はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 三章 その1 烏林の徐庶

2024年05月15日 09時50分59秒 | 赤壁に龍は踊る 三章
物語は烏林《うりん》に舞台を移す。


掘っ立て小屋と言ってもおかしくないような宿舎の壁には、ところどころ隙間が空いている。
その隙間から、秋の終わりの風がぴゅうぴゅう入ってきて、寒いことこのうえない。
しかし寒さを上回る眠気が襲ってくるのも事実で、徐庶はその朝、何度目かの寝返りを打って、一秒でも長く眠っていようと努力していた。
しかし。
宿舎の扉が、どん、どん、と無粋に叩かれる。
自分の監督者である程昱《ていいく》は陸軍のほうへ赴任しているから、長江のほとりの烏林にやってくるはずもなく。
だれだろうな、こんちくしょうめ、と徐庶はこころのなかで舌打ちをうつ。
昨晩も、荊州兵の世話をして遅くまで仕事だった。
今朝こそは起床時間のぎりぎりまでゆっくりしてやると誓っていたのに、徐庶をほうっておかないだれかがいるらしい。


扉がまた、どん、どん、と激しく叩かれる。
宿舎といっても、徐庶の他に部屋に人はいない。
ほんとうは相部屋なのだが、徐庶のおたずねものだったという前身を恐れる同輩たちは、おなじ部屋で徐庶と寝泊まりすることをいやがって、どこかへ避難してしまっている。
そのため、徐庶は宿舎の一室を独り占めできていた。


「元直さま、元直さま! 起きてよ、大変なんだよ!」
元気のいい張りのある声に、徐庶の眠気が徐々に晴れていく。
ああ、梁朋《りょうほう》のやつ、今朝も無駄に元気そうだな。
徐庶は、うう、と唸りつつ、寝台から起き上がった。
外に顔を出すために衣を直していると、外で梁朋が宿舎の隣の部屋の男ともめているのが聞こえた。
「うるさいぞ、小僧! 朝っぱらから騒ぐんじゃねえ!」
どすの効いた声にも梁朋はひるんでいないようだ。
こんな反撃の声が聞こえてきた。
「おれは元直さまに用があるんだよ、あんたは引っ込んでろい!」
「なんだと、雑兵のくせにっ」


いかん。


徐庶はぱっちり目を覚まし、宿舎の扉を開けた。
朝の陽ざしがまぶしい。
目をぱちくりしながら見ると、痩せっぽっちの少年兵・梁朋の胸倉を、隣の部屋の男が掴み上げているのが目に入った。


『やれやれ、勘弁してくれよ。朝からこれか』
心のなかでぼやきつつ、徐庶は隣の部屋の男に言った。
「おい、隣の。そいつが騒いだのはおれのせいだ。文句があるなら、おれに言え」
徐庶は威嚇したつもりはなかったが、もともと強面《こわもて》のうえ、日差しのまぶしさに顔をしかめていたので、予想以上に恐ろしく見えてしまったらしい。
隣の部屋の男は、短く「ひっ」と声をあげると、梁朋の胸倉から手を離した。
「あ、あんたがいけないんだぜ。この小僧をほったらかしにしているから」
「そうだな、おれが悪い。ということで謝る。だから、そいつには構ってくれるな」
徐庶が素直に頭を下げたのをみて、隣の部屋の男はむしろ、罠があるんじゃないか、というような顔をしていた。
「と、ともかく、静かにしてくれよな!」
捨て台詞を吐いて、隣の部屋の男は、自室にそそくさと戻っていく。
その背中に、気の強い梁朋は、べえっと舌を出していた。


「ったく、元直さまが怖いくせにさ!」
「梁朋、朝っぱらから騒いでいるおまえがいけないのだ。
いったい何があってそんなに大騒ぎしてやがる」
徐庶が不機嫌さを隠さずにいうのも臆せず、梁朋は身を乗り出して答えた。
「喧嘩が起こっているんです!」
「なんだと、またか。荊州のと、冀州のとの喧嘩か?」


荊州の兵と北から来た兵たちは、非常に仲が悪かった。
というのも、荊州を統べるはずだった劉琮が、なにもせず降伏したためで、北から来た兵士たちは、劉琮にかこつけて、荊州兵たちも弱腰のへっぴり腰、といって馬鹿にしていたのである。
もちろん、実戦経験こそ少ないが、荊州兵たちは弱腰でもなんでもない。
そんなふうに評価されるのはまさに心外といったところで、当然、両者は顔を合わせれば小競り合いばかりしていた。


ほんらいなら、これを抑えるのが曹操であったり、蔡瑁《さいぼう》であったりの仕事なのだが、曹操は対岸の南の陸口が気になって仕方ないらしく足元を見ていないし、蔡瑁は曹操の顔色ばかりうかがって、子飼いの兵士たちすらろくに面倒を見ない始末。
そこで、喧嘩の仲裁や折衝といった仕事は、北の人間でありながら、長く荊州で過ごした徐庶にお鉢が回ってくるのだ。
そればかりではなく、徐庶は士大夫ではなく寒門の出身というところも、逆に兵士たちからは人気がある理由だが。
梁朋もまた、そんな徐庶になついているひとりだった。


「冀州のやつらとの喧嘩じゃないです。
内輪もめなんですけれど、ちょっと今朝のはひどくって」
「どうひどい?」
「みんなで体の具合が悪いやつを寄ってたかっていじめているんだ。
おれも止めようとしたけれど、小僧は引っ込んでろって、言われてしまって」
悔しそうに言う梁朋のことばで、徐庶はだいたいを理解した。


烏林に要塞を建ててから半月。
兵たちを酷使して要塞を突貫工事で作ったしわ寄せか、このところ具合の悪い者が増えていた。
もっとも虐げられている荊州の兵に、体調不良者が多くみられた。
食糧だけはたっぷりあるので、食事がまずいからとか、あるいは故郷を離れて眠れないからとか、そういう単純な理由ではなさそうだ。
体調不良の者が出ると、その者ができない仕事は健康な者に回っていく。
それだけ、仕事が増えるということであり、だんだん曹操軍の全体がカリカリし始めていることに、徐庶は気づいていた。


「喧嘩はまだつづいているのか」
「そうだと思います。早く来てください、でないと、だれか死んじまうかも」
それはいかんな、と徐庶は身支度もそこそこに、梁朋に案内されて喧嘩の現場へむかった。


つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
ブログ村及びブログランキングに投票してくださっているみなさまも、どうもありがとうございます!(^^)!
おかげさまで連載も三章目に突入!
今回は、徐庶がほぼ主役の展開となります。
赤壁の戦いならではの群像劇をおたのしみくださいませーv

ではでは、次回もまたお会いしましょう(*^▽^*)


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