はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 一章 その20 暗い密談

2024年04月24日 10時00分47秒 | 赤壁に龍は踊る 一章



諸葛瑾と、その愉快で忠実なお供のふたりは、朝焼けの空の下、おのれの泊っている館へと帰っていった。
これから盧江《ろこう》へ出立するのだろう。
かれらとまた会える日は来るのだろうか。
宋章《そうしょう》と羅仙《らせん》は、何度も何度も振り返って、こちらに手を振ってきた。
それに趙雲も応じていると、隣の孔明も手を振りながら、ぼやく。
「兄が会いに来てくれてうれしかったが、しかしこのあとが気の毒だよ」
「なぜ」
「おそらく、このあと兄は周都督に叱られてしまうだろうからさ」
「叱られるとは」
なんでだろうと考えて、趙雲はすぐに思い当たり、あわててとなりの孔明をまじまじと見る。
「兄君は、よもやま話をしに来たわけではないということか」
「そうさ。一言もそれらしいことは言わなかったが、まちがいなく周都督の言いつけてわたしのところへ来たのだよ」


なんのために、と聞くのは野暮だろう。
諸葛瑾は、周瑜に命じられて、孔明を孫権の家臣にすべく説得に来たのだ。


「兄はわたしが忠節を変えないことをよく知っている。
だから、はじめから話もしなかったのだ」
孔明はそう言って、ため息をついた。
「またわたしは心労のタネになってしまう。心苦しいよ」
すでに空の色は茜色から青白く変わってきている。
遠く盧江に出立するという諸葛瑾たちが、そのまえに周瑜にどんな嫌みを言われるかと思うと、趙雲も心が痛んだ。







諸葛瑾は覚悟していたのだなと、周瑜はすぐに感じ取った。
説得せよと命じたとき、行ってまいりますと素直に言ったが、結局のところ、まともに説得する気はなかったようである。
「弟がいかに忠節を守ることに命を賭けているか、それはこの兄たるわたしがよく知っております。
弟を説得するのは無理でした」
と、諸葛瑾はしれっと言って、深々と頭を下げた。
もっと大人しい男だと思っていたが、なかなか食えないところがあるなと、周瑜は苛立ちとともに思った。
どうやら、諸葛瑾は、自分が盾になる覚悟でもって、周瑜に頭を下げているらしい。


孔明の名を汚さぬよう、自分が盾になる……そういう強い覚悟を持っているじつの兄弟を持ったことのない周瑜にとって、諸葛瑾の態度は見ていて、うらやましいものでもあった。
ちらりと孫策のことがよぎる。
ああ、そうさ。おまえなら、きっとわたしのために、同じように頭を下げただろうな。
しかし、その朋友はもういない。
この地上のどこにも、いない。


「子瑜どの、顔を上げられよ。無理難題を言ったわたしが悪かったのだ」
つとめて柔らかい声色になるようにして、周瑜は諸葛瑾に声をかけた。
諸葛瑾はゆるゆると顔を上げる。
そして、残念そうに言った。
「申し訳ありませぬ。弟は頑固者ですゆえ」
なかなか演技もうまい。
これっぽっちも残念などと思っていないだろうに。
「いや、孔明どのが心を変えないであろうことは、わたしも予想していた。
兄弟の情に訴えようという戦略はまちがいであったな。
貴殿には嫌な役目を押し付けてしまった、ゆるしてくれ」
「なにをおっしゃいます。詫びなど……わたしの不甲斐なさを責めてくだされ」


そろそろ猿芝居を打ち切るか、と思い、周瑜は表情を切り替えた。
「もう、この話はやめようではないか。
子瑜どの、曹操の北方にいる軍は、江陵《こうりょう》から東進している本隊がうごけば、たちまち南進してくるであろう。
貴殿の役目は重大ぞ。なんとしても董襲《とうしゅう》とともに、盧江を守ってくれ」
「もちろんでございます、必ずや」
「頼みにしている」
諸葛瑾は、慇懃《いんぎん》に礼を取ると、その場から去っていった。


かれが背中を見せて廊下を去っていくのを、周瑜は黙って見送る。
と同時に、廊下をこちらに向かってやってくる男がいる。
諸葛瑾とは会釈程度の挨拶ですませ、どすどすと遠慮ない足取りで向かってくるのは、数年前から召し抱えている、龐統、あざなを士元であった。

小柄な男で、諸葛瑾の肩ほどしか背丈がない。
体形もずんぐりむっくりなうえ、顔にあばたのあとが目立つ。
この風采の上がらない男のなかに、餓狼も怖《お》じる軍略が眠っていると知ったら、ひとびとはどう思うだろうか。


「孔明の兄、ですかな」
挨拶を終えると、龐統は、諸葛瑾の去っていた方角を見た。
「よくわかったな。あの二人は似ておらぬであろう」
周瑜がおどろくと、龐統は小さく鼻を鳴らした。
「雰囲気が似ております」
「そうかな。子瑜どのには生活臭があるだろう。
しかし、孔明はまるで神仙のようだ。つかみどころがないように見える」


そう言いつつ、周瑜は孔明が瑯琊《ろうや》出身だったことを思いだしていた。
孫策を死に追いやった于吉と同じ、瑯琊の。


「孔明が気に入らなかったようですな」
「気に入っていたなら、いまごろそなたと違う話をしている」
「そうでした、失礼。して、どうなさる」
「兄弟をつかって軍門に降らせることは不可能のようだ。
穏便にすませたかったが、仕方ない」
「策を献じましょうか」
「いや、それはわたしが自分で考えたい。
それより士元よ、そなたには曹操のほうを頼みたい」
「曹操ですか」


言いつつも、龐統は怖じることなく、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「なにかすでに動き出している様子だな」
「左様で。お耳を拝借」
言いつつ、龐統が周瑜に耳打ちをはじめる。
周瑜の秀麗な顔に、おどろきが広がっていく。
「いかが」
すべて話し終わった龐統の顔には、これを拒否できるわけがないという確信が見えた。
小癪な奴と思いつつも、周瑜は暗く高ぶる感情に押されて、うなずいていた。
「よろしくやってくれ。江東の地を守るためならば、手段は選ばぬ」


そう、手段など選ばない。
孫策が血みどろになって得た江東の大地。
これをだれにも明け渡すわけにはいかないのだ。
相手がだれであろうと、容赦はせぬ。


一章おわり
二章につづく


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さて、今日で430回目のこの「奇想三国志 英華伝」。
明後日からは孔明目線による二章目に突入です。
三章目もコツコツ作っておりますので、どうぞ今後の展開をおたのしみにー(*^▽^*)


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