そうして、怪物は長い首の中央の裂け目を急にぱっと大きくひらいた。
その口の大きさは、趙雲の頭を一気に飲み込めるくらいに大きかった。
口には無数の鋭利な牙がついていて、噛まれたらたまったものではない。
「おれは常山の趙子龍」
「うん?」
「貴様の命、貰い受ける!」
趙雲は名乗ると、そのまま、袖の中に隠していた、腕にくくりつけていた三寸ほどのちいさな弩のねらいをぱっくり開いた怪物の口の奧に定め、そしてためらわずに発射した。
ずぶり、と鈍い音がして、怪物の咽喉の奥に、その矢は突き刺さった。
そのちいさな弩は、孔明が新野城にきてから開発した、細作のための暗器だった。
袖の中に隠しておき、いざというときにこうして発射する。
張伸は趙雲が立派な武装をしているのに気をとられ、孔明の身体検査までしなかった。
そこで、孔明が身につけていたこの弩を趙雲にゆずり、怪物退治を命じたというわけである。
いきなり脳天に矢が打ち込まれたのだ。
怪物はのたうちまわり苦しんでいる。
しかし、それが致命傷にはなっていない様子だ。
怪物はしばし上下に体を波打たせていたが、やがて体勢をたてなおして、趙雲にあらためて向かってきた。
「おのれ若造! 貴様の肉は、はらわたも残さず食べきってくれる!」
「趙将軍!」
お堂に踏み込み、叫んだのは武兵である。
かれは腰に佩びていた剣を外すと、そのまま趙雲に放り投げた。
趙雲はすばやくそれを受け取り、剣を鞘から抜く。
そうして、白刃のもと、自分に巨大な口を向けてくる怪物の、咽喉元とおもわれる部分をざっくりと斬った。
剣の手入れもよかったのだろうが、趙雲の腕もよかった。
剣は期待に応えて怪物の首級をあげた。
首を失った体は、しばらくまだ蠢いていたが、ほどなく動きを止め、怪物は、死んだ。
とたん、怪物の体から光があふれ出た。
同時に、あたりに耳を劈くような高い音が響き渡る。不気味な地鳴りが始まり、大地がそれにともなって上下左右に小刻みに動き出した。
直感でわかった。
世界が壊れようとしているのだ。
「子龍どの、やりましたか!」
声をかけてきたのは、まだ寝ぼけている張飛に肩を貸しながら、ここまでやってきた孔明だった。
やった、と大きくうなずくと、孔明は満足した顔を見せた。
その背後では、民がこのとつぜんの地震にうろたえ、手近なものに掴まったり、あるいはしゃがみこんだりしながら、揺れに耐えている。
そのあいだも、鼓膜をふるわせるいやな高音はつづいていた。
そうして、趙雲が孔明を手伝って、張飛のもう片方の肩をかついでやるのと、怪物のからだの全体が真っ白な光に包まれていくのとは同時だった。
光はやがてハマグリの世界のすべてを包んでいった。
あまりの光のつよさに趙雲は目を閉じる。
耳を劈く音が高くなり、そして徐々に消えていった。
つづく…
その口の大きさは、趙雲の頭を一気に飲み込めるくらいに大きかった。
口には無数の鋭利な牙がついていて、噛まれたらたまったものではない。
「おれは常山の趙子龍」
「うん?」
「貴様の命、貰い受ける!」
趙雲は名乗ると、そのまま、袖の中に隠していた、腕にくくりつけていた三寸ほどのちいさな弩のねらいをぱっくり開いた怪物の口の奧に定め、そしてためらわずに発射した。
ずぶり、と鈍い音がして、怪物の咽喉の奥に、その矢は突き刺さった。
そのちいさな弩は、孔明が新野城にきてから開発した、細作のための暗器だった。
袖の中に隠しておき、いざというときにこうして発射する。
張伸は趙雲が立派な武装をしているのに気をとられ、孔明の身体検査までしなかった。
そこで、孔明が身につけていたこの弩を趙雲にゆずり、怪物退治を命じたというわけである。
いきなり脳天に矢が打ち込まれたのだ。
怪物はのたうちまわり苦しんでいる。
しかし、それが致命傷にはなっていない様子だ。
怪物はしばし上下に体を波打たせていたが、やがて体勢をたてなおして、趙雲にあらためて向かってきた。
「おのれ若造! 貴様の肉は、はらわたも残さず食べきってくれる!」
「趙将軍!」
お堂に踏み込み、叫んだのは武兵である。
かれは腰に佩びていた剣を外すと、そのまま趙雲に放り投げた。
趙雲はすばやくそれを受け取り、剣を鞘から抜く。
そうして、白刃のもと、自分に巨大な口を向けてくる怪物の、咽喉元とおもわれる部分をざっくりと斬った。
剣の手入れもよかったのだろうが、趙雲の腕もよかった。
剣は期待に応えて怪物の首級をあげた。
首を失った体は、しばらくまだ蠢いていたが、ほどなく動きを止め、怪物は、死んだ。
とたん、怪物の体から光があふれ出た。
同時に、あたりに耳を劈くような高い音が響き渡る。不気味な地鳴りが始まり、大地がそれにともなって上下左右に小刻みに動き出した。
直感でわかった。
世界が壊れようとしているのだ。
「子龍どの、やりましたか!」
声をかけてきたのは、まだ寝ぼけている張飛に肩を貸しながら、ここまでやってきた孔明だった。
やった、と大きくうなずくと、孔明は満足した顔を見せた。
その背後では、民がこのとつぜんの地震にうろたえ、手近なものに掴まったり、あるいはしゃがみこんだりしながら、揺れに耐えている。
そのあいだも、鼓膜をふるわせるいやな高音はつづいていた。
そうして、趙雲が孔明を手伝って、張飛のもう片方の肩をかついでやるのと、怪物のからだの全体が真っ白な光に包まれていくのとは同時だった。
光はやがてハマグリの世界のすべてを包んでいった。
あまりの光のつよさに趙雲は目を閉じる。
耳を劈く音が高くなり、そして徐々に消えていった。
つづく…