睡蓮は、お堂の前までくると、身をかがめて拱手して、最奥にさげられた御簾の向こうの大老に呼びかけた。
「大老さま、あたらしい「ひもろぎ」でございます。どうぞお受け取りくださいませ」
それに呼応するように、しわがれた声が奥のほうから聞こえてきた。
「そこへ置いていけ。おまえたちは下がれ」
では、といって、睡蓮と武兵は大老の前から退出する。
「あたらしいひもろぎよ、入ってまいれ。近う、近う」
おそらく、生贄になった者たちは、簡単に堂のなかには入れなかったはずである。
逃げようともがき、哀願し、それでもなお、大勢に引っ立てられて大老の前に引き据えられたのではないか。
それこそ、生贄の羊や牛のように。
ゆるせぬ。
趙雲は怒りをたぎらせつつ、大老が御簾の奧から出てくるのを待った。
ずるり、ずるり、と大老が体を引きずって、奥のほうから出てくる音が聞こえてくる。
とても人間の動いて出す音とはおもえない。
御簾のむこうで蠢いている影は、やはりどう見ても人の形ではなかった。
となると、いったいなんの形なのかといわれたら、趙雲には答えられない。
なにか、つきたての餅のような柔軟性をもったものが御簾の向こうで動いている。
大老の体は波打ち、自在に変化しながらずるり、ずるりと音を立ててやってくる。
おそらく、いままでの「ひもろぎ」であったら、その時点で肝をすくませてしまっただろうが、趙雲はちがった。
張伸の理想を食いものにし、騙し、そして多くの無辜の民を食べてきた化け物。
ぜったいにこの手で討ち取ってやるというつよい決意が全身にみなぎっていた。
静かに呼吸をととのえながら、何も知らない大老がやってくるのを待ち受ける。
「おい、「ひもろぎ」よ、御簾のまえに来よ」
怪物の声に促されるようにして、趙雲は御簾の前に立った。
堂のなかは、生臭いいやなにおいに満ちていた。
きれいに片付けられてはいるが、そこでくりひろげられた惨劇のにおいまでは消すことができないのだろう。
敏感な趙雲は、すぐさまそのにおいに軽い頭痛をおぼえはじめたが、しかし、だからこそ、かえって怒りをもって怪物と対峙することができた。
大老がざんねんそうな声をあげた。
「なんだ、またこんなやつか。細いばかりで食べるところがないのう」
御簾がひらき、大老が姿をあらわした。
その姿! どんな姿の怪物だろうとおどろかない、と決めていた趙雲だが、あまりの姿に、さすがに驚嘆した。
あらわれたのは、身の丈九尺はある、巨大ななめくじのようにぬるぬるした、形もろくろく定まっていない奇妙な生き物だった。
動くたびに、床に接触している部分がうねうねと蠢き、長い首をもたげて、興味深そうに趙雲を見ている。
どこが目で、どこが口なのかはわからない。
その、どこにあるのかわらかない口で、怪物はしゃべった。
「頭から食べてやるか」
つづく…
「大老さま、あたらしい「ひもろぎ」でございます。どうぞお受け取りくださいませ」
それに呼応するように、しわがれた声が奥のほうから聞こえてきた。
「そこへ置いていけ。おまえたちは下がれ」
では、といって、睡蓮と武兵は大老の前から退出する。
「あたらしいひもろぎよ、入ってまいれ。近う、近う」
おそらく、生贄になった者たちは、簡単に堂のなかには入れなかったはずである。
逃げようともがき、哀願し、それでもなお、大勢に引っ立てられて大老の前に引き据えられたのではないか。
それこそ、生贄の羊や牛のように。
ゆるせぬ。
趙雲は怒りをたぎらせつつ、大老が御簾の奧から出てくるのを待った。
ずるり、ずるり、と大老が体を引きずって、奥のほうから出てくる音が聞こえてくる。
とても人間の動いて出す音とはおもえない。
御簾のむこうで蠢いている影は、やはりどう見ても人の形ではなかった。
となると、いったいなんの形なのかといわれたら、趙雲には答えられない。
なにか、つきたての餅のような柔軟性をもったものが御簾の向こうで動いている。
大老の体は波打ち、自在に変化しながらずるり、ずるりと音を立ててやってくる。
おそらく、いままでの「ひもろぎ」であったら、その時点で肝をすくませてしまっただろうが、趙雲はちがった。
張伸の理想を食いものにし、騙し、そして多くの無辜の民を食べてきた化け物。
ぜったいにこの手で討ち取ってやるというつよい決意が全身にみなぎっていた。
静かに呼吸をととのえながら、何も知らない大老がやってくるのを待ち受ける。
「おい、「ひもろぎ」よ、御簾のまえに来よ」
怪物の声に促されるようにして、趙雲は御簾の前に立った。
堂のなかは、生臭いいやなにおいに満ちていた。
きれいに片付けられてはいるが、そこでくりひろげられた惨劇のにおいまでは消すことができないのだろう。
敏感な趙雲は、すぐさまそのにおいに軽い頭痛をおぼえはじめたが、しかし、だからこそ、かえって怒りをもって怪物と対峙することができた。
大老がざんねんそうな声をあげた。
「なんだ、またこんなやつか。細いばかりで食べるところがないのう」
御簾がひらき、大老が姿をあらわした。
その姿! どんな姿の怪物だろうとおどろかない、と決めていた趙雲だが、あまりの姿に、さすがに驚嘆した。
あらわれたのは、身の丈九尺はある、巨大ななめくじのようにぬるぬるした、形もろくろく定まっていない奇妙な生き物だった。
動くたびに、床に接触している部分がうねうねと蠢き、長い首をもたげて、興味深そうに趙雲を見ている。
どこが目で、どこが口なのかはわからない。
その、どこにあるのかわらかない口で、怪物はしゃべった。
「頭から食べてやるか」
つづく…