はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その38

2013年10月01日 09時32分11秒 | 習作・うつろな楽園
「お堂の奥に御簾があります。大老は、その中にいて、あたしたちにいろいろ指図します」
「どんな姿をしているのだね」
「それが、あたしは見たことがないんです。でも、声はおじいさんでした。おそろしい力を持っているという話です。それはそうですよね、ちいさな貝のなかに、千人も人を住まわせることができるんですもの」
「この里のなかに、六尺五寸くらいの背が高くて、色の黒い女はいないかな」
「六尺五寸? そんな背の高い女の人はいません。色の黒い女のひとならいますけれど」
「色の黒い女のひとは、いくつくらいかな」
「三十路を過ぎているとおもいます。あの、どうしてそんなことをお尋ねになるのですか」
「人を探しているのだよ。知らないのならばいい」
「あの、張伸さまのこと、助けてくださいますよね? 張伸さまは、大老が人の肉を食べるなんてこと、知らなかったんです。でも、一ヶ月前に、とつぜんに人の肉を食べないと、術を使えないから、ともかく籤で誰かを選べ、といわれて……
張伸さまは、はじめは自分の身をささげるつもりでいました。でも、みんなに、張伸さまはこの里の長なんだから、死んではいけないといわれたんです。それで、ほかのひとを選ぶようになったんです。それなのに、みんなそのことを忘れて、だんだん、ぜんぶ張伸さまが悪いということを言い出して、それからです、張伸さまの目つきが、だんだんこわいものになってきて」
「それで、張伸は切羽詰って、新野城から兵糧をせしめることを思いついたわけだ」
「そうです。劉表さまはわからないけれど、劉備さまならお優しい方だから、人質を見殺しにするようなことはないだろうし、もしかしたら、簡単に兵糧を取れるかもしれないって。人質にとるのも、話をわかってくださりそうな子龍さまに選んだんです。でも、橋に来たのは張飛さまでした。
引っ込みが付かなかったので、張飛さまを人質に取ったんです。でも張飛さまは里の中で大暴れして。それで仕方なく、いざというときにとっておいた酒に薬を仕込んで、眠っていただきました」
ここにいる人間が、異様にボロの衣を着ている理由がわかった。
暴れる張飛の相手をしたからなのだ。
「主公もおれも舐められたものだな」
趙雲がすっかり呆れていうと、孔明が言った。
「要するに、張伸は、人を見る目がないのですよ。かわいそうといえば、かわいそうですが、さて、どうしたものか」
「助けてください、おねがいします」
睡蓮が孔明の膝にすがるようにして言う。
その目には涙が浮かび、声は震えている。たった十四の少女に泣かれると、見ている趙雲もいくぶん弱くなってくる。
睡蓮にとってみれば、張伸は苦界に身を沈めかけていた自分を救ってくれた恩人だ。
その恩人を必死になって守ろうとする、その姿はいじらしといえば、いじらしい。

つづく…


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