大きな顔をされては困る。

無神経なNHK

2013-10-16 | 随想
 昨日未明、寝付けないままNHK-FMで「ラジオ深夜便」という番組を
イヤホンで聞いていたら、流れていた綺麗な曲が中断し「番組の途中ですが・・・」
で始まる臨時ニュースが入った。

 地震発生などの臨時ニュースで番組が中断することが時折あるので、今回もそうかと
思っていたら山陽道徳山東~熊毛間の通行止めが解除されたとのニュースであった。事故で通行止めになっていたらしい。これが数分おきに3回流された。

1回目の時は、重大事故でない事を祈りながらニュースを聞いた。2回目の時は
多少くどいなと思った。

番組を中断することなく画面の一部にテロップで流すことができるTVと違い、音声
だけのラジオの場合、繰り返しニュースを流す必要があることは理解する。
だがそもそもこのニュースを3回も流すことが必要なのだろうか。
高速道上の車は電光掲示板で通行止め解除を知ることができるので、実際に必要なのは
今から高速の乗ろうとしている車だけである。2時過ぎの深夜の田舎道を走って
いる車に限られる。


3回目の時はなんと次の番組である天気予報の途中であった。どちらの情報が大事と
NHKは思っているのだろう。

シリア援助の無駄

2013-09-30 | 随想
 27日に安倍総理が国連で講演し、シリアへの60億円もの経済支援追加を
表明した。

シリアは2年以上も内戦を続けており終わりが見えない。恐らく相手を徹底的
に潰してしまわないと自分の方がやられるのだろう。だから武器がある限り死力
を尽くして戦い続ける。その間、国内は破壊尽くされるだけだ。内戦だけにお互い
が国内の施設を攻撃しあうので余計始末が悪い。

完全に国としての体をなしていない。多数の難民が溢れているとは言え、こんな
国に経済支援を行う必要があるのだろうか。


めぼしい地下資源や産業がないシリアが、これほど長期に亙って内戦を続けることが
できるのはなぜか。武器を供給している組織があるからだろと思う。事実、今回の
化学兵器問題で、その化学兵器はロシア製という。フランスもアメリカも武器を大量
に輸出し、それが直接、間接的にこういう不安定な国に流れている。

国連で訴えるのは、経済支援だけではなく、武器を世界にばら撒いている国を糾弾
すべきなのではないのだろうか。
武器を垂れ流したままでは、内戦や紛争は果てしなく繰り返される。


「竹島/独島 韓国の論理」(金学俊 著)

2013-09-08 | 随想
 市立図書館で面白そうな書籍を探していたら偶然竹島に関する韓国人が書いた本が
目に留まった。
それが標記のタイトルの本である。著者の金学俊氏は、韓国でトップのソウル大を
卒業しておりまた米国にも留学したこともあるいわゆる学識者といえる。

 韓国の学識者の対日観というのはどういうものだろうと思い本を借りてきた。
米国留学経験のある人だからある程度の世界観もあるだろうし、そして物事を客観的
に判断できるだろうと期待するところがあった。

「第一章 独島は日本の朝鮮強制占領の最初の犠牲地だった」で始まる。この表題は
朝鮮人から常に聞かされているから良しとしよう。

 ところが、その最初のページで完全に期待は裏切られた。と、いうよりあきれてしま
った。まず、なんと「我が倍達民族は・・・」とある。初めて知ったが彼ら朝鮮人は皆自分
たち朝鮮族のことをそう呼んでいるらしい。

字面からすると「倍達」とは倍の先に達している(進んでいる)と言う意味であろう。
つまり他民族より先の先を行く優れた民族という意味なのだ。しかも「達」という
ことは既に(理想に)到達しているということだろう。留学経験がある知識人と思われ
る人種ですらまだこんな単語を使い意識していることにあきれてしまう。

かつて第二次世界大戦でヒットラーが「我がドイツ民族は優秀でユダヤ人は劣等民族
である」としてユダヤ人を強制収容し大量虐殺した例は知っているが、それ以外では
こういう風に自称する民族を聞いたことがない。ヒトラーの例が示すように危険な
思想でもあるし、何よりも現状に自己満足することに終わりそれ以上の発展性が生れ
ない考え方である。

大体、自分のことを自慢して他言する人は信用できない。
昔、会社の創立記念式典に出席した時のこと、あるOBが来賓挨拶の中で直近の歴史を
振り返りながらあることについて「自分がやった」と繰り返し、さも自分の功績である
かのように話していたのを思い出す。実情を良く知っているだけに聴くに耐えないもの
だった。
評価は自分でやるものではなく、第三者がするものである。

話が逸れてしまった。話を元に戻そう。
かれらは倭寇に始まり、秀吉による朝鮮出兵、そして1910-1945年の日韓併合を上げ
て日本からの侵略の歴史を強調する。

しかし倭寇の大半が中国か自国民による強盗であったことを知らないのか語ろうとし
ない。
また元寇の時に元の手先になって日本に侵攻してきた事実にも口を塞ぐ。
そして日韓併合時はあたかも全てが圧政であったかのように「日帝(彼らは当時の
大日本帝国のことをそう呼ぶ)による搾取」という。
全て被害者であって、悪いのは日本である。日韓併合時代に日本が行ったことに当然
功罪はある。しかし彼らに言わせると罪の方ばかりで、政治制度および教育制度の
整備やインフラ構築についての功の方は全く認めようともしない。
寺子屋さえなかった国に学校を建て、ハングル文字を普及させて文盲率を下げさせた
のは一体誰なのか。

また日韓併合については複雑な時代背景がある。その中には自らが招いた要因もある。
日本だけが一方的に悪いのではないはずだ。
彼らは常に哀れな被害者となって現実から逃避するのである。

すべてこれらが先の「倍達民族」意識がベースにあるように思えてならない。
同じように皇民化政策をとった台湾が親日派が多いのに、こちらの方は反日が圧倒
的というのも頷ける。

肝心の竹島についての検証はというと、頭から「韓国固有の領土である」で固まって
いる。その根拠なるものの根本が1145年に発行されたという「三国史記」であり、
その中になんと512年に欝陵島近辺にあったという「干山国」なるものが高麗に
帰属したという記述があるという。
1145年と言えば日本では鎌倉以前の平安末期である。そして512年はそれより
600年以上も前の話である。これは完全に「昔、昔・・・」で始まるお伽話その
ものではないか。まさに伝承のなかの神話である。

あとは「固有領土である」前提で距離的にどうの、古文書がどうでの羅列。全く話に
ならないものだった。いわゆる知識人がこの程度なのだからやはり程度が低いといわ
ざるを得ない。

2020年オリンピック開催地の投票直前に合わせて東北8県産水産物の輸入禁止の発表
するのは幼稚なのでまだいいとしても、ソウル日本大使館前の公道に“慰安婦の像“を
設置するなどというのは完全に嫌がらせであって品位にかける。ソウルオリンピック
のボクシング会場で判定に猛烈抗議した挙句、会場の照明の全てを落としてしまった
ことがあったがそのことを彷彿させる。
そして全く関係のない米国の各地に“慰安婦の像“設置を計画しているという。頭の中の
何処かがショートしているのではないか。

オット! “頭がいかれている“という言葉は差別用語らしい。


富山での思い出 : ノーベル賞受賞の田中耕一さんのこと

2013-08-31 | 随想
 今週月曜日の朝日新聞で久しぶりにノーベル賞受賞の田中耕一氏を拝見した。
朝日新聞社主催で科学に興味のある若者対象に開催された「朝日知と学びのサミット」
というセミナーで基調講演を行ったという記事だった。基調講演のタイトルは「科学
での失敗を活かす」というものであった。

自分の体験談から、失敗を見逃さない目を持つこと(作り損ねた筈のサンプルを使った
ことが成功に繋がった)、異業種間で情報交換が必要なこと(電気専攻なのに化学で
受賞)、何事も一所懸命にやることが大切(本人がそうであった)であると説いていた。


田中耕一氏は富山の出身である。富山に’03年まで単身赴任していた経験があり
田中氏がノーベル賞を受賞した’02年は富山でも一躍大フィーバーとなった。
本人が驚くほどの唐突の受賞だったので当然と言えば当然である。

記事が掲載されたのは丁度、当時富山で集めたスクラップ等の資料を整理するため
スキャナーで資料を取り込み終わったところであった。なんというタイミングのよさ
なのであろう。

'03年6月に富山を離任するに当たり富山市内にある田中氏の実家まで行ってみた。
田中氏の実家は鋸の販売店だったか、目立て屋かを営んでいたが、田中氏の受賞後
に野次馬が集りすぎて周辺の商店街に迷惑をかけるということで看板が撤去されて
おり訪問者もなくひっそりとしていた。

富山は南は北アルプス、東は親不知で遮断され、西に抜けるにしても大阪・京都は
離れているのでいわば陸の孤島である。そのせいか、独特の文化というか風土を
持っているように感じられた。粘り強さは雪国のせいか。宗教心が強く先祖を大切
にするのは一向宗の盛んな土地柄か。核家族化している現在において大家族が多く、
また女性が働き者だから世帯あたりの所得は日本一だし住宅所持率も日本一。

実は田中氏は幼児のときに母親を亡くし、父親の兄夫婦に育てられたという。
兄夫婦は実子と分け隔てなく育てたので田中氏は大学入学の時に提出した戸籍謄本
を見るまでは実の親子とばかり思って育った。ショックの余り勉強に手がつかず
1年留年したというが、大抵のところだったら近所のものか、親類がずっと前に
陰口して知れることとなる。

他の兄弟もそのことを知っていたというが、やはり育ての母親がいかに優しかった
かということだろう。育ての母親は当然血が繋がっていない。
富山の人々が押しなべてそんな人柄であるように思える。
富山を離れて丁度10年になるが、いまだに懐かしくなる。


最後に、当時のスクラップの写しを添付。

受賞決定直後のフィーバー


連載記事~無名のメダル(読売)




連載記事~夢を抱いて



ストックホルムでの記者会見


県報




イプシロンロケット打ち上げ失敗 ~ 再チャレンジに期待

2013-08-27 | 随想
 今日13時45分にイプシロンロケットの打ち上げがあるというので
自分の中では午前中からカウントダウンしていた。
あと3時間、あと2時間、そして1時間というふうに。

打ち上げ30秒ほど前に、それまで見ていたTV番組が現場中継に切り替わり、
本当にカウントダウンが始まった。現地の見学場所でも皆が一斉にカウント
ダウンを唱和する。10、9、8、・・・・3、2、1、0。

だがカウントが0になっても動きがない。おもわずのけ反る。
古い話だが昔、クレイジーキャッツの植木等が”お呼びでない”といって皆
がずっこけたような感覚に。

失敗でない、延期なのだという人がいるかもしれない。しかし、予定通りに
打ち上げられなかったという意味ではやはり失敗といえる。
失敗には取り返しのつかない重度の失敗とそうでない軽度の失敗がある。
今回の失敗は、機材に損傷がなかったので軽度の失敗ということだろう。

液体燃料なら打ち上げ延期の場合は燃料を抜き出さなければならないが
幸いにして今回の場合は個体燃料であり抜き出す必要がない。
個体燃料のロケットは一旦点火すれば燃え尽きるのを待つしかないが
液体燃料より取り扱い易くまたエンジンの構造がシンプルにできるらしい。

打ち上げ再チャレンジは最低3日はかかるというが、次回はぜひ打ち上げに
成功して欲しい。そして皆で喝采したい。


ところで今回のイプシロンとは別に液体燃料のH型ロケットもある。
こちらの方は大型人工衛星や宇宙ステーションへの物資輸送を行う
「コウノトリ」の打ち上げに使われている。

でも、「コウノトリ」を始め、日本が参画している宇宙ステーション建設
計画は個人的にはどうも賛成しかねる。人口膨張のため他惑星への移住、
あるいは天然資源枯渇のため他惑星から調達、といった壮大な最終目的
があると思われるが、まだそれほどこれらの問題は切迫していない。

中には、宇宙開発によってシャトルの耐熱タイルや複合材料などの開発が
促進されたという人もいるだろう。しかし殆どとってつけた言い訳くらい
にしか思われない。そして日本は自前の実験棟まで打ち上げている。

もともと宇宙開発は米ソ冷戦に始まっている。最初の人工衛星打ち上げは
旧ソ連。人工衛星は確か「スプートニク」といった。旧ソ連は第二次世界
大戦終了時にドイツからV2ロケットの技術者を多数連行しその開発に
あたらせたので当然である。
この冷戦時代に、大陸間弾道弾に繋がる大型ロケットの開発は国として
安全保障上大きな脅威である。

米国はあわててロケット開発を急いだが、その後動物の打ち上げや
有人での宇宙空間飛行、月面のサンプル採取(ただし無人)とことごとく
旧ソ連に遅れをとった。

そこでケネディーによって壮大なプランとして立てられたのが「アポロ
計画」である。人を月に直接送り込むということ。これならソ連には決して
マネできないだろうと。
ここまで来ると完全に意地になっていて無意味な競争である。
アポロ計画はずっと以前に、そしてシャトル計画は最近終了している。
費用対効果が低いとして議会の承認が得られなかった。

そしてまた宇宙開発が国威高揚につながるだろうか。
現在中国が有人での宇宙飛行を盛んに行っていて、彼らの自信は深まって
くるばかりだが、全て国外の技術の模倣でできておりオリジナリティはない。
これは明らかに過信である。


またまた天邪鬼な性格が出てしまった。これ以上言うのはやめにしよう。


電力不足は嘘だったのか

2013-08-26 | 随想
昨年マスコミをあげて嫌というほど電力不足になると嚇かされ続けた。
だが、今年は近年にない猛暑だというのに電力不足の“で”の字も出てこない。

福島第一原発事故から2年半経つがこの短期間で火力発電所の新設および増設
が行われたとも思われない。発電能力が変わらないのに本当に不思議だ。

今年、電力各社が一斉に料金値上げを実施した。こうなると値上げのための
キャンペーンだったとしか思われない。或いは原発再稼働を計ったか。
マスコミはそれに乗せられたのか。

だいたい、電力の受給バランスというのは電力会社しかデータを持ち合わせて
いない。発電能力と一口にいっても、公称能力、実能力、最大能力などいろいろ
あって、実際の発電能力は電力会社でしかわからない。

その電力会社の作成した電力受給バランスの真偽を質すために、監督官庁として
経済産業省があるのではないか。本当に監督官庁として機能を果たしているのか
疑わしい。

最近似たような事例がみられた。福島原発の汚染水漏洩問題である。貯水タンク
から外部に200m3も漏れていたという。ほかに発電所からの地下水汚染の問題も
ニュースで流されており、メルトダウンといい、東電関係のニュースはすべて
今更何をという感がして驚かない。

だがしかし、貯水タンクからの漏洩についてのニュースで、監督官庁たる原子力
委員会の現地立会いでの言動に驚いた。
そこではタンクの液面の記録がないことを激しく追求していた。記録がなければ
漏れたこともわからないのになぜ記録をとっていなかったのかと。

しかし、漏れてから指導しても始まらない。記録を残すように指導するのが彼らに
課せられた業務ではないのか。

問題はタンクからの漏れに留まらないはずである。問題は次々と出てくるだろう。
問題になる前に問題を摘み取るのが彼らの役割なのだから、東電任せにせず職責を
全うして欲しい。

台湾と韓国(朝鮮)の対日感情の違い

2013-08-19 | 随想
 今朝はなぜか3時過ぎに目覚めてしまった。眠れぬままNHK-FMで
ラジオ深夜便を聴く。午前3時台は「作家でつづる流行歌:吉岡治(作詞)」
特集である。深夜に演歌ではますます眠れなくなる。

眠れぬまま演歌を聴き流していると4時台は「明日へのことば」が流れる。
今日のインタビュイーは映画監督の酒井充子さん、テーマは「アジアの関係を
映画で見直す(1)」だった。

北海道新聞の記者時代に台湾を訪れた時に、バス停で日本語を流暢に喋るご老人
から話しかけられたことから、映画監督に転進して日本統治下の台湾を改めて
みなす映画を作り続けているという。
 ※代表作
  「台湾人生」
  「台湾アイデンティー」
  「空を拓く 建築家・郭茂林という男」

 このバス停で話しかけてきたのはバス停そばに住んでいるご老人で、バス停
で待つ日本人らしい彼女を見かけてわざわざ家から出てきて、自分の小学校時代
に日本人の恩師からいかに世話になったかを話してくれたと言う。

「自分は教科書で出た日清戦争後の下関条約で台湾が日本に割譲されたことくらい
しか知らなかった。だが、実はこのことで1945年の終戦で解放されるまで50年間
もの間日本の統治下にあったという時間的空間を認識させられた」
と言っていた。

 この時代に教育を受けた人たちへのインタビューを進めるうちに彼らは極めて
親日的であり、中には日本に引き上げた恩師の消息を探し続けて数十年後に再合を
果たしその恩師が亡くなった後も毎年来日して墓参している人や「もし男だったら
特攻に志願していた」という女性、お茶、生け花を習得し「日本人よりも日本人らし
い」と自負する女性がいると言う。

 そう言えば、20数年前に始めて海外出張に出たのが台湾だった。
先輩社員の鞄持ちのような表敬訪問で数社を回ったが、先方の副経理などの年配
の人は日本語を話していたことを思い出す。

おしなべて台湾は親日派が多い。
それに対して韓国は嫌日、反日が圧倒的に多い。

等しく皇民化政策によって、習慣や言葉、システム全てを日本式に
変えることを強いられた両国だがこの違いは余りに大きい。

もともと清の圧制から逃れるため大陸から渡ってきた人たちが大半
だった台湾、平和だった李朝を潰されいわば「てごめ」されるがごとく
併合された(と勘違いしている)韓国の立場の差か。
あるいは生来の民族レベルの差かとも思う。

国民感情も人間関係も同じで、距離が近いほど好き嫌いがはっきりする。
人間関係なら嫌いであれば離れて距離を置けばいい。近所同士でどうしても
嫌いなら家移りも可能だ。だが国と国では離れることも儘ならない。

日本を意識することでしか自らのアイデンティティを見出せないように
思える韓国。哀しい性(さが)である。




今年も盆がやってきた

2013-08-16 | 随想
 今日は盆。
68回目の終戦記念日でもある。家族には戦争被災者はいないが、遠い親類に
真珠湾攻撃での潜水特攻員(特殊潜航艇:人間魚雷)がいる。母の従兄弟にあ
たると言う。従兄弟半である。
開戦当初こそ”軍神”と崇め祀られたものの、戦争がすすむにつれそれどころ
ではなくなったらしい。今はその片鱗さえない。
若者の中にはアメリカと戦争をしたことさえ知らない世代もあると聞く。

ところでこの終戦という言葉はいつも心に引っかかる。実質は敗戦なのに終戦
といって言葉を濁す。敗戦という事実を認めて傷つきたくないという気持ちが
出ている。似た例はまだある。事実は撤退なのに転進、また本当は全滅なのに
玉砕。こちらは大本営発表という公式の発表で、国民を鼓舞するため美句に
刷り変えている。また同じく占領軍を進駐軍と言い換える。
そう言った曖昧さがまた責任の所在や反省といったものを曖昧なものにして
いるのではないか。

ただ、戦争の責任は負けた日本だけに一方的にある訳ではない。
軍備拡張に走り戦争への道を邁進していった日本も悪いが、石油禁輸等の経済
封鎖によって日本を戦争へと走らざるを得なくしたアメリカ側にも責任はある。
――と考える。

 大量破壊兵器を持っているとして侵攻を始めたイラク戦争。侵攻が始まった
時、まるで西部劇でインディアン(今はネイティブアメリカンと呼ぶ)を殺戮
していった騎兵隊と同じに思えて全く無茶なことをやるものだとあきれたことを
忘れない。ブッシュ大統領が騎乗のまま2丁拳銃を乱れ撃ちしてインディアンを
追う騎兵隊の隊長に思えた。
果たしてフセイン政権は倒されが大量破壊兵器は見つからなかった。そして
あくまでイラク人の自主制の元にという形でフセインは処刑されている。

当初アメリカはフセインが独裁政権であるのを承知の上で隣国イランの牽制の
ため武器供与を行いサポートし続けている。フセインのクェート侵攻という
無謀な行動が先にあったとはいえ、フセイン政権をここまで助長させたのは
アメリカである。利用するだけ利用し、意と異なれば潰してしまう。誠に手前
勝手というほかはない。

このような例はかつての南朝鮮(韓国)や南ベトナムでも見られた。民主、
人権を謳いながら軍事政権を容認し、自国に利さないと見るやクーデターで政権
を転覆させることがたびたび行われている。

また決してテロを肯定するつもりはないが、イスラム教徒によるテロも元はと
言えばアメリカ自身が生み出したものといえる。
第二次世界大戦への協力を得るために、2000年もの前にユダヤ王国があった
パレスチナへのユダヤ人入植を認める秘密文書を出したのはイギリスだが元は
アングロサクソンで同根。この結果、長年住み慣れてきたパレスチナ人は土地を
奪われた。そして、その後の数次に亙るパレスチナ戦争で周辺の土地を占領し、
占領地は一部返還されたものの耕作に適した場所は囲い込みをしてパレスチナ人
を追い出したうえ入植を進めている。事実上の領土拡大である。
「世界の警察」を自称している米国は、国内の政財界で強大な力を持つユダヤ系
住民の圧力を受けて決してパレスチナの方に与しない。口で通じなければ一部が
実力行使で訴えるの自明だ。しかもまともな軍事力を持たないかれらはテロで
しか訴える手段がない。
2000年もの前の所有権を主張されてはたまらない。日本で言えば、弥生時代か
縄文時代かに当たる。「富士」の語源はアイヌ語という説もあるからその論理から
いえば富士以北はアイヌ領となる。
イスラエル国家を潰せとまでは言わないが、少なくとも入植は踏みとどまらせる
べきだろう。

こう考えると民主、人権と言っても全く自分本位のご都合主義である。


原爆投下についても、戦争を早期に終結させるため、そして米軍の被害を増やさ
ないため止むを得ないものだったといって決して謝罪することはない。一瞬にして
10万人(最大15万人ともいう)に及ぶ民間人が焼き殺された。

東京大空襲も、事実上大量無差別の虐殺である。まず第一陣として大きくリング状
に焼き、逃げ惑って中央に集まったところを第二陣として攻撃してきたという。
そのために一夜にして8万人の命が奪われている。誠にやり方が卑劣だ。

植民地時代、オーストラリアでは原住民のアボリジニを動物のように狩猟の獲物に
したというがその時代と考え方は全く変わっていない。

例え戦時中の非常事態とはいえ決して許されるはずがない。


書き進むにつれ反米的な内容になってしまった。しかし内実は反米主義ではない。
何より正否は兎も角として論理の過程がクリアーなところがいい。


太平洋戦争での戦没者は官民合わせて300万人にものぼる。英霊、御霊の冥福を
心から願う。
それとともに集団的自衛権などといってご都合主義のアメリカの片棒を担いだり、
あるいは梯子を外されたりするのはまっぴら御免願いたい。








麻生氏の「失言」の重み

2013-08-01 | 随想
 アベノミクスで追い風に乗ってたまま参院選まではなんとか「事なかれ」で高支持率
を保ち、そして参院選で勝利した後は数に任せて突き進む、そんな姿勢が見え見えだった
が、やはり参院選の圧勝でタガが外れたようにさっそく麻生副総理がやってくれた。
もともと言葉が軽く失言が多かった人ではあったが参院選までは自重していたようだ。

これらの「失言」のあと、必ずといっていいほど「誤解だ」とか「真意は別のところに
あるが関係者の心情を傷つけたのなら・・・」といった言い訳や発言の取り消し、訂
正が行われる。

今回も「ナチスを礼賛したわけではなく誤解である、発言全体を聞いてもらえば真意が
わかる筈だ」というような内容の言い訳をしてナチスの発言は撤回した。

 ねじれ国会だった参院選以前なら、この失言で多分辞任に追い込まれていたと思う。
失言や放言で簡単に首を据えかえるのも如何かと思うが、麻生氏はもともと政治信条を
全く持っていないとしか思えない”政治家”であり副総理、財務大臣として、ましてや
総理としての適性を疑う。

 そして今回の「失言」の収拾を見ているとやはり両院を抑えた自民は強い。十中八九
自民は強引な議会運営を執り続けるだろう。


「発言全体を読めば判る」ということで精読してみた。国民が(あるいはマスコミが)
必要以上に騒ぎ立てるので中韓に知るところとなり大騒ぎになる、だから静かに議論
しましょうという風にも取れる。確かに、閣僚が靖国参拝をするとマスコミは必ずバカ
のひとつ覚えで「私人」か「公人」のいずれの立場で参拝したのかと聞く。まるで中韓
の回し者のようだ。中韓の反日を煽るばかりでこんな質問は実際のところ全く無意味で
ある。


しかしそこにナチスのやり方を学んで彼らのように(国民が)知らないうちに憲法を
変えたらどうかという発言が繋がらない。

兎に角、無知で阿呆な国民はマスコミに扇動されやすく、だから詳しく知られると
まずい、従ってあまり詳細を知らせず、自分達の都合のいいように憲法を変えて
いこうではないか――というのが本音だろう。


現行憲法の9条の①戦争の放棄②戦力の不保持③交戦権の否認の3項目のうち
どこがどのように都合が悪いのか、どのように改正したいのか明確にして議論すべき
だろう。

憲法上は戦力を持てないはずなのに「自衛権は放棄していない」として警察予備隊を
経て現在は自衛隊という立派な戦力の軍隊を持っている。
あくまで「自衛のための軍隊」だから国内の軍事行動に限られおり米国や国連の要請
があっても軍事行動を伴う海外派兵すらできない。また敵方から攻撃を受けない限り
攻撃ができない。つまり攻撃されそうになっても自己防衛のための先制攻撃できない。
また同盟国(米軍)が攻撃を受けても参戦できず一緒になって反撃することもできな
い。・・・・等々の制約がある。

自己流の解釈なので誤解している部分があるかと思うが、憲法上の日陰者である自衛隊
を正式に「国防軍」として改め、火器の使用、先制攻撃も認めたうえに「集団的自衛権」
と称して、同盟国軍への攻撃は自国への攻撃とみなし参戦できるようしたいらしい。
そのためには第9条第二項に規定する戦力不保持の条項が邪魔だ。

更に憲法改正には憲法92条の規定で、国会議員の2/3の賛成による発議、国民の
過半数の賛成が必要であってハードルが高すぎるとして、これを改定して国会議員の
過半数、国民投票の有効投票数の過半数の賛成で可決というふうにハードルを下げ
ようと画策しているらしい。投票率60%なら国民の30%以上の賛成が得られれば
憲法改正が成立する。


改憲論議はナイーブな問題である。反対と言えば売国奴、賛成と言えば軍国主義と
お互いがお互いを非難する。だが平和憲法があったお陰で湾岸戦争やアフガニスタ
ン・イラク戦争で戦闘に加わらずに済んだことは確かである。

為政者はいつも猛々しい。戦争になって実際に弾を撃ちあうのは国民である。恐らく
彼らの肉親・親類縁者も戦闘に加わることはないだろう。

なぜ自衛隊でなく軍でなくてはならないのか、なぜ海外派兵や集団的自衛権なるもの
が必要なのか明らかにして議論すべきだと思う。占領下で押し付けらた憲法だから
改正しなくてくてはならないということは断じてない。

ガソリンの価格上昇

2013-08-01 | 随想
 今日家人と近くのスーパーに買出しに出かけたら、スーパーの向かいにあるGSの表示
がレギュラー価格161円/Lとなっていた。

先々週の火曜日、阿蘇へ出かけた際に給油した時は確か152円/Lだったはず。
このところガソリン単価は毎日のように上昇を続けており、今後も下がる要因がまず見ら
れない。

160円/Lと言えば、例の民主党政権時代に打ち出した暫定税停止の条件(160円/L
以上が3ヶ月継続)に達したことになる。
しかしあの口先だけの民主党政権が、東日本大震災復興をもっけの幸いにして暫定税撤廃
どころかこの一時停止措置すら廃止したため、このままガソリン価格が上昇しても暫定税
が停止されることはない。

満タン60Lではほぼ1万円。ドライブが唯一の趣味といっていい我が身にとってこれは
本当に痛い。

それにこのまま行くと来年は消費税が3%上がる。するとこれによって現状価格で5円も
値上がりすることになる。さらに負担が増える。

さらに困るのは消費税増税時に外税表示が認められること。内税表示に一本化されている
現在でも表示価格の他に、会員価格だのカード価格の表示があって判りにくいのに外税表
示が認められるとさらにわかりにくくなることは目に見えている。これは地元ならまだし
も旅先では走行中に見極めなければならないので本当に困る。

安倍首相は消費税増税の影響を検討させるといってその延期の可能性も臭わしているが、それはいかにもポーズであり増税敢行は目に見えている。

ガソリンにかかる税金は53.8円/L(揮発油税 28.7、暫定税 25.1)にもなり、これにも消費税が二重にかかっている。ガソリンや軽油だけでも増税を止める訳にはいかない
のだろうか。

中央アルプスでの韓国人ツアーの遭難に思う

2013-07-31 | 随想
 中央アルプス・駒ケ根での韓国人登山者の遭難に驚いた。
20人のグループのうち三人が死亡、一人が心肺停止という。
心肺停止の遭難者は滑落しており日没のため救助が明朝以降になる
というからこれも100%死亡に違いない。

何より驚くのは、このグループは引率者、つまりリーダーがおらず
個々の体力にまかせ各自バラバラで登山していたということ。まさに
ツアー感覚で登っている。

そして山は100m登る毎に気温が約0.6度下がるという常識すら
知らないようだ。つまり地上が30度あっても3000mの山頂では
12度。早朝や夕方では地上が24、5度なので山の上では
6,7度まで下がる。

雨に濡れたり、風が吹いたりすると体感温度は更に下がってこのような
悲惨なことになる。


今回さらに釈然としないのは捜索費用のことだ。今回の件では県の山岳警備隊
や県警ヘリが出動している。公設の山岳警備隊などは税金で運用されている
ので無料だがツアー客の彼らは当然払っていない。

それどころか、以前あった事例では民間の捜索費用の支払いを拒否し続けて
いるだけでなく、逆に注意喚起不足で損害賠償を要求しているなどの日本人の
常識では信じられないことを彼らはやらかす。

それよりも何よりも、我々の貴重な財産である山岳警備隊員や県警ヘリがこれら
安直な韓国人のレジャー客によって危険に晒されることほど馬鹿な話はない。

それに山は自然を満喫し、ある意味神聖な場所である。観光地とは全く違う。
阿蘇山頂や由布などの観光地で韓国人ツアーをよく目にするが、山の中では韓国語
は聞きたくない。

韓国には3000m級の山がなく、最近日本のアルプスに人気が増えている
という。おそらく彼らには遭難保険という概念もないだろう。バラバラの行動と
いい、迷惑な韓国人の登山ツアーはなんとかならないものか。