はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 一章 その11 響いた太鼓

2024年04月03日 09時47分27秒 | 赤壁に龍は踊る 一章
「曹操は百万の兵を率いてやってきたのだぞ。それなのに、平然としておられるものか。
第一、その曹操に敗れて江夏に逃げ込んだのは、どこのどいつだ」
「それは決まっております、われらが劉豫洲は、斉の壮士・田横のごとく義を守る者。
しかも漢王室の末裔であり、なおかつ優れた力量をもっておられる英才です。
いまでこそ敗走した身ではありますが、やがて水が海へ流れていくように、天下もまたわが君のもとへ流れてくることでしょう。
仮にこれがうまくかなかったときは、天命というもの。
そうとわかっているのに、なにゆえ曹操ごときを恐れ、これに仕えられましょうか」
「曹操ごとき、か。口では何とでもいえよう。
それでは、劉豫洲は漢王室に殉じる覚悟というわけだな」
「もちろん。孫将軍にはもはや関係のない話かもしれませぬが、われらはあくまで漢王室復興を目指し、曹操と対抗いたします。
われらの手勢は二万。しかし曹操は水軍を操るのに慣れておりませぬ。
この隙をつけば、勝利を得られるかと」
孫権は、二万、という数字に鼻を鳴らした。
しかし孔明はそれを無視し、さらに唄うように言う。
「十万の兵を抱えている孫将軍が、曹操に怖じて兵を捨て投降なさるというのは残念ですな。
のちのち曹操の喧伝にうまくだまされ、地の利を手放し、天下を得る機を失ったと笑いものにならないとよいのですが」


「口が過ぎるというものだぞ、孔明どのっ」
さすがの魯粛が声高に叫ぶと、孫権もまた、赤茶けた髭を逆立てて、言った。
「わしが後世の笑いものになるというのか」
「冷静に見ればそうなるでしょう。それに孫将軍はさきほどから百万と口にされておりますが、曹操の兵の実数は、われらが対峙して測ったかぎりでは六、七十万といったところでしょうか。
それにかれらは袁氏との戦いを終えたあとにすぐに駆り出され、遠路はるばる荊州まで駆けつづけて疲れ切っております。
さらにはわが軍を追うために、曹操の虎の子の軽騎兵は一日一夜を三百里も駆けたとか。
これはまさに強い弓で射られた矢のたとえのごとく、あまりに長く宙を飛んだ矢は力を失って最後はなにも射落とせないのと同じです」


孫権の怒りに満ちた顔に、変化が生じた。
この論客が、やたらと法螺《ほら》を吹いているのではないと分かったという顔である。
魯粛も、中腰になっていたのをあらため、また座りなおした。


孔明はさらに言う。
「くりかえし述べさせていただきます。曹操は北の人間で、水戦には不慣れです。
また駐屯する荊州においても、民はその軍の力で圧迫されただけで曹操にこころから心服しているのではありませぬ。
孫将軍が十万の兵とともに立ち上がり、わが君の二万の兵と力を合わせてこれを撃退すれば、曹操の軍を撃退できることは間違いない。
曹操は敗北したなら、必ず北へ逃げ帰ることでしょう。
そうなれば、荊州および呉の勢力は強大となり、三國鼎立の足掛かりとなるにちがいありませぬ。
孫将軍、貴殿の天下も夢ではなくなるのです。
それがお嫌というのなら、仕方ありませぬ、曹操の家臣となり、われらの飛躍を指をくわえてながめておられるがよろしいでしょう」
「む」
孫権が短くうなる。
そして、孔明は、がばっと身を大きく前のめりにすると、さらに声を大きくして言った。
「孫将軍、わたくしは忌憚なく意見を述べさせていただきました。どうぞお心をお決めください」


孔明が一喝するかのように叫んだあとは、奇妙な静けさがあった。
孫権は微動だにせず、魯粛は唖然とし、趙雲もまた、動けないでいた。
孔明は言うべきことをすべて言い切ったのだ。
太鼓はうまく叩けたか?
趙雲の手のひらも、じっとりと汗がにじんできた。
孫権はどう出るか?


孫権は、その珍しい色合いをした大きなまなこで、孔明をじいっと見つめていた。
その表情は、次第に崩れて、唇がゆがむ。
かと思うと、とつぜん、呵々大笑しはじめた。
そばに控えている魯粛が、これまたおどろいて、孫権を見つめている。
ひととおり笑い終えたあと、孫権は魯粛に言った。
「子敬、そなたの連れてきた使者どのは面白い。わしは気に入ったぞ」
「では」
孫権は、趙雲たちが部屋に入って来た時とは真逆の、晴れ晴れとした顔をして、言った。
「開戦じゃ。曹操に臣下の礼などとらぬ。みなにもそう伝えよ」
「はいっ、いますぐに!」
魯粛は言うと、立ち上がって、大広間のほうへ小走りに去っていった。


「孔明どの、さすがじゃな」
と、ずいぶん親し気な調子で、孫権は孔明に声をかける。
「いったんわしを怒らせて、それから本音を引き出そうという戦略であったのだろう」
「見破っておいででしたか」
「うむ、途中で気づいた。とはいえ、それを実行しようという度胸におどろいた」
「恐れ入ります」
そう言って、孔明は顔を上げて、さわやかに笑って見せた。
孫権は、若者らしい人懐《ひとなつ》っこそうな笑顔でそれにこたえる。
「曹操にわが領地の土は踏ませぬ。
さっそく、鄱陽湖《はようこ》におる周瑜に下知をし、水軍をまとめて烏林の対岸、陸口へ向かうよう命ずることにしよう」
「おや、すでに将軍の頭の中では、曹操を撃退する作戦が組みあがっていたのですね。お流石です」
孔明の素直なおだてに、孫権は肩を揺らして笑う。
「とはいえ、曹操の兵の数にわしが|怖《お》じていたのも事実じゃ。
忌憚ない意見を述べてくれたこと、感謝するぞ」
「事実を述べたまででございます。
開戦となった以上、われらも孫将軍のために働かせていただきます」
「そうしてくれると助かる」


孫権はそう言ってから、つづけた。
「さて、これから子布(張昭)どもが五月蠅《うるさ》かろう。
かれらは曹操に降ろうとその身の上は保証されただろうからな。
血を流したくないというと聞こえはよいが、結局のところ、下手に抵抗して、曹操の勘気を被《こうむ》りたくないというのがやつらの本音よ」
「そこまで読んでおいででしたか」
孔明が感嘆の声をあげるのと同時に、趙雲はこの年若い君主の抱える複雑な事情に、すこしばかり同情した。


孫権は聡い人物である。
かれは自分が年が若すぎることと、張昭をはじめとする士大夫や江東の豪族たちは、かろうじて先代の縁と地縁とで自分に仕えているにすぎないことも、よくわかっているのだ。
趙雲は、土地も縁故もなにもかも捨てて劉備についてきた人々に慣れ親しんでいるだけに、そんな家臣を多く持たない孫権の孤独さが、かえってわかる気がした。
周りの人間のすべてを等しく信用できないというのは、どれほど心細いことだろう、と。
「孔明どのが率直に語ってくれたことで、かえって気持ちが固まった。礼を言う。
わしの周りの者もことばを尽くしてくれてはいたが、みな保身のほうが忙しいようであったからな」
そう言って孫権は笑うが、その笑みは心なしか寂しそうに見えた。




つづく

※ いつも読んでくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
月曜日・水曜日・金曜日の更新に代わりましたが、ご不便をおかけしていないといいのですが……
でもって、昨晩からひどい鼻炎となっているわたくし。
桜が開花していい季節ですが、花粉の飛来は早い所終わってほしいですねー;
みなさまも体調にお気を付けくださいませ!

ではでは、また次回をおたのしみにー(*^▽^*)



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